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童貞魔王と第四皇女 ~初夜3日目って、どういうことですか!?~

作者: 岩爺

 厭味なほどの金銀赤の装飾で、目が痛くなるような煌びやかな一室。

その中央にはオーガすら大の字で就寝できる程の、天蓋付の巨大なベッドが鎮座していた。紅いベルベットカーテンが四方の柱に纏められ、その間にはレースが揺らめいている。しかし一面だけはレースが広く解放されており、その奥には二人の影があった。


 一人は薄手のシーツを頭まで被り、身体を丸く縮み込ませていた。

心なしかシーツが震えており、隠れている人物は泣いているようだった。


 もう一人は見目麗しい少女だった。

年の頃なら十七,八だろうか。よく手入れされた金髪が腰まで流れている。

少女は美しさを台無しにするように眉を歪め、半眼で胡坐を掻いていた。

サイドベッドからエッグタルトを無造作に掴むと、同じく無造作に噛り付く。

その為に口元からは食べカスが零れ、シルクのベビードールに点々と降り注いだ。


 少女の名前はシルフィア・キールホルツ。神聖キールホルツ帝国の第四皇女だ。

世界を支配した魔王に対し、帝国が政略結婚を目的として送り込んだ少女だった。


 シルフィアは指のカスを舐めとり、シーツで軽く拭うと、隣の人物をつついた。

それでも人物が反応しないと、彼女は小振りのミルクピッチャーを煽り、口元の牛乳を拭った。

「……いい加減にしてよ…もう3日目よッ!」

 彼女は渾身の力で隣の人物のシーツを捲る。

そこに寝ていたのは骨格逞しい青年だった。


 青年はシルフィアより二回りも大きく、ベッドに沈み込む体躯には無駄な脂肪は付いていない。無造作に切られた黒の前髪からは、緋色の角が2本伸びていた。

「…ごめん、本当にゴメン…許して…ください…」

青年は身体を縮み込ませ、両手で顔を覆った。頬には幾筋もの涙の痕があった。


 青年の名はマクシム・ゴウディン。世界を支配した魔族の王だ。

父である先代魔王が急逝し、12歳の若さで王位を継承したため、彼の人生は闘争の歴史だった。

宮廷内の謀略に始まり、暗殺騒動は日常茶飯事。そして宮廷内を掌握すれば、今度は帝国から攻め込まれた。帝国を降伏させれば『魔族は他種族を攻め滅ぼすつもりだ』と他種族から戦争を吹っ掛けられた。

 魔族と帝国を含め全12種族全てを降伏させるのに、58年の歳月を要した。


 戦争が終結してマクシムは心から安堵したのだが、それも束の間だった。

帝国から政略結婚の申し出があったのだ。これを皮切りに他種族からも少女達が送り込まれた。

300年の寿命を誇る魔族の彼にとって、婚姻は何も問題はない。しかし戦争しか知らない彼にとって、女性は侵略国よりも強敵に思えた。

襲ってきた暗殺者の8割は女性だったし、宮廷掌握後は有力魔族の御息女が毎晩の様に夜這いを掛けに来たのだ。彼の必死の逃走により彼女等の思惑は一つも成功しなかったが、彼に強烈な心的外傷(トラウマ)を植え付ける事には成功したようだった。


 マクシムはシルフィアを寝所に招き入れ、いざ初夜を迎えようとした。

しかし成功する事はなかった。最初の数回は直前まで行けたのだが、失敗を重ねる毎に彼の準備が整わなくなり、最後には彼女に触れるのさえ怖くなってしまったのだ。

 そうして寝所に入り、すでに3日が過ぎた。

マクシムは食事や入浴の為に何度か室外に出るのだが、この時は『何も問題ありません』と平常を装うしかなかった。不調の事は誰にも相談できないし、魔王として知られる訳にもいかない。

救いだったのは、同じように室外に出るシルフィアも騒ぐことなく、同じように『何も問題ありません』という顔で寄り添ってくれている事だった。

 寝所に戻る度、マクシムは彼女に申し訳なく、彼女に背を向け、シーツに隠れて泣く事しか出来なかった。



 シルフィアは涙を流す魔王を見ながら、小さく溜息をついた。

(これが…あの魔王ねぇ…この()()、失敗だったかしら…)

実はこの政略結婚、提案したのも彼女なら、候補に名乗り出たのも自分の意思だった。


 シルフィアの母は市井の女で、側室ですらなかった。若い頃の皇帝がお忍びで戯れた娼婦の、その落とし児だった。女児ばかりで嫡子に恵まれなかった皇帝の、一縷の望みで探し出されたのが彼女だった。皇室に売られるのがあと2年遅ければ、母と一緒に娼館で客を取っていたかもしれない女だった。

 しかし皇室が幸せだったかというと、実際はそうでもなかった。

堅苦しい礼儀作法も、貴族の勢力関係に気を配るのも、妾腹と侮蔑される事も、別段苦にも思わなかった。ただ自分の意志とは関係なく、皇帝の手駒として扱われるのは我慢がならなかった。いずれどこかの貴族と政略結婚して、死ぬまで死んだような人生を送るのは、死んでも御免だった。

魔王が世界を支配したのなら、魔王と政略結婚し、自分の人生を賭けてみようと思ったのだ。


 ところが封を開ければ、この有様だった。

帝国よりも贅を尽くした王宮に座し、有力魔族を平伏させ、号令一つで幾十万もの兵を動かせる魔王。

それがベッドの隣で()()()()を搔いているのだ。笑うどころか、哀れみすら感じてしまった。




「…ぁあーーーーーーッ!もうッ!」

シルフィアは金髪を両手で存分に掻き乱すと、マクシムの上に乗り、その腕を強引に開いた。

マクシムは彼女を傷付けまいとされるがままに脱力したが、その視線は逸らされたままだった。

「わ、た、し、を、見ろッ!」

シルフィアは彼の頬に手を這わせ、強引に視線を合わせた。しかしすぐに視線が外れる。

「…そーか、そーか…そんなに私を見たくないか…それじゃ好きにさせてもらうわッ!」

彼女はシーツを手に取ると犬歯を立て、勢いよくシーツを破いた。それを数回繰り返し、手頃な長さの布地を2枚作った。その1枚を彼に握らせる。

「ちゃんと握れ…嫌だったらその手を解くんだよ…」

マクシムが両手で布地を握るのを確認すると、シルフィアはその手を彼の頭の上に押し挙げた。その体勢はまるでシルフィアが彼を押し倒しているようだった。

 そのままシルフィアはもう一枚の布地で、彼の眼を覆った。

「私が見えないでしょ?これでもう、()()()()わよ…」

「な、何を!?むっ…」

シルフィアが手の平で、彼の口を塞ぐ。

「もう一回言うわよ…嫌だったら、その手の布を離すの。私をベッドから追い出し、ゆっくりと寝る事も出来る……()()()()()()()()()()()…」

マクシムの抵抗がない事を確認すると、シルフィアは左手で体重を管理し、右手を彼の下に伸ばした。

マクシムの準備は完全に整っていた。


「あ、あの…俺…初めてで…どうしたら…」

緊張しているのか、マクシムの声は少し枯れ割れていた。

「あら、奇遇ね…私も初めてよ…」

シルフィアは気丈に振舞っているのか、その声は少しだけ震えていた。





「いや~…あんた、自信持っていいわよ、立派よ、リッパ!」

晴れやかに元気な声を上げたシルフィアだったが、実際は仰向けのまま起き上がれないでいた。

「…その、…あ、ありがとう…」

マクシムは彼女に腕枕されながら、まるで大切な宝物を隠すように、破けたシーツを彼女に被せた。

「ただね、最初っから8回ってのはダメよ、相手の事を考えてあげないと…」

「す、スマンッ!今、回復魔法をッ!」

マクシムは起き上がり、中空に緑色の魔方陣を展開させる。その光が左手に集約される前に、シルフィアはその手を遮った。

「…こういうのを、余韻っていうのよ…この痛みも疲れも、大事な思い出になるんだから…」

「そ、そうか…そういうものなのか…」

自分の腕の中で縮み込む魔王の黒髪を撫でながら、シルフィアは何だか温かいものを感じた。

(…これは愛…じゃないな…多分、情ってやつかな…それじゃ、少しだけ助けてあげるか…)


「あんた、これから大変なんだからね…ちゃんとしなさいよ…」

「あ、あぁ…まずは正式な婚姻を発表し、シルフィアを正妃としてキチンと」

「違う違う違う違う」

シルフィアは魔王の頭をポンポンと叩いた。

「この後は、他の相手もしなきゃいけないのよ?私を含めて、12種族も居るんだから。」

「いや、俺は、お前だけを」

馬鹿な事を垂れ流す魔王を、そっと唇で塞いでやる。

「また戦争したいってなら別だけど…平和な世の中が一番よ…」

困惑した魔王の顔が、何だか可愛らしく思えた。

「これから魔族、エルフ種、ドワーフ種、ノーム種、オーガ種、獣人種、ハーピー種、竜人種、アラクネ種、マーマン種、ドライアド種と、思想も文化もバラバラな奥さんを持たなきゃいけないんだから、頑張りなさいよ…」

魔王の顔色が急激に青くなる。それぞれとキチンと子孫を作らねばならないのだ。

そんな魔王を安心させるように、頭を優しく抱いてあげる。

「私が力になってあげる…愚痴も聞くし、奥さん同士の橋渡しもしてあげる。道化でも悪役でもやるし、乳母役も母親役もしてあげる…だから、しっかり頑張んなさいよ…」


 魔王の長くも逞しい両腕が、シルフィアを優しく抱き寄せる。

「こら、元気なのはいいけど、3日ぐらい休ませてよッ!」

魔王は恥ずかしそうにシルフィアの胸に沈むと、小声で聞いてきた。

「…なんでそんなに、俺を助けようとするんだ?」

シルフィアは少しだけ考えたが、すぐに母の言葉が思い出された。


「…うちの母ちゃんの言葉だけど『ダメな男ほど、助けてあげたくなる』って言ってた。今なら何となく判る気がするわ…苦労するのは目に見えてるんだけどね。」


 シルフィアは魔王を抱きしめながら、性分だから仕方がないと笑って諦めた。



第三夫人、シルフィア・ゴウディン。

彼女は魔王マクシム・ゴウディンと生涯を共にし、マーマン種・アラクネ種に次ぐ18人の子宝に恵まれる。

陰日向で魔王を補佐し、ゴウディン共和国設立に尽力。

王妃ら他夫人との関係は良好で、多くの場面で仲裁役として東奔西走した。

神聖キールホルツ帝国は彼女の権力に恐怖し、命を狙い、そして自滅。

同帝国は解体、キールホルツ連邦自治領への移行し、彼女の子供達が代表を務めた。

享年97歳。



魔王死後、彼の遺言によりシルフィアの横に墓碑が、まるで寄り添うように建てられた。

150年経った今でも、献花が絶える事はない。

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