王子様
玄関ホールでは第二王子リヒャルトが仁王立ちでいた。
「お待たせして申し訳ありません。私はこの屋敷の……」
「アマーリエ・トラウテンベルクが来ているのだろう。彼女を呼んでこい」
挨拶も名乗りもする前に遮られて命令された。
馬車もあるし、来客があるのは明確なのだが、違う人だと言っても確認の術はリヒャルトにはない、はずだ。
学生時代の友人が来ていることにして誤魔化そうとした時だった。
「王子に対して嘘をつくつもりならお前は反逆罪だ」
国家に対して牙を剥いたのと同じだと言われ、強い言葉に怯んでしまった。
それが証拠だとばかりに王子は確信を深めてしまったようだ。
「早く連れてきたまえ」
考えていることが顔に出てしまう己の仮面の脆さを悔やんでも遅い。
何とか取り繕えないだろうかと言葉を探している時だった。
「わたくしに何の御用でしょうか」
凛とした声が玄関ホールに響き渡った。
振り向くと、わずかに険しいが清冽な美貌のアマーリエとパルマノヴァ侯爵がいる。
「迎えに来たぞ、アマーリエ」
「何のお迎えでしょうか」
「お前をまた王子妃候補にする。お前の父の復権も約束しよう。だから……」
「お受けできかねます」
王子の言葉を遮ることは場合によっては処罰の対象になる。
だが、アマーリエはそんなことも恐れず、そして表情を崩すことなく王子を見据えた。
「わたくしはすでに婚約しております」
そう言って、隣にいる侯爵を紹介した。
「彼との婚約は国王陛下にも申請して、承認待ちです。それを無視して貴方の婚約者に戻ることはできません」
王子の顔色が褪せ、唇が微かに震えたように見えたが、すぐに引き締まり、顎を上げて見下ろす。
「申請? 承認? そんなもの、取り消せばいいだろう」
「取り消す理由はありません。わたくしはパルマノヴァ侯爵と結婚します。それはわたくしが望んだことですので」
それに、とアマーリエは更に言葉を続けた。
「聖女様と婚約しているのに、その上わたくしともなんてできるはずもありません」
その瞬間、王子は眉を逆立て、顔が怒気で赤くなった。
重婚を法律で禁じているこの国で、国民の模範となるべき王族がそれを破って許されるはずもない。
アマーリエの言う通り、聖女と婚約しているのになぜ王子はここにいて、元婚約者と復縁を迫るのだろうか。
「恐れながら、殿下。アマーリエ嬢は今は私の婚約者です。私の国でも申請をしてすでにこちらは許可をいただいております」
アマーリエより前に出て、侯爵は流暢なグラマイス国の言葉で申し述べた。
リグリナ王国で婚姻の承諾を得ているのなら、この国でも許可されるのは時間の問題だ。
隣国の高位貴族同士の婚姻は政治的に利用される側面があるからだ。
グラマイス国王がリグリナ国との関係強化を更に促進させるのなら、この婚姻はその一助となるだろう。
友好国であるリグリナ国との摩擦は些少であっても回避するのが賢明な選択なので、隣国の国王が承認済みならそれに倣うはずだ。
アマーリエの婚姻は半ば決定的事項で、国策も関わってくるために、王子が横槍を入れることは不可能に近い。
「わたくしはこの方と添い遂げると心に誓いました。もし、国王陛下の承認がなされなくとも、その時は駆け落ちでもなんでもする覚悟です」
アマーリエの言葉はアレクシアの胸にもじわりと染み込んだ。
自分が望み、相手も同じ気持ちを持っている。それは国や爵位を捨ててでも手に入れたい程の熱情であるのだ。
その熱を、第三者であるアレクシアにも直に感じ取れた。
アマーリエはそういう人に出会えたのだ。
リヒャルト王子に婚約破棄されなければ出会えなかった縁だ。
それを聖女が来たからと言ってあっさりと切り捨てた王子の前で告白できたのは、アマーリエにとっては大きな意味を持つものだろう。
アレクシアにしてみても溜飲が下がり、手で口元を押さえていないと快哉を叫んでしまいそうなくらい気味がよかった。