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第三章

井戸の中から女の手が出てきた。

謎を解明すべく、専門家の佐衛門を呼びつけたのだが…。

第三章です。

「すると、この”女の手”が井戸から出てきたと?」


 太助たすけが呼んできた奉行の”近山佐衛門ちかやまさえもん”は、縁側廊下の脇に立ち、綺麗に髭を剃ったあごを右手の親指と人差し指でつまみながら言った。

 彼は人一倍体が大きく体術の心得があるため、その顎をつまんでいる手はゴツゴツとして岩のようだった。


「そうだ。気味が悪くてしかたがないから調べてほしい。最近、女が殺されたという事件は無いか?」


 拙者は縁側廊下にあぐらをかいて座ったまま訊ねた。

 太助は地べたに膝をつき、不安げな表情を浮かべている。


「いえ、最近そのような事件は起きておりませんなぁ…」佐衛門はうなりがら答えた。「しかしそれがしも気になります。奉行所へ戻って調べてみましょう。”これ(女の手)”はこちらでお預かり致します」

「うん、頼む。…あ、それと」

「まだ何か?」


 ”女の手”を太助の古布に包み、それを左脇に抱えながら立ち去ろうとしていた佐衛門は、眉を八の字にしながら振り返った。


「童を探してほしいんだ」

「童ですと?」佐衛門は大きな図体ずうたいごとこちらへ向きなおった。「この件に何か関係が?」

「大有りだと思っている。その童に出会ってから、このような事が起きた。黒ずんだ紅色の小袖を着て色白の肌をした、八歳ぐらいの少女だ」

「承知しました。奉行所の者に探させてみましょう」


 童はどこへ消えてしまったのか?井戸の中へ”あれ”を投げ込んだのは何者なのか?

 その後、拙者は一人でまた例の古井戸へ行ってみることにした。四丁目の四つ角をそのまま突き当りまで進むと、その古井戸はあった。

 手を井戸の淵に当て、中を覗き込んでみるが何も見えない。


「お侍さま」


 突然、背後から声がした。


…童か?!…


 振り返ると、黒ずんだ紅色の小袖を着た童が、微笑ほほえみながら立っていた。


「嬢ちゃん!探したぞ。昨日はどうして帰ってしまったんだ?」


 童は表情を変えることなく微笑んでいた。


「探していたの」


 数歩こちらへ近づき、そう答えた。


「探していた?何を?」

「あいつよ」

「あいつ?あいつじゃわからん。誰のことだ?」

「お侍さまは似ているね。あいつに」



 拙者は合戦かっせんで立てた武功ぶこうにより、一軍いちぐんを任せられるほどの身分であったため、城に近い武家町の一画に屋敷を構えて住んでいた。

 楽しそうに夕食の準備をしている女中達の声が聞こえてくる。

 太助は屋敷の裏へ風呂を沸かしに行っている。

 ほとんど陽が落ち、辺りが薄暗くなっている中庭の縁側廊下に座り、拙者は一人で考え込んでいた。


『お侍さまは似ているね。あいつに』


 童が残した謎掛けのような言葉。


…似ている?誰に?それがあの”女の手”と何の関係が?…


 それより、佐衛門の報告だ。あの童の言葉のあと、佐衛門が慌てて走ってきて話を中断してしまった。彼の報告を聞いているうちに、童はまた姿を消していた。

 報告の内容はこうだった。


―約一年前、田島新三郎たじましんざぶろうという侍が、ある町人の女と浮気をしていた。

ある日、それが女の夫に発覚してしまい、夫は女房に田島と会うのをやめるように言った。

女はそれを田島へ伝えたが、田島は「町人ごときの言いなりになるものか!」と逆上し、その場で女を斬り捨て、さらに女の右腕を肘あたりから切り落とし、それを夫のところへ送りつけた。

夫は激しく悲しみ、そして田島を恨んだ。


『必ず復讐ふくしゅうしてやる』


しかし、その復讐心も虚しく、数日後に田島は合戦で戦死してしまった。

記録によると、田島は戦場いくさばで、見るも無残むざんな姿になっていたという。

それを知った夫は半分気がふれた状態になり、その後、行方をくらましてしまった―


 佐衛門はこの事件が、今回の件に何か関係があるのではないかとにらんでいる。


…もしやその夫が投げ入れたのか?だが、なぜ拙者の屋敷に?…


 当時、この事件はちまたで話題になったという。これを利用した悪戯いたずらなのだろうか?

 まず、その”夫”とやらを探す必要がありそうだ。


…だが一年も前に行方をくらました男が、そう簡単に見つかるわけがない。…


 腹が空くのも忘れ、拙者は長い時間考え込んでいた。



 どっぷりと夜も更け、昨夜の悪夢の事が気になった拙者は、”せき孫六兼元まごろくかねもと”を枕元に置いて寝ることにした。


― ホー ホー …ウォンウォンウォン…


 耳を澄ますと、遠くから鳥や犬の鳴き声が聞こえてくる。

 どうにも寝付けなかった。


…もしやあのわらべは、田島という侍に斬られた女の娘なのか?…


 その時だった。

 中庭のほうからかすかに、-ザッ-という音がした。誰かが忍び込んだような音だ。

 拙者は関の孫六兼元を手に取り、素早く抜刀ばっとうできるよう、つばさやから少し浮かせた。


―ヒタヒタヒタ…


 わずかに、ほんのわずかに”忍び足”が聞こえたかと思うと、障子戸の向こうから人の気配がした。

 片目を薄っすらと開き、戸のほうに目をやった。


…誰かがいる!…


「何者じゃぁぁぁぁぁああ!」


―ズダンッッ!


 拙者は布団から飛び起きると同時に、障子戸もろとも、そこにある人影を斬った。


…浅い!…


 人影は紙一重かみひとえで拙者の”一閃いっせん”をかわし、深手を逃れた。

 ”やつ”は宙を走るかのごとく俊足で、外壁へ飛び上がり、そのまま壁伝いに逃走した。


曲者くせものじゃぁぁぁあ!!であえであえーーーい!」


 拙者は声を張り上げながら、”やつ”の後を追った。

 屋敷の空き部屋にはあらかじめ剣客を数人配置しており、軽装の具足を身につけた佐衛門も警護していた。


「しぇらぁぁぁあ!」


―ドガンッ!


 佐衛門の怒号どごうと共に、その岩のような手から放たれた”石つぶて”が、”やつ”の頭をかすめ、隣家の屋根に激突した。


「おのれ、外したか!」


 佐衛門は地団太じだんだんで悔しがった。


「浅いが拙者の太刀を受けた」拙者は佐衛門のところへ駆け寄りながら叫んだ。「血痕けっこんを追うぞ!」

「はッ!」


 拙者は関の孫六兼元の柄を握り締め、着の身着のままで屋敷を飛び出した。



 結局、途中で血痕は途切れており、”やつ”を取り逃がしてしまった。


「はぁはぁ。あの身のこなし…。奴は忍びの心得がありますな」


 息を切らしながら、佐衛門は血痕の途切れた道端にドカッと座り込み、仰向けに寝転がった。


「あぁ、おそらく破門にされた下忍くずれであろう。中庭から歩いてくるあたり、安易すぎる。他国の刺客とは思えん」


 拙者は佐衛門の横に座り、関の孫六兼元のさやを屋敷に放り出して来たことを思い出した。


…”やつ”は何の目的で忍び込んで来たのか?…


 拙者が何者かに狙われているということが、これで明らかになった。

何者かに狙われていた?!いったい誰に?!なぜ?!

次回で最終話です。

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