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【完結】死に戻り令嬢、敵国の王子に溺愛される  作者: 間野ハルヒコ


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物語(ナラティブ)による攻撃

 台本が販売されたことで、令嬢の劇はあちこちで上演されるようになった。


 流行り物とは強いもので、誰もが観たがり聞きたがる。

 黒猫一座と令嬢本人が好きに公演していいと公的に認可したのも大きかった。


 トロン内で様々な劇団が様々な解釈で演じたこの劇は、かなり早い段階で吟遊詩人に歌にされ、旅の一座によってまねられる。


 これが辺境城塞都市トロンで一番の流行なのだと、あちこちの街や村で演じていく。


 オリジナルの台本と変更版の台本、どちらも使えるという点はかなり有利に働いた。


 たとえば、変更版の台本ならエンターテイメントを求める層には家族を殺し尽くす復讐譚として扱えるし。


 逆に、どんな理由があれ家族を殺すなどけしからんというお堅い教会の前で弾きがたるなら、家族にいじめられ死んでしまう悲運の物語としてオリジナルの台本が生きる。


 この二面性は物語を強力に波及させた。

 片方を見聞きした者が、もう片方の物語を知った時、えも言われぬ世界の広がりを感じたのである。


 すべての一座や吟遊詩人たちがまったく同じように演じるわけではないので、そこに生まれる些細なブレ、異譚として新たに生まれる無数の物語は人々の心を沸き立てた。


 ここまで来ると、需要はフリージアのみに留まらない。

 戦争が停まり、国境を行き来できるようになったことで流通するのは穀物や織物ばかりではなく、物語も同様であった。



 

 そう、令嬢の物語はランバルドにも広がりはじめたのである。


 ほとんどの人々にとって、それは感動的で、痛快で、よくできた。面白い物語でしかなかった。自分たちとは縁遠いからこそ、誰が死のうが笑っていられる、虚構の世界。


 成り上がりの悪い伯爵が非道を行った結果、破滅するというのはランバルドでも定番の話だ。


 誰もが楽しめるのだ。

 事件の真相を知っている一部の人間を除いて。


 


「……これは」


 旅の一座の劇を観て、ランバルド国モンテス領を管理する伯爵は胸をナイフで刺されたたような痛みを覚えた。


 モンテス伯はこの話を知っている。

 前にも同じ劇を観たからではない、これは現実の話を脚色したものだ。


 何度も繰り返し連れ子と比べられ、役立たずだと罵られるシーン。あれには自分も同席していた。


 令嬢の生家であるヴィドール家で、何度も行われてきた虐待だ。


 遙かに格上の公爵家であり、モンテス領を含む複数の領地を実質統治しているヴィドール家。力の差は歴然なので、黙っていたが……。


 いや、嘘だ。比べられる姉妹を観ながら促されるままに評価を下し、馬鹿にすることすらあった。あの幼子の心をどれだけ傷つけてきたかわからない。


 本来、まともな大人として「こんなことはやめてください」と言うべきだったのだろう。しかし、モンテス伯は保身に走った。目上の家柄に逆らっていいことなど何もない、なるべく口を出さず。言われるがままにしている方が得策だからだ。



 痛い。

 劇を観れば観るほど、締め付けられるような痛みを感じる。


 今、舞台であの令嬢を傍観した役者は私そのものだ。

 冷たく、無関心で、自分のことしか考えない。卑劣な男。


 結局その男は哀れな姉妹を観て嫌みたらしく笑うと、舞台袖にはけていった。


 モンテス伯がしたことはそういうことである。

 揺らがぬ事実が、彼を苦しめていた。


 痛ましい観劇を終えると、モンテス伯は青ざめながら考える。


 最近、ランバルドからフリージアに嫁いだという令嬢は義姉のアンナなのだろう。

 そうとしか考えられない。


 ()()()()()()()()()()()()()()。劇の主役にあたるフェーデはまだ十歳。幼い少女では停戦条件の婚姻は結べない。


 こうして戦争が停まっている以上は、アンナが嫁いだとみるべきだ。


 そして呪われた家から出たアンナは自分がフェーデにした行いを悔い、この劇を作ったのだろう。歪曲的ではあるものの、かなり大胆な糾弾だ。


 そんなことをして未だヴィドール家にいるフェーデは大丈夫なのか?


 より激しい虐待を受けるのではないか?

 

 現実は物語のように優しくはない。

 猫は王子にならず、王子は姉を選び、令嬢は救われない。


 アンナにはそこまで頭が回らなかったのだろうか。


 自分にできることを考える。


 遙かに格上の公爵家に逆らって娘を拉致したところで、癒されるのは自分の後ろめたさだけだ。この世界は物語ではない、そんなことをしたところで令嬢の拉致という名目で正当に処罰されて終わりだ。


 結局、モンテス伯は後ろめたさを抱えたまま。何もしないことを選んだ。

 自分や家族、領民の命と一人の少女を天秤にかければ当然に前者に傾く。それだけのことだ。


 だが、この一件はモンテス伯の内心に強い不信感を生んだ。

 

 せめていつか罪滅ぼしがしたい。

 そう思うのは自然ななりゆきである。


 劇を観たモンテス伯がそのような心境になったように、同じように虐待に加担し、見て見ぬ振りをしていた者たちも近い苦しみを味わうことになる。


 中でもわかだまりを感じたのはヴィドール家が複合統治しているアンシュロ領、リゼット領を統治する伯爵達である。


 この一連の影響を後の歴史家は「物語(ナラティブ)による攻撃」と評すことになる。

 矢の一本も飛ばず、剣の一本も振われぬ、静かなる攻撃だと。


 人の口に戸は立てられない。

 令嬢の書いた物語はヴィドール家当主、ガヌロンの耳にも入ることになる。

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