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 フェーデはそもそも戦争の引き金になるための捨て石に過ぎなかった。

 ただ命令通り自殺するだけの小さな装置でしかない。


 王侯貴族に嫁げるような教育は受けてこなかったし、そもそも結婚できる年齢ではない。


 フェーデは思う、確かにガヌロンの言う通り。

 本来ならば、わたしではなくアンナがここにいるべきだったのだろう。


「あるべきものが、あるべき場所に戻るだけだ。何を躊躇する必要がある?」


 ガヌロンがフェーデの発言を引き出すべく言葉の矛を退いた。


 無音が客間を支配し、気まずい焦燥が少女の心を焼いていく。


 脅し、支配し、操る。


 治世に失敗し、衰退を続けているとはいえ、曲がりなりにも複数の領地を同時経営している男が無力であるはずがない。彼はやり方こそ間違えているが、間違えたまま、ここまでやってきたのだ。


「わ、わたしは……」


 フェーデの拙い言葉が口を突こうとした時、アベルが目配せをした。

 そして続ける。


「鶏鳴卿、口を挟むことをお許しください。フェーデは恥ずかしがっているのですよ、仕方が無いことです。自分自身を褒めそやすことほど口はばったいものはないのですから」


 アベルがフェーデを守るように前に出た。四人は未だ椅子に座ったままだが、そのように感じられた。


 フェーデはただ怯えているだけだ。

 恥ずかしがっていないことなど、見ればわかる。アベルの言葉は明らかに嘘だった。


 ガヌロンはアベルの言動に違和感を覚える。

 これまで正しいことしか言わなかったアベルが、ここにきて方便を使っている。


「そうだ。よろしければ、皆でトロンを散策しましょう。ちょうどフェーデが主役の劇もあります。ご覧になられてはいかがか」


 トロンで流行の劇と言えば、フェーデが家族を殺す復讐劇である。それを実の家族に観せようと言うのか。


 瞠目したガヌロンを無視してアベルは続ける。


「屋台には関連商品も並んでいるでしょう。一度、街を歩けば人垣ができ、声があがり、手を振る者、道を空けるよう叫ぶ者が現れる。詩歌卿に星見卿、()に秀でた為政者は星の数ほどいますが、ここまで民に愛される為政者はそうはいません」

 

 それは何の誇張もない単なる事実だった。

 ガヌロンも噂には聞いている、あちこちの吟遊詩人が歌って回っているからだ。


 だが、ガヌロンは愛を信じることができない。

 愛の価値を認められない。


 自分自身が愛されることができないがために、計算から除外していた。


「かくいう僕も、フェーデを愛してやまない。溺愛していると言っていい」


 小さな令嬢の手と王子の手が、視線が重なった。

 ガヌロンは怒りに震えたが、それがどこから来るものなのかは自分でもわからない。


 しかし、アベルはガヌロンの怒りの根源を一目で見抜いた。

 これは舌戦、躊躇は要らぬと矛を構える。


 フェーデが計算や物書きを習得でき、王侯貴族への応対や所作も容易に学び取ることができることをアベルは知っていた。


 だが、そこについては触れない。

 触れる必要が無い。


 貫くはただ一点、ガヌロンの心の弱さである。


「『これができる、あれもできる』『あれができない、これもできない』と性能を比較し、戦い続けたところで、その先には何もありません」


「戦って戦って」

「戦って戦って戦って」


「そんな場所で勝利をおさめて何になるというのですか、血みどろの敗者と血みどろの勝者が生まれるだけです」


「それに一体、どれだけの意味があるのです」


 その一突きはガヌロンにとって存在の否定に等しかった。

 愛されることができないガヌロンには戦って勝利することしかできない。


 敗者か勝者にしかなれないなら、せめて血みどろの勝者であることを選び続けた。


 嘘をつき、騙し、蹴落とし。

 盗み、恫喝し、支配して。


 誰かにどうか愛されたくて、ここまでやってきたのだ。


 それがすべて無意味だと言うのか。


 おお、フェーデ。

 フェーデよ。


 その光はなんだ。その燦然と輝く光を、どうやって手に入れた。

 なぜお前は愛されている。


 どうすれば愛されることができる。


 口にできない思いが全身を駆け巡り、ガヌロンは沈黙した。


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