輝き
馬車の音、降りる音、歩く音。
見世物小屋の連中はすべてを静かに聞いていた。
黒猫一座は筋金入りだ。
もちろん命は大事だが、そんなことより楽しいか。
演劇に人生を賭けた狂人達の群れである。
そんなやつらだからだろう。
ここにきて皆。一座が取り潰されるかより、令嬢の姿が気になっていた。
これまで令嬢役をしていた十四歳のマリーが緊張気味に胸を張る。
ウェーブのかかった赤毛に釣り上がった鈍色の瞳、見るからに悪役令嬢だ。
現在、トロンにおいてランバルドの令嬢とはこのような姿だと認識されている。
しかし、それは創作だ。
人々が抱いた空想だ。
ならば、実物はいかに。
もはや首を刎ねられることなど、誰も考えていなかった。
一瞬たりとも見逃さず、すべて芸の肥やしにすべく、猫の瞳がドアを見る。
挨拶と共にドアが開く。
金髪に青い瞳の見るからに王子然とした王子が入ってくる。王子はいい。もう何度も見た。もういい。そんなことより令嬢だ。
王子の後に続いて令嬢が入ってくる。
青みがかった白髪……。いや、ツヤを見るに銀髪に近い。綺麗に整った人形のような顔立ちをしている。澄んだ瞳は儚げだけど、芯は強そうである。
十四歳にしては幼く見えるが、十四歳でなければ辻褄があわない。おそらく若作りなのだろうと黒猫一座は考えた。
いやいやいや、人違いじゃない? そうじゃない?
だってほらみろ、おかしいぞ。悪役令嬢っぽくないし。
でも、間違えたら失礼だな? 殺されるな?
皆が尻込みした隙に、マリーが一歩前に出る。
「お初にお目にかかります。当劇団で令嬢役をさせていただいているマリーです」
「……よろしく、お願いします」
会釈するマリーに少女が続ける「わたしが令嬢? です」。
そうとわかった途端、演者たちが波濤のように押し寄せてきた。
「ランバルドのご令嬢!」「お名前は何て言うんですか?」「ちっちゃい、かわいい」「普段どんなものを食べているの?」「好きな色は?」「街に出ることはありますか?」「王子のことをどう思っていますか?」「ミルクのお風呂に入ってるって本当?」
距離が、距離が近い。
寄ってたかって質問されていると、初老の座長が割って入る。
「ええいお前ら下がれ下がれ!」
演者を殴り蹴り飛ばして端に寄せていく……のだが、よく見ると拳も足も当っていない。身体に当たる寸前で演者の方がわざとらしく吹っ飛んでいるのだ。
「すみませんね、本当。お前ら戻れ、下がれ。大人しくしろォ」
「横暴だー! 我々には知る権利があるゥ!」
「あるかボケェ!」
よく見ると男連中には暴力的だが、子役には手を出さない。子役が子供らしく、わーきゃーと駆けずり回りながら壁に寄っていく。これも演技だ。
計算された狂騒はみるみるうちに収まり、座長の後ろに整列した役者たちがしゅっと身なりを整えた。
全員が同時にお辞儀をし、口を開く。
「「「ようこそ黒猫一座へ!」」」
火も太陽も魔法もなしに、人間が輝いていた。
その光に令嬢は圧倒された。
何がなんだかわからないが、とにかくすごい。
床が擦れてへこんでいる。もしかしたら令嬢が立っている地点から見られたとき最も美しくなるよう何度も練習しているのかもしれない。そういえば質問攻めに遭っている時、押したり引かれたりした。立ち位置を誘導されていたのだろう。
本来なら失礼なことが、まるで失礼だと思えない。
周囲を見ると従者たちは既に観劇ムードで、拍手すらしていた。
混沌と秩序が同居した不思議な感覚に背筋をくすぐられる。
もし怒りや憎しみを抱えてここに来ても、あの不思議な光にすべて消し飛ばされてしまうだろう。お金を払ってでも見たくなるわけだ。
「面白いだろう? 彼らはいつもこうなんだ」
アベルの言葉に令嬢がこくこく頷く。
噂では黒猫一座は稽古のし過ぎで物語に脳を焼かれている。
現実と虚構を行き来しすぎて、たまに戻って来れなくなることもあるらしい。
令嬢は息を飲む。
彼らならきっと、うまくやってくれるはずだ。




