第3話 最悪のタイミングじゃないか
現在の記憶が完全に蘇って、現実の状況を把握する。
昭和50年10月14日。人生において月日まで忘れられない日というのは、そんなに多くはないと思う。でも、この日だけは忘れることができない。
どう考えても最悪のタイミングじゃないか。もうほんの少し、せめて昨日だったらなんとかできたかもしれない。
でも、今日じゃ遅すぎる。もうすべてが起こった後のはず。もうどうしようもないじゃないか。
クソったれが!
天を恨んだ。変えられないってことね、この運命だけは。
そしてわたしの運命ってやつが、唐突に教室の扉を開けた。
「大島さん、すぐに荷物をまとめて帰宅しなさい」
教頭先生がわたしの運命を連れてきたのだ。
わたしは言われた通り、ランドセルに教科書やノートをしまった。何が起こったかわからないクラスの皆や担任の渡辺先生は押し黙ってわたしの様子を見つめるだけだ。
わたしは表情を変えずに淡々と行動する。
過去の記憶があるわたしには、すべて何が起こったのかわかっている。
わたしは教頭先生の車で自宅まで送り届けられた。
玄関の扉を開けて、誰にも言われなくてもわかっている、記憶のあるまま進む。そして記憶通りの部屋の扉を開けると、そこには記憶通りに両親の遺体が2人並べられていた。
わかっている。記憶通りだ。今更悲しむべきことは何もないはずだ。
でも、でも、でも……
11歳の肉体から湧き出る感情が、何もかもを押し流してしまう。
涙が堰を切ったように流れ出す。
「とうさん、かあさん……。どうして……どうして……」
どうして、何度もこの悲しみを味わわなければならないのよ。
天はちょっと酷すぎませんか。
うーん、わかってる。
運命はわたしに優しくない。
いつまでも幼い悲しみに浸っていられるような時間はわたしにはない。
これから、優しくない運命がわたしを押し流そうとやってくる。
それに押し流されたら前世のまま。
戦わないといけないの、優しくない運命と。
それには圧倒的に時間が足りない。
わたしにはこれから起こることの知識がある。
前世で蓄えた知恵もある。
それでも、この11歳という年齢のハンデが大きい。
まともに戦っては簡単にいくわけがない。
そのためには、ここで泣いている時間なんてないのだ。
すぐに行動を開始しなくてはいけない。
親族の人たちにも、どこからか連絡がいってるはず。誰がどこから聞いて集まったのかは知らないけど、確か今夜は誰も来なかったはず。
明日から親族がこの家に集まってきたら行動が大きく制限されるはず。
そう、自由にこっそり行動できるのは今日限り。
「教頭先生、ありがとうございました。親戚の人もそのうち誰か来るでしょうから、もう大丈夫です(やることあるから、さっさと帰ってね)」
わたしはキリっとした目で教頭先生に話しかける。
「大島さん、ムリしなくてもいいんだよ」
「いえ、本当に大丈夫です(早く帰れって言ってるでしょ)」
有無を言わさない感じでキッパリと言う。
「それじゃ、わたしはいったん学校へ戻るから。何かあったらわたしにでもいいし、担任の渡辺先生にでもいいから何でも連絡してね。すぐに飛んでくるから」
「はい、ありがとうございます」
教頭先生が行ったのを確認したら、玄関のカギをかけて、誰も来れないようにする。ほっておくと近所の人たちが入れ代わり立ち代わりやってくるのを知っている。昭和の下町ってのはそういうところなのだ。
さぁ運命に逆らうための行動開始だ。