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全ての終わりに微笑みを  作者: 橘樹儚椛
3/12

3、潔白の瞳

 学校に潜入してから数日、掃除の腕も日に日に上達していた俺は半年ぶりに校内のことも大体は思い出すことができていた。

 そんな中、日に日に迫ってきていたこと……

 それは俺がメモしてきた最初の内容、すべての始まり。と記されていた日付だった。

 けどその内容が記された日付まではまだ少し時間がある。

 俺はその期間を利用してこの先どれくらいかかるか分からないお金を少しでも貯めておこうとバイトに専念することにし、清掃員として働く時間以外はほぼファミレスで時を過ごしていた。

 ただそんな時間もあっという間で……



 もうすぐだ。最初の日付の日……

 すべてのきっかけになる日。

 俺が知っている過去が変わっていなければ、その日が来るのはもう間近に迫ってきていた。

 まだ何も知らずにヒーロー気取りでいれたこの頃、きっかけになることさえ止められればすべてが変わりうまくいくんだと、俺はただ単純なことのように考えてしまっていた。

 でもそんな時に俺の横を通り過ぎていった薄気味悪い風……

 雲行きが怪しくなるとでも言うようなその風に、浮かれ切っていた俺が気付くことはなかった。






 そして過去ではすべてが始まることとなった日。

 俺は同じ過ちを犯さないことだけを心に学校へと向かっていた。

 過去に戻ろうとした最初の理由、それは今を生きる自分を助けてあげたいという思いが第一にあった。

 でもこの世界に来てから今まで見えていなかった、見ようともして来なかった浦瀬や先生の今も続いていたはずの幸せな日々……

 本当に大切だったものは何か、俺が壊してしまったものは……

 そのすべての重さを過去に戻ってから俺は身に染みて実感していた。

 今の俺も助けたい。ただそれよりも今は浦瀬を過去の自分から助けてあげたいという思いの方が強くなっていた。

 浦瀬のことを少しずつ知っていく日々の中で、いつしか俺の思いは浦瀬を救うことが第一に変わることができていたみたいだった。




 学校へ向かう道中、俺は学校近くの横断歩道で足を止めていた。

 信号が青になるまでの間、ただボーッと反対側の歩道を行き交う人たちを眺めていた時、

 あれ、あの人は……

 どこかで見覚えのあるその人、だけどその人が誰なのかを思い出すまでには至らなかった。

 それなのに何故だろう……

 誰なのか思い出せはしないものの、その人を見てしまった瞬間から俺の中には胸騒ぎのような嫌な感覚だけが残っていた。




 俺のメモに記されていた時間は16時30分。

 その時間に俺と浦瀬のクラス、3年2組の教室で過去の俺と浦瀬が接触することになるはず……

 でもそれさえ止めることができれば、これから先何も始まることはないんだ。

 俺は何が何でも今日で終わらせるため、いつもよりも余裕を持って20分ほど早く学校前に着いていた。

 本当はもっと早めに着いて前もって行動しておきたかったが、いくら早く学校まで着こうと俺は16時まで門の中には入れないという学校側との契約があったため、ただ時が過ぎるのを門の前でじっと待っていることしかできなかった。

 でも予定では16時30分のはず……

 16時に入れる俺にとって、30分ほどの猶予はある。

 少し心に余裕を持つことができた俺は、時間まで門の前でいつも俺に挨拶をしてくれる警備員さんと話をしながら待つことにした。


「今日はいつもより少し早いんですね」

「はい、早めに準備が終わってしまったので。」

 警備員さんとはこれまでにも掃除に来る度、何度か会話を交わしてきている仲ではあった。

「そうですか。

利根川君がいつも真面目に働いているから、先生方も感謝していたよ」

「本当ですか?」

「えぇもちろん。

それから浦瀬さんとも仲が良いのかな?

浦瀬さんからも君の話をよく聞くよ」

「浦瀬が……?」

 いつもの平凡に終わっていく会話とは違い、今日は早めに着いていたこともあってか時間に余裕もあり突如として話題に挙がってきた浦瀬の名前。

 それをきっかけに話は思わぬ方向へと流れていくことになってしまった。


「はい……

あぁそういえば、今日はまだ浦瀬さんの姿を見かけていないなぁ」

「浦瀬はいつもこの時間に……?」

「えぇ。彼女はいつも終礼が終わるとここを通って向こうの方まで歩いていくんですよ」

「向こう、ですか?」

 その警備員さんが言う向こうに何があるのか、疑問に思った俺は聞き返していた。

「私も彼女がどこへ行っているのか詳しくは分かっていませんが、それが毎日のことだったので当たり前のように思っていまして……」

「でもまだ16時前ですし、あのクラスの終礼は遅いって噂で聞いたことがあります。

だからこの時間になっても見かけないっていうのは、普通のことなんじゃないですか?」

 浦瀬と同じクラスだった俺には分かる。

 だから警備員さんがそこまで気にかける理由が俺には不思議でしかなかった。


「いつもならそれでもおかしくはないだろうね。

けど今日は浦瀬さんのクラスである2組の担任の先生が早退したから、代わりに1組の副担任の岩岡いわおか先生が終礼を担当しているはずなんだよ。

さっき先生が早退される際にも直接聞いた話だから、間違い無いと思うんだけどねぇ」

「岩岡先生が……」

 岩岡先生の名前が挙がった瞬間、警備員さんを不思議に思っていた俺の疑問が少しずつ消えていくのを感じた。

「岩岡先生といえば終礼が早いことでも有名な先生ですから。

それから考えれば、もうそろそろあの子の姿を見かけてもおかしくはない頃かなと思うんだけど……」

 警備員さんは未だ見かけない浦瀬を少し心配するように話した。


 そういえば俺がここに来る途中で見かけた人……

 どこかで見かけたことはあるはずも思い出せはしなかったその人は、俺が中三だった時の担任に似ていた気がする……

 俺が中三だった時の担任……

 それは今の浦瀬にとっての担任でもある人。

 全く人に興味がなかった学生時代の僅かな記憶と、学校で見る担任としての姿とは少し違った雰囲気で早退していくその様子に俺はすぐに気付くことはできなかった。

 でももしそうだとしたら、それは俺の知っている過去とは違う。

 俺の知ってる過去ではあの日も俺のクラスの担任は早退せず、いつも通り終礼は学年一遅く終わって……


 何で変わってるんだ……

 もしかして俺が過去に来たあの日から、何かが少しずつ歪んできているってことなのか……

 俺の担任だった先生は代わりに担当になった岩岡先生とは違い、誰よりも終礼が長いことで有名だった。

 もし本当に岩岡先生が今日の2組の終礼担当になっていたとしたら、その二人の終礼時間だけでもかなりの差が生じていることになる。

 それは俺が今こうして待っている間にも……


「16時まであと何分ですか!?」

 そのことに気付いてしまった俺は焦燥感に駆られながら警備員さんに聞いていた。

「え、あとですか……?

5分ちょっとってとこですかねぇ……」

 さっきまでの俺とは違い、急に焦ったように聞いてくる俺の様子に警備員さんは多少驚きつつも腕に着けていた時計を見て冷静に答えてくれていた。


「あの、俺を今日だけ早く入れてもらうことはできないですか?」

「入れるって、学校にですか……?もう少し待てば16時になりますよ?」

 俺からのあまりに急で無理なお願いに警備員さんは動揺しているようだった。

「そう、ですよね……」

 あと5分、か……

 でもその5分の間にもしも……


「あの、何かあったんですか?」

 警備員さんは優しい声で俺に聞いた。

「はい……

その、詳しくは言えないんですけど……」

 もしかしたらチャンスだったのかもしれないここでもまた、俺は先生の時と同じように何も打ち明けることはできずにいた。

「うーん、そうですかぁ……

まぁ少しくらい早く利根川君を入れたからって先生方にバレてしまうことはないと思いますし……

今日だけね」

「え、いいんですか?」

 警備員さんの優しさに俺は救われた。


「ありがとうございます」

 俺は警備員さんに一言そう言い残し、浦瀬がいるはずの教室まで走っていった。

 どうか間に合ってくれ……

 走っている俺はそんな思いでいっぱいだった。




 俺が教室に着いた時……

「あっ……」

 教室の中には浦瀬の姿と、その傍にはすでに過去の俺の姿もあった。

 初めて客観的に目にすることとなった自分……

 そんな自分に対して、まだ存在を気付かれていないにも関わらず窓の外で俺は恐怖の感情を抱いてしまっていた。


「おい、お前何のつもりだよ」

「こんな状況、黙って見てなんかいられません」

 俺がここで震える手を握り締めている間にも、教室内では望まない会話だけが繰り広げられていく……

 そこには過去の俺と浦瀬以外にも、俺の中学の時代の仲間で俺のことを慕っていた奴らもいた。

 それからあれは……

 誰だ……?

 俺が認識できた数人以外にももう一人、浦瀬は誰かを庇っているような……

 浦瀬の後ろでしゃがみ込むその人は……

 藤波ふじなみ……?

 俺がすぐ認識できずにいたその人は、浦瀬や俺とも同じクラスであった藤波の姿だった。


 とにかく止めにいかなきゃいけない。

 そう分かってはいても、一度恐怖を抱いてしまった体が動き出すことはなかった。

 元々はこうなる前に、この状況になる前に止めるつもりだったんだ……

 それなのに俺の知っている過去が変わり、今この場には俺が会いたくなかった過去の自分の姿がある……


『これだけは言っておく。

過去の自分には近づきすぎないほうがいい。お前のためにもな』


 過去に戻る前、先生が言っていた言葉が頭から離れなかった。

 もし今気付かれたら、この先どうなるんだろう……

 俺が変えたかった過去は……未来は……

 今この瞬間、俺はどうすることが正しいのか。

 自分の中だけではもう分からなくなってしまっていた。

 焦って俺が繰り返しそう考えている間にも、目の前の教室内では過去の過ちと同じ道を目の前の俺が辿ってしまっていた。


「大丈夫、藤波さん?」

 浦瀬は教室の隅に座り込んでいる藤波に優しく手を差し伸べて言った。

「お前邪魔なんだよ。

俺はこいつに貸しがあるから返そうとしてるだけだ。

部外者は引っ込んどけよ」

 過去の俺は浦瀬が藤波を庇おうとするその行動に苛立っていた。


「こんなことして、楽しいですか……?」

「は?」

「まだここに来て日は浅いです。

それでも貴方は私の人生で出会った人の中で一番……

生きている意味が感じられない人です。」

 浦瀬は言ってしまっていいものなのか、一瞬迷いながらも発言しているように見えた。

「あぁそうかよ。

なら生きてる意味がないなりの人生を過ごしてやる、覚悟しとけ。

おいお前ら行くぞ」

 そのまま過去の俺たちは教室から姿を消していった。


 遅かった……

 この光景こそが、俺が知ってる過去に起こった出来事の始まりに過ぎなかった。


 今の俺になら、浦瀬の言っていた言葉の意味も分かる気がする……

 あの時の俺は生きている意味も、資格もないような人生だった……

 誰にも心を開けず、小さな幸せも噛み締めることのできない日々。

 でも今なら……今なら……

 そう過去の自分に心の中だけで訴え続けていた。

 きっと浦瀬は俺に、生きている意味のあるような人に変わってほしかったのかもしれない。だからこそ俺にあんなふうな言葉で……

 もし今もまだ、浦瀬がそう願っていてくれているのなら……

 今からでも変わりたい。生きている意味のあるような人に……






 しばらくして、掃除をしていた俺は帰ろうとしていた浦瀬に出会した。

「あ、三靏さん!」

 俺を見て嬉しそうに声を掛けてきた浦瀬。

 それなのに俺は……

「何で助けたりなんかしたんだよ!」

 自分が何も防ぐことができなかった悔しさから、そう強く問いただしてしまっていた。

「あぁ、見ていたんですか?

何でって……困ってそうだったから……」

 浦瀬はいつもと違う俺に少し申し訳なさそうに答えていた。


 本当は分かってる。

 浦瀬のように行動できる人なんてほんの一握りしかいなくて、その行動が誇れるくらいに素晴らしいことだってこと……

 それなのに俺は、浦瀬のそんな行動を認めることができなかった……


「昔、亡くなった母が言ってたんです。

困っている人がいたら迷わず助けてあげなさいって。

そんなふうにできる人こそ、私の子供にふさわしい人だって」

「でも、そしたら……」

「それに、困っている人がいたら助けてあげたいって思うのが普通でしょ?」

 はにかんだ笑顔で俺に言った浦瀬。

 浦瀬のそのまっすぐな瞳に、俺が続けて言おうとした君が辛い思いをすることになる……

 そんな未来を、俺は言葉にすることができなかった。

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