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うおああああああああ!!!!!

戦場の訓練というものは、兵士の心身を極限まで追い込むものだ。


筋肉が悲鳴を上げ、銃を握る指は疲労で震え、汗が砂とが混ざり合って靴の隙間に入り込む。


だが、今のイワーヌシュカにとって最大の苦痛は、そんな鍛錬によるものではなかった。


彼は、己がちんちんをかばうように歩いていた。


唇を噛みしめながら、イワーヌシュカは軍営の門をくぐり、宿舎へと向かった。訓練で疲れた体を休めるべく、今日こそは平穏な夜を過ごしたいと切に願いながら。




しかし、運命というものは、決して彼に安寧を与えようとはしなかった。




「——にゃーん」




その声を聞いた瞬間、イワーヌシュカの足が止まった。


ゆっくりと視線を向けると、そこには——




いた。




例の猫が、軍営の片隅で小さく丸まりながら、つぶらな瞳で彼を見上げていた。


その毛並みは相変わらずふわふわで、尻尾は愛らしくピンと立っている。小さなピンク色の舌をぺろりと出し、イワーヌシュカの姿を確認するや否や、ちょこちょことした足取りで駆け寄ってきた。


「お、おい……」


イワーヌシュカは反射的に身構えた。


だが、猫は何の悪びれもなく、彼の足にスリスリと身を擦りつけてきたのだった。先日の凶行がまるで無かったかのように、無邪気に喉を鳴らしながらすり寄る猫。その小さな頭がイワーヌシュカの脛にふわりとぶつかり、短い尻尾がゆらゆらと揺れる。


「……こ、こいつ……お前のせいでちんちんが大変なことになったんだぞ」


思わず、そう呟いてしまった。


だが、当然ながら猫はそんなことを理解するはずもなく、無邪気に「にゃあ」と鳴く。




ぱやぱやでかわいい。




イワーヌシュカは己の理性が崩壊する音を聞いた。


気づけば、彼は猫をひょいと抱き上げていた。


「お詫びに……吸わせろ……」


そう呟きながら、彼は猫を抱き上げるとふわふわの毛並みに顔を埋め、思い切り吸い込んだ。


もふっ


先ほどまでの痛みや屈辱が、すべて霧散するような幸福感。ふわふわで、あたたかくて、微かにミルクの香りがする毛並み。


もはや何もかもどうでもよくなった。




そして、知性が猫以下のイワーヌシュカは、先日の悲劇をすっかり忘れ、こっそり部屋に猫を連れ込むことを決めたのであった。




***




猫は大人しく、イワーヌシュカのベッドの隅で丸くなっていた。


その姿はあまりにも穏やかで、まるで悪意など存在しないかのようだった。実際、イワーヌシュカの視界には、この猫の無垢な可愛らしさしか映っていなかった。


(やっぱり、こいつは悪くないよな……)


先日の一件も、きっと偶然だったのだろう。そう納得し、イワーヌシュカは風呂へ向かった。




***




冬とはいえ、湯上がりの体はぽかぽかと熱い。


宿舎に戻ると、まだ誰もいないことを確認し、イワーヌシュカは少しの間裸で過ごすことにした。


「ふぅ……」


タオルで体を拭き、軽く額の汗をぬぐう。冷えた空気が火照った肌を撫で、心地よい。やはり風呂上りはフルチンに限る。




だが、その時




猫が動いた。




イワーヌシュカは気づかなかったが、ベッドの隅で眠っていたはずの猫の目が、怪しく光った。




そして、イワーヌシュカのちんちんに視線を固定したのだった。




猫のちょうど目線の高さに、それはあった。




裸のイワーヌシュカがタオルで扇ぐたび、ぶらぶらと揺れるそれ。


まるで誘うかのように、猫の目の前で不規則な動きをする。




——揺れるもの。




——動くもの。




——つまり、獲物。




それはまるで、草むらの中で、風に揺れる小動物のようだった。


狩るべき獲物。捕らえるべき標的。捕食者の本能が、猫の小さな胸の奥で燃え上がる。




そして、狩猟者は動きを見極める。


猫は、じっと身を伏せた。耳を倒し、尻尾をわずかに揺らし、全身の筋肉を極限まで緊張させる。




獲物の動き——その法則を見極めなければならない。どのタイミングで跳ぶべきか。どの角度で捉えるべきか。完璧な狩りを成功させるため、猫は一瞬の迷いすら許さない。




そして、決定的な瞬間が訪れた。




獲物が、動きを大きく変えたのだ。




イワーヌシュカがタオルを置き腰を捻った瞬間、それは、大きく揺れた。




その一瞬を、猫は見逃さなかった。




しなる身体。決して逃がさぬという執念を秘めた瞳。


地を蹴る後ろ足の力強さは、小さな体とは思えぬほどだった。




その完璧な軌道の先——




「うおああああああああ!!!!!」




次の瞬間、軍の宿舎に轟いたのは、哀れな兵士の断末魔だった。

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