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開演

 黒猫一座の公演は初日から長蛇の列が並んだ。


 それもそのはず。

 今回の台本(ほん)を書いたのは、かのランバルドの悪役令嬢との触れ込みである。


 散々、王侯貴族を当てこすった黒猫一座が怒られた! これは見物だ見に行こう! そんなところである。


 令嬢が台本(ほん)を書いたということは、やっぱりあの話は怒りを買ったんだ。きっと令嬢を褒めそやすよう書き換えさせたに違いない。


 権力をかさに、無理矢理話を変えさせる。

 なかなかに滑稽である。実に悪役らしい、納得できる動きだった。


 中身なんてどうでもいい。つまらなくてもいい。

 馬鹿馬鹿しく、都合良く、自分のことを押しつけてくればくるほどいい。


 どうしようもなくつまらない顕示欲の塊なら馬鹿にしやすいからだ。


 権力者に金持ち、自分よりもえらいもの。

 そうしたものは、何かしてもいけ好かないし、何をしなくても気に入らない。


 自分より幸せなものには不幸になってもらいたい。

 だって、その方が公平だ。


 どうせ不幸になったって、俺達に比べればずっと幸福なのだから、少しくらいやり返したっていいはずだ。


 民衆は時にそうした感情を抱えがちである。


 ルサンチマンの熱気が会場にこもり始めた時、人垣が割れた。後方に用意されていた一段高い物見席にアベル王子がやってきたのだ。


 誰か、小さい女の子も連れている。まるでレディを扱うように手を取り物見席に女の子を引き上げるところを見ると。もしや、あの子が令嬢か?


 二人が対等であると示すかのように堂々と二つ並んだ席にアベルと令嬢が座る。

 やっぱり令嬢じゃね? でも、イメージと違うぞ!


 赤い髪をした十四歳の意地悪そうな悪役令嬢じゃない。白い髪の雪の妖精みたいに儚げな、もう少し幼い少女だ。王太子妃であるからには十四歳のはずだ。この頃の子供は年齢の割に大きかったり小さかったりするものだし、そこまでおかしなことではないか。


 ざわめく劇場は令嬢が立ち上がった途端、静かになった。

 

「みなさん、今日はお集まりいただき。ありがとうございます。わたしが令嬢です」


 令嬢が清水のように澄んだ声でそう始める。

 やっぱり令嬢なんだ。ていうか、自分のことを令嬢って言うんだ。

 まぁ、名前なんて言われてもみんな知らないしな。この方がいいな。


「当劇は、わたしがはじめて書いた台本に座長さんが手を加えてくれたものです。楽しんでくれるとうれしいです」


 幼子の発表会みたいな言葉をなんとか言い切ると、小さな令嬢はぺこりとお辞儀をした。

 傲慢な権力者を馬鹿にしにきた民衆は、予想外の事態に困惑し周囲を見回す。


 これはちょっと馬鹿にできない。

 悪者を笑うから楽しいのであって、これで笑ったらこっちが悪者だ。


 そんなのちっとも楽しくない。


 どこからか、パチパチと小さな拍手の音がする。同い歳くらいの女の子だ。それに同調するように、母親らしき女が手を打つ。隣にいた男がそれに追従する。さらにその隣の男が。


 それはノルド川に投げ込んだ小石がつくる波紋のように、静かに、しかし確実に広がっていく。


 満場の拍手を受けて、令嬢は着席した。

 緊張していたのだろう。少し肩を上下させ息を整えている。


(いつもの劇と違うって、石を投げられると思ってたのに)


 望まれた赤髪ではない。ただありのままの姿。

 人々に求められていない、そうあれと願われていない、ただの自分が自分のままに認められている。


 異なっていても、願いを叶えなくても、想像と違っても。

 ああ、実際はこんな感じなのね。と受け入れられた。


 それもこんなにも大勢の物語(こころ)の中に自分自身が共有された。

 存在を認められることがこんなにも嬉しいものなんて、知らなかった。


 既にちょっと泣きそうになっている令嬢にアベルが声をかけようとして、やめた。一人の少女が世界と向き合い、成長しているのだ。今できるのはただ見守ることだけ。過剰な干渉は成長の妨げになると判断したのである。


 でも、これくらいならいいかな。


 アベルは令嬢を一瞥すると、王子らしくまっすぐに舞台を見据えた。

 まるで「こういう風にするんだよ」とそれとなく教えるように。


 聡い令嬢は、ひと目見てそれに習った。


 劇団員がラッパを吹き、幕が開く。


 劇が始まる。

 はじめての劇が。

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