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攻防

 市参議会の面々とアベルの攻防が続く。

 

「以前から終戦後は減税を行うという約束だったではないですか」


「状況が変わったのだ」


 アベルの言葉に商会長が怪訝な顔をする。減税の影響をもっとも大きく受けるのは商人たちなのだろう。


「状況? 状況ですか、ではその令嬢はなぜそこにいるのです。飾りですかな?」


 商会長が踏み込んだ。

 本来なら、王子にここまで無礼な行いはしない。


「我々は増税に耐えてきました。アベル王子、あなたが税がなければトロンが滅びると言うから、仕方なくです。元々生活がギリギリだったところに増税されて、仕事を失った者もいます」


「増税がなければいつも通り生活できていた商売人がたくさんいるのです。耐えて耐えて耐えて、やっと元の生活に戻ると思った矢先にこれでは、我々は報われません」


 感情に訴えかける言葉だった。

 令嬢は商人に冷たいイメージを持っていたが、一瞬で払拭された。むしろ、そうすることが狙いで計算なのかもしれなかった。


「それに、商売が失われて困るのは我々商人だけではないのです。最も困るのは一般市民、仕事がないということは身入りがないということ、生きていくのに困るのは労働者たちですよ」


 労働者となると職業ギルドも無関係ではない。さらに、教会としても無辜の民の生活は無視できないことだ。最悪の場合、暴動が起きるかもしれない。修道騎士だって、できることなら民の制圧なんてしたくはないのだ。


 商会長は職業ギルドと教会を味方につけようとしている。


 ただ、商会長の言葉には極論が混じっているかもしれない。

 少なくとも今日見てきた市は盛況で、民に仕事がないようには見えなかった。


 それでも商会長の立場でそう言われるなら、信じた方がいい気がする。


 商会長の言葉に職業ギルドのギルドマスターが続ける。

 

「職人側としても、ただでさえ物価が高騰しているのに税がこのままってのは困る。材料費も薪もタダじゃねえんだ」


 進行を無視された議長が「えっ」という顔をしたが、続ける。


「それに、アベル様。あなたがいなくてもこの町は回っていた。あなたが住んでいる不在城に城主はいなかった」


「不在卿は100年戻らず、残された使用人たちは100年変わらぬ自治をした。何も問題はなかった。いや、戦争はあり。その際にはアベル様のお力は助けになったさ。その点は感謝している。でも、もう戦争は終わるのだから元に戻らせてもらいたい」


 丁寧な言葉を使おうと努力しているけれど「戦争が終わったのだからもうお前は必要ない」と言っているようにもみえる。


「それは、王子に不在卿たる資格はないという意味ですか?」


 すかさず、穏やかな司教の声が矢のように飛んできた。

 致命傷になることに瞬時に気づいてギルドマスターが防御する。


「いや、そうは言ってない。そうじゃない。俺達はただ元の生活に戻りたいだけだ」「追い出そうなんて考えていない。誓って本当だ」


 アベル王子の為にギルドマスターを牽制したのか、ギルドマスターの粗を王子に突かれないよう注意したのか。どのみち司教の動きは隙がない。


 ギルドマスターの言葉は本心なのだろう。

 本来はすこし口下手で、裏表のないまっすぐな男なのかもしれない。


 でも、だからこそ本気になったら武力行使もありえるな。




 10歳の令嬢は考える。


 これまでは周囲の人間の物語を読んで、その登場人物として振る舞えばよかった。望まれたことを、望まれたように。相手の都合のいいように演じていれば、それでよかった。


 でも、今回はそうはいかない。

 商会長の都合を優先すればトロンは滅び、ギルドマスターの都合を優先すればトロンは滅ぶ。


 司教は何かを待っているようだったが、物語を隠すのがとても上手で、何をしてもらいたいかがよくわからない。でも、何かひとつミスをすれば、あの矢のような言葉が飛んでくるに違いなかった。


 アベルはアベルで、この期に及んでわたしを守ろうとしていた。

 税は取り下げない、令嬢の立場の弱さも説明しない。


「依然としてランバルドの脅威は健在であり、今すぐ兵を下げれば民を危険に晒すことになる。それは統治者としても、軍を率いるものとしても看過できない」


 説明したら戦争が起きるからなのだろうけど。それでも、守ってくれているみたいで嬉しかった。

 




 義姉なら、義姉のアンナなら。

 きっと自分自身の考えで人々を導くことができる。


 あのひとには自分があるから。

 そんな事を考える。


 その点、令嬢に強い自己なんてなかった。


 他人に喜ばれようとしているばかりで、自分というものがない。

 市参議会のみんなのように、強い物語なんて何一つ持ち合わせていなかった。



「ところで、お嬢さんには何かご意見などありますか?」


 議論が煮詰まり始めた頃になって、商会長が令嬢に質問を振った。


 大人たちの視線が令嬢に集まる。


 アベルからは、もし質問に答えられそうになかったら「体調がすぐれない」と言って回避するといいと教えてもらっている。


(アベルはいつだって、わたしを守ろうとするのね)


 その優しさに心が解けて、令嬢の記憶がひとつ解凍された。

 前のループでもこの椅子に座って、似たような状況になったことがあったと、思い出した。


 現実的なのはこのまま税を取り続けること。市参議会の思い描く物語とは真っ向から対立するが、嫌われても恨まれても、そうするべきだろう。その判断は統治者の物語として正しい。



 でも、それじゃダメだった。

 人は自分が思い描いた物語から外れると、嫌な気持ちになる。


 なんだか落ち着かなくて、自分の物語に世界の方を引きずり込みたくなるのだ。


 過去のループではみんなが税の納税を渋り、支払いをごまかして、結局トロンの守りは薄くならざるをえなかった。そして、父に攻め込まれた。




 一言にするなら、国とは人なのだ。

 どれだけ賢く、正しいことを選んでも、民を納得させることができなければ国はうまく働かない。だから。


「わたしなら」

「わたしならトロン内のすべての税を撤廃します」

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