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全ての終わりに微笑みを  作者: 橘樹儚椛
1/12

1、沈黙の世界

 春が来て、俺は高校生になっていた。

 高校生になった俺は中学の頃とはまるで別人のようで、友達は出来ず常に一人……

 それがきっかけか、いつしか中学の頃の自分を自分自身で客観視するようになっていた。

 中学の頃の自分……

 それは抱えることのできない過ちを犯した奴だった。

 でもそんな中、俺は決めていた。

 過去の過ちを忘れこれから先の未来、何事もなかったかのように生きていくと……

 ただ、誰かがそうはさせてくれなかった……






 一学期も終わり、夏休みに入ろうとしていた頃。

 俺のクラス内では小さないじめが起きていた。

 誰もが見て見ぬ振りをする中、俺はそれを他人事のように自分の席から呆然と眺めていた。

 終業式の日、そのいじめを知った担任がクラスの全員に何気なく話し出したこと。

 その内容に俺はただ固まるしかなかった。

「何かこのクラスでいじめがあったんだってな。

お前らがどういう感情でそれに至ったかは知らんが、俺のクラスの生徒がって思うとそれは悲しいことだな……」

 先生は何か思うように一拍置くと、

「そういえば、お前らにはまだ一度も話したことはなかったな。

実はな、俺の娘もいじめられていたことがあったんだよ。それをきっかけに娘は……」

 途中まで言いかけると、先生はなぜか最後までは言わないものの俺には伝わって来るものがあった。

「まぁ無理に仲良くしろとは言わない。

でもそんな関係にはなるな、ならないで欲しいんだ……」

 そう話す先生の顔は、娘を思い浮かべて悲しみの果てにいるようにも見えた。


 先生の話しに区切りがついた時、静かになった教室にはチャイムの音が響き渡っていた。

「明日から長い夏休みだ。思う存分、楽しめよ」

 そう最後に言った先生の言葉はさっきまでの話し方とは打って変わり、またいつものような空元気の明るさを取り戻していた。

「「「はーい」」」

 それに対し、何の感情も感じられないクラスからの棒読み返事。

 多分ほとんどの奴が軽い気持ちで聞いていたからだろう……

 俺一人を除いては。


 先生の独特な雰囲気と暗そうな面影。

 それはまるで俺と同じものを見てきてしまったかのようなそんな目で。

 名字が一緒なのはもちろんのこと、俺が中学生だった時に一度だけその噂を耳にしたことがあった。

 俺がいじめていた奴の親は高校の教師をしていると……

 そして高校生になって先生が俺の担任になった時からそうなのかもしれないとは思いつつも、そんなわけないんだとその度気づかないふりをしてそのことを忘れようとただ必死になっていた。

 先生の娘をいじめていた奴……

 それは俺だ。

 その確信に変わった事実が、長い夏休みの間ずっと俺を苦しめることとなった。






 夏休み中に出された宿題、その中にはテーマは自由でいいという作文があった。

 この苦しみを誰にも話すことができなかった俺は、耐えきれなくなった今の思いをその作文へと綴っていた。

 これを読んでくれた誰かが、俺をこの苦しみから救ってくれることを祈って……






浦瀬うらせ先生、ちょっといいですか?」

「どうかされましたか?」

「先生のクラスの入月いりづき君のことなんですが……

入月君が書いたこの作文、先生はどう思いますか?」



< 過去の夢

                           入月いりづき 陸七りくし

  俺は過去に戻って叶えたい夢がある。

  それは一人の人、そして自分を救うこと。

  俺は自分が救いたい人がどんな人なのかを知らない。

  だから知ってみたい。

  それが俺の夢。

  永遠に叶うことのない夢。

                                   >



「これは……

再提出ですか?」

「もちろんです。まず字数が足りてないですし。

ちゃんと先生の方から注意しておいてくださいね」






「あ、入月ー」

 廊下を歩いていた俺を呼ぶ声が聞こえ、歩いていた俺はその場で立ち止まり振り返った。

「作文再提出だって」

 振り返ると、先生が俺の書いた作文を片手に俺へと差し出して来た。

「あ、これ……」

 先生から返って来た作文を改めて見て、俺は一体何をしていたんだという劣等感に苛まれた。

「すみません……」

 俺は自分が書いた作文がまた自分の元へと返って来たことにどこか申し訳ない気持ちを感じてしまっていた。

「別に謝らなくたっていいさ。

お前がふざけて書いたわけじゃないってことは分かってるし。

ただ字数が足りなかったな」

「え……?」

「あぁでも南見みなみ先生が若干怒ってたかなぁ。

確かに俺も読まされたけど、これは短すぎるかもな」

「えっ……もしかしてこれ……

先生も読んだってことですか……?」

 先生の自分も読まされたという言葉を聞いた瞬間、俺は動揺を隠せなかった。

 確かに俺はこれを誰かに読んで欲しくて、そのために書いた作文であり、それを読んだ誰かに救って欲しいと願ってはいた。

 けどその誰かは先生ではなく、先生以外に向けたメッセージでしかなかった。

 普通なら何を言いたいのか、ただふざけて書いたような内容にしか見えないあまりに遠回しな文面。

 それでも、これを先生が読んでしまったとなればその先生はどんな反応をするのか。俺は目が震えて先生を一点に見つめられなくなるほどに怖かった。


「あぁ、面白い夢だな」

 俺の想像した怖さとは違い、先生は他人事のように笑っていた。

「面白い……?」

「お前が何をやり直して、誰を救いたいと夢見ているのかは分からないけど。

それに気付けただけでもいいんじゃないのかって思うけどな」

 先生は、気付いていないんだ……

 先生の分からないという言葉に、俺の書いた作文の意味について先生は気付いていないのだと確信できた。


「あの……俺は……」

 ただ、先生が時折話しながら見せてくれるその笑顔は優しく……

 そのあまりにも優しい反応に、俺は本当のことを今ここで言わなければならないような、そんな強迫観念に駆られてしまっていた。

 でも言い出そうと出かけた言葉。

 その続きが決心の固まらない俺の口からスラスラと出て来るわけもなく、そのまま何も言えなくなった俺は続きを言うことが出来ない自分の唇を悔しく噛み締めることしかできなかった。


「誰にだって後悔はある。

あの時ちゃんと話を聞いてあげればよかった……

娘を見る度、毎日のように思うよ。

俺も悪いんだ……

後悔してる。」

「悪いって、この前話してたあの……」

「そう、いじめられてたって話な。

ほんとだったら娘は今、お前と同じ高校生になって毎日幸せに笑っていられたんだろうなって……

よく笑う子だったんだ。誰よりも笑って、俺もそれに釣られて嫌なことがあってもいつの間にか笑顔になれててさ」

「そうだった……んですね……」

 俺にとってその話は聞くに堪えない、聞いているのが辛くなるような話だった。


「幼い頃に母を亡くして、それでも強く前を向いて一生懸命に生きてたんだ。

だけどそんな子は、今はもうどこにもいない……

家に帰れば暗闇の中に感情を無くした蛻けの殻が一人、部屋の隅の方でしゃがみ込んでるんだ。

そんな子に、俺はその子からたまに出る涙を拭ってあげることしかできない……

あれはもう、俺の知ってる娘じゃない……

目の前には確かに娘がいる。それでももう、娘は死んでしまった……

いつしか俺の中で、そう実感するようになっていたんだ。」

「死んだ……」

 俺はその言葉を聞いた時、初めて自分のしたことの罪の重さに気付いた気がした。


「すまん、これは俺の問題だ。

とにかくお前はその作文、ちゃんと書き直しておけよ。

じゃないと俺が痛い目に遭うからな」

 何事もなかったかのようにまた笑顔を見せる先生……

 そのまま僕の横を通り過ぎて行こうとする先生に俺は、

「……先生は、過去に戻りたいと思いますか?」

 そんなことをふと聞いてしまっていた。

「過去か?

それは……分からないな……

俺が見てきたもの、今知ってる事実だけでも辛くて耐えられないことが多い。

それに俺には過去を変えられる自信なんて専らないからな」

「自信なんて俺も……」

 俺もない……

 それでも俺とは違い、過去に戻ることを望もうとはしない先生に俺は小声でしか言えなかった。


「だから俺は、娘の分も笑顔で明るくいようってな。

今の俺には、娘の分も毎日明るくいることでしか償えないんだ……

これは俺の、これから先の人生全てをかけた償いなんだ……」

 なぜ先生がそこまでして自分を責めるのか。

 確実にいる娘を苦しめた相手、俺へと怒りを向けようとしないのか。

 その上そんなにも酷い娘の現状を目の当たりにしたにも関わらず、どうして過去に戻りたいとは思わないのか……

 今の俺には先生の考えや見据えるものが到底理解できなかった。

「分からないです……」

「え?」

「俺はどうしても、どうやってでも過去に戻りたいって思います。

戻って全てを変えたい。

今の俺には変えなきゃいけない、そんな過去しかもう見えないんです。

もしあの日に戻れるなら……戻れたら……俺は……」

「戻れるよ。」

 さっきまでの笑顔はなく、真剣な眼差しで俺に言った先生。

 この先生の一言で、俺の人生は大きく動き出すこととなっていった。






「昔、俺と仲の良かった知り合いがいてな。

でもそいつには持病があった。

まだ若かったけど、六年前くらいか。あいつが亡くなったのは……」

 話している途中、少し潤んでいた先生の瞳からその方は先生にとって大切な存在だったのだろうと感じた。

「亡くなる数日前、あいつは俺に自分が住んでいた部屋を引き取って欲しいと頼んで来た。

その時一緒に言われたのが……」


『あの部屋には隠し扉があって、そこから過去に戻ることができる』


「ってね」

「過去に……」

「その部屋は今も俺が大切に保管していて扉の件もまだ誰にも話したことはない。

実の娘にさえ……」

 先生はこんなにも長い間、誰にも打ち明けず秘密にしていたことをなぜ今になって俺なんかに打ち明けてくれたのか。

 不思議に思うことは多々あっても、俺の頭の中は現実的に過去に戻れる方法がこの世に存在するんだということでいっぱいになっていた。


「お前は過去に戻って過去を変えたいと言っていたが、そのお前が変えたいと思っている過去を辿っていく上で、恵まれるはずだった赤の他人の人生までも大きく変えてしまう結果になるかもしれない。

でもまぁそれに関してはこの世の全員が幸せになれる世界なんてどこを探そうとないだろうし、何かを得るなら何かは諦めるしかないのは当然のことだ。

ただお前のために出る犠牲もあるということ、頭の片隅には置いておいてほしい。

それだけの覚悟や勇気がお前にあるの……」

「それでも俺は、今ある過去を変えたいんです。」

 俺は先生の言葉を遮って強く言っていた。

 俺の人生が、苦しみがこれでなくなってくれるというのなら……

 ただ目の前にあるチャンスを逃すことの方が怖かった俺にとって、赤の他人の人生まで気にかけてあげれる余裕なんか少しもなかった。


「そうか……

なら最後に伝えておく。

過去に戻ったとしても、今の自分とは別に今までの自分が過去には存在している。

つまり過去の世界に行けば過去と現在、入月陸七という存在は二人いるということになる。

過去で同じ人物が二人もいれば混乱になりかねない。

なぜ俺が今日までタイムリープの存在を隠し通してきたか。

入月、お前には分かるだろ?」

「はい……」

「だからこそ、それが分かっているお前にはこのことを過去の世界でも隠し通すという使命がある。

もちろんお前が戻りたいと言っている過去の世界に存在する俺もこのタイムリープについての事実は把握しているだろう。

けど過去の世界でお前が頼れるのは、まだお前が出会うこともない俺という存在だけ。

お前がどれだけ辛く苦しい思いをしようと、お前の周りにいる誰かに頼ることなど出来ない。

ましてや過去や未来の話も、お前という存在を知らない俺にしか話すことは出来ないんだ。

そんな孤独とも言える状況の中で、変えられるかも分からない過去や未来のためにお前がそれでも行きたいと、そう言うのなら……」

「行きます。」

 先生が今更何を言おうと、すでに固く決まっていた俺の決心が揺らぐことはなかった。

 それにこの世界でも常に一人だと感じていた俺にとって、過去の世界でまた一人になることに改めて不安を感じることなどなかった。


「なら三日後、正門前に集合だ」

 先生は俺の答えを聞くとすぐまた笑顔に切り替わってそう言った。

 その様子はどこか俺のこの返事を待っていたかのようにも見えた。

 まだ先生と知り合ってから日も浅く、俺自身先生のことを深く知ってるわけでもない。

 けどそれは先生から見ても同じだろう。

 それでもなぜか入学してからというもの先生は俺によく話しかけてきたり、俺を気にかけてくれているのか気付けばどこの誰より先生といた時間が多くなっていたかもしれない……

 先生にとっての俺って、何なんだろう……

 俺にとって先生は、先生は……

 信じるしかない、唯一頼れるのかもしれない存在。

 先生と俺、お互いのことはまだ深く分かっていないはずの関係。

 それにも関わらず話の続きは三日後へと託されていた。


 どこまでも嘘のようで信じがたい話。

 でもこの時の俺はただ先生を信じる、そのことしか道がないように思えていた……

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