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セーブ・ザ・キャット

 地下に閉じ込められてから食事には砂を混ぜられるようになった。

 食べずにいると「貴重な食べ物を残しおって」となじられた。


 事あるごとに義姉のアンナと比べられた。

 いかに自分が未熟で劣っているかを、口に出して言わせられた。


 最初は自分がダメだから怒られているのだと思った。


 しっかりと家庭教師から学んだアンナが得意げに本を読む中、フェーデに本が手渡される。


「そら、読んでみろ」


 読めるわけがない。だって、読み方なんて教わってない。たったいま手渡された本だ。

 それでも、読めない自分が悪いのだと思った。


「やはりお前は役立たずだ。使い道がない」


 父、ガヌロンの毒舌はフェーデに向けられているようで、自分自身に向いているようにも見える。当時、娘に怒りや憎しみはない。ただ、かわいそうだと思った。


 このひとは、自分自身に呪われている。


 比較が終わると、フェーデはすぐ地下に戻される。冷えた石の床に申し訳程度に藁が敷かれている。ここが家畜部屋だと言われても誰も疑わないだろう。アンナの部屋の暖かそうなベッドが羨ましかった。以前は、フェーデにも部屋が与えられていたのだ。


 ふと、猫の声がする。

 最近住み着いたらしい小さな黒猫は、最近館にやってきた野良猫だ。


 黒い猫は不吉だとみんなからいじめられて、ついにここまでやってきたのだ。


 フェーデは黒猫を追い出さなかった。


「かわいそうに、いじめられているのね」


 幸い黒猫だ。暗い地下では余程のことがない限りバレることはない。

 食べ物もまったくないわけではない。粗末な砂入りスープを猫はごちそうのように食べた。


 誰かが食べる姿を見ると、元気が出るものだ。

 思えば、砂が混じっていたからって食べられないものではない。


 噛みすぎると歯が欠けそうになるので、できるだけ飲み込むようにして、フェーデも砂入りスープを飲む。


「いきなりがっついてはしたないわね」


 空になったスープ皿を回収しにきた継母はそう吐き捨てた。

 構わない。この子が生きていけるならそれでいい。


 生きてさえいてくれれば。




 満足げなフェーデの姿を見て、継母は親指を噛む。

 ここまで追い詰めたのに瞳から光が消えない。


 しぶとい()だ。

 幸せになるなど許さない。



 

 食事の量を減らされた。

 これまで残した罰だと、何も与えられない日もあった。


 この生活を続ければいつか猫かわたしが死ぬだろう。

 どこかに逃がしてやりたいけれど、猫はここから離れない。




 きっと。きっとわたしがちゃんと役に立てば。

 わたしに意味があれば、両親もまた愛してくれる。


 そうすれば食べ物だって。



 そう思って、文字を覚えた。


 チャンスは僅かだが存在した。アンナが朗読する目線の先を盗み見る。瞳に映る文字を読み上げているのだから、そこをなぞればいい。


 学ぶ時間が与えられないのなら。今、学べばいいのだ。


 思いついてしまえば、あとはそう難しいことではなかった。

 アンナという正解を完全にコピーすれば、自分も正解になれる。


 見て、真似て、推測して、見て、真似てを繰り返す。

 

「おお、素晴らしい。フェーデ嬢も朗読ができるようになってきましたな」


 来賓の男が拍手をするが、ガヌロンは苦々しい顔をした。

 今日はいい見世物になれたな。そう思っていたのに、夜になるとガヌロンは娘を締め上げた。


「誰に教わった? お前に文字を教えたのは誰だ」


「あの……自分で」


「嘘をつくな!! そんなことができるわけがない!! どんなずるをした?」


 フェーデは困惑した。

 望み通りにしたのに、なぜ怒られるの?


 ずるなんてしていない。


 叩かれ、泣きはらして、地下に戻されると。

 猫が死んでいた。

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