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ふたつのガヌロン

「すみません、アベル様……! 大変です!」


 書き上がったフェーデの手紙を読み返していると、メイドがドアごしに話しかけて来た。ジーナの声だ。ノックを忘れるなんて珍しい。


「入っていい、どうした何があった?」


 アベルが咎めることなく促すと、ジーナが即答した。


「鶏鳴卿、ガヌロン様がおいでです!」




 

 父の名に怯えたフェーデが、すぐに心を凍らせ立て直す。


「わたしも行きます」


「……ダメだ」


 フェーデの気丈な瞳をアベルは初めて拒絶した。


 虐待の当事者を会わせていいことなどなにもない。

 その上、先触れもなくやってきたガヌロンの思惑は不明である。


「まずは僕を通してからだ。伝えるべきことがあるなら僕から伝える」


 驚くフェーデを残してアベルは来客を迎える支度をする。


「ジーナ、フェーデを頼む」


 頷くジーナを見て、フェーデは唇を噛んだ。

 違う、本当は。わたしが向き合わなければならないのに。


 守られているばかりなんて嫌だ。


「アベル、婚約者として傍にいさせて。お願い」


 小さな胸に決意を秘めて、精一杯背伸びをする。

 これまでアベルは原則的にフェーデの自主性に任せてきた。


 その選択がフェーデの成長につながったのは紛れもない事実である。


 本来なら断るべきだが。


「わかった。でも、少しでも危険を感じたら下がるんだ。いいね?」

「はい!」


 客間へと進む二人の心には致命的なズレがあった。



 フェーデにとってのガヌロンは長年虐待を続けて来た加害者だ。

 だが、加害者であると同時に愚かな父だと思っていた。


 すぐに暴力を振るうだけの、大したことのない男だと。


 それは想像によって矮小化することで恐怖を薄れさせようとする心の働き、強すぎる刺激に対するカウンターである。


 果たしてフェーデはガヌロンの何を知っているだろう。

 一方的に暴力を振るわれていただけで、相手のすべてわかるわけもない。


 フェーデの中のガヌロンは怯えた心が生み出した幻想にすぎない。




 アベルにとってのガヌロンは最愛の婚約者の父だ。

 もちろん婚約者を害する最悪の加害者でもあるが、それと同時に、長く戦争で敵対し続けてきた油断ならぬ敵でもあった。



 フェーデの話を聞く限り、確かに治世能力は低いのかもしれない。

 だが、戦場におけるガヌロンは厄介極まりなかった。


 圧倒的に強い、というわけではない。

 兵の強さで言えばランバルドよりフリージアの方が上だったが、それでも戦争が長引いたのはランバルドにガヌロンがいたからである。



 ランバルドの犯罪者を後ろから槍で突いて無理矢理突撃させる。


 捕虜交換の際に約定を破り、ランバルドの捕虜ごと殲滅する。


 敵兵をわざと殺しきらずに放置し、助けに来た仲間を矢で射る。

 さらにその仲間を助けに来たものを射る。



 ガヌロンはおよそ良心というものが存在しない戦術を機械のように繰り返し、戦場を泥沼に変えた。あらゆる命を使い潰して、徹底的に目先の利を獲りに行く。


 兵士の心が壊れても、鶏よりも早く起き、すぐさま次を思いつく。


 死体はそのまま犬の餌。


 すべての心を置き去りにして、今日も元気に号令だ。

 

 クックドゥールドゥー! さぁ殺るぞ!

 ついたあだ名が鶏鳴卿だ。


 ここまで悪に傾いた人間性で治世がうまくいくはずもない。娘であるはずのフェーデにここまで苛烈な仕打ちをするのもある種必然と言えた。


 

 確かに人間としては愚かだろう。

 だからこそ、楽観視できる相手ではなかった。

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