第3話 魂ガールズ
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未定だったタイトルを決定しました。よろしくお願いします。
霊国にも現世と同じように昼と夜があり、繁華街や歓楽街が存在する。幼い魂は日が暮れた後は宛がわれた家に帰り、大人達ばかりが煌めく明かりの中を千鳥足で行き来する。生きていた頃となんら変わらない光景である。
煌びやかな繁華街から1本奥の道に入ったところにバーの看板が1枚。店名は〈魂ガールズ〉。いわゆるオカマバーである。
「それで? 幸夫ちゃんに椅子ごと外に放り出されちゃったってわけ?」
「そうなんですよぉぉぉ……」
カウンターに腰かけた豊呼子が小皿に盛られたナッツを食べながら返せば、正面に立っている赤いドレスを着た長身の男がため息をついた。
「幸夫ちゃんったら、乱暴なことするわねぇ。でもあなたも悪いのよ? そこまでしないと休まないんだから」
「私は働いてるのが好きなんですよぉ……」
カラン、と、置かれたグラスに入っている解けかけの氷が音を立てる。中身は酒ではなく烏龍茶だ。豊呼子はアルコールが飲めないのである。
「あー! やっぱりここにいたー! 置いてくなんて酷いっすよとよ姐さん!」
「あ、多煌君」
「たこ坊や、静かに入ってきなさい。無駄にうるさいのは嫌いなの」
バーの扉を激しく開けた多煌が駆け込んでくれば、赤いドレスの男は綺麗な顔をしかめた。
「だって輝夜子姐さん、とよ姐さん酷いんすよ? 一緒にご飯食べに行くって約束したのに置いてったんだから!」
「ああ、ごめんね。文句は所長に言ってね?」
「言えるわけないっしょ?!」
そう返しながら、多煌は豊呼子の隣の椅子に座った。
「あなたはいつまで経っても変わらないわね。二言目にはとよ姐さんとよ姐さんって。こっちに来て4年も経つんだし、そろそろ豊呼子ちゃん離れしたらどうなの?」
「嫌っすね。俺は霊国にいる間はずっととよ姐さんについてくって決めてるんすから。俺が転生するか、とよ姐さんが転生するまでずっと一緒っす」
「……豊呼子ちゃん、あなたこの子に刷り込みか何かしたの?」
「鳥じゃないんだから……」
呆れ顔の輝夜子に、豊呼子はあははと笑った。
「所長に聞きましたよ。とよ姐さん、明日から3連休なんすよね? 予定は立てました?」
「そんなにすぐすぐ立てられるわけないじゃない。職場と家を往復するだけの生活をしてたんだから、どこで休みを潰せばいいのか見当もつかないわ」
「寂しい子ねぇ……」
多煌にアルコールと新しいナッツの小皿を出しながら、輝夜子は可哀想な子を見るような目で豊呼子を見下ろした。
「だったら図書館に行きません? 現世で最近発売された本がたくさん入荷したらしいから、それなら暇を潰せるでしょ?」
「本なんか借りたって、休みの間に読み終えられなければ仕事終わりに返しに行かなきゃならなくなるじゃないの。面倒だわ」
「じゃあ買ったら? 本屋で面白そうな本を買って1日ベッドでごろごろしながら読むんすよ。返さなくていいでしょ?」
「前に買った本が山積みになったまま埃をかぶってるから却下。山が高さを増すだけだもの」
「えー……。じゃあスピリットランドに行きません? 最近できた遊園地ですよ。ジェットコースターとか回るコーヒーカップとかいろいろあるって行った友達が言ってましたよ」
「私達、現世の言葉で言ったら幽霊なのよ? なのにわざわざ絶叫しに行くの? 幽霊なのに?」
「一番人気は魔女の古巣っていうお化け屋敷だそうっすよ? 友達も入ったって言ってたけど、マジで怖かったらしいっす!」
「幽霊なのに幽霊に絶叫するの??」
「いやいやいや、マジで人気なんですって! ほら!」
そう言って多煌が豊呼子の眼前に突き出したのは、いわゆるスマホであった。
現代の人間が霊国に来た時、最初に立ちはだかる試練の1つが、携帯やスマートフォンの未普及である。
霊国にいる人間の大半は昔の人間であるから、スマホはおろか携帯電話すら知らない者達が半数以上を占めている。そんな場所に死後放り込まれたスマホ中毒者達は、いつも手の中にあったはずの物がないことに落ち着きを失くしたり、常に苛立ったりすることが多かった。若い魂達を哀れに思ったとある魂が、なければつくればいいと言って開発したのが霊国版スマホ、スピリットフォンである。
霊国は現世に似たつくりではあるが、電気やガスなどは存在しない。その代用として使われるのが、魂そのものが持つ霊力である。
スピリットフォンを購入した魂は、自身の霊力を注ぎ込むことで端末を起動させ、動画を見たりメールを送ったりしている。多煌が霊国に来たのは、スピリットフォンが霊国に普及した後だった。
「あらあなた、この前の機種と違うわね。また買い直したの?」
「機種変っすよ機種変。こっちじゃあんまり買う物ないからどんどん変えてるんすよ。いやー、生きてる間はできなかったことっすからね」
そう言いながら画面をいじる多煌に、輝夜子は首を傾げた。
「あなた、享年は二十歳じゃなかったかしら? その年代の子ならバイトとかして最新の携帯を見せびらかしてるんじゃないの?」
「輝夜子姐さん、どこ情報っすかそれ?」
えぇー……、と多煌は顔をしかめた。
「確かに買いはするけど、そんなに頻繁には変えないっすよ。バイトしてるような若い奴らにそんな金ねえっす。つか俺死んだの21っすから」
「あら、ごめんなさいね」
口に手を当てて輝夜子が謝れば、多煌は憤慨した様子でカウンター席でふんぞり返った。
「享年二十歳と享年21じゃ違いがでかすぎるっすよ! 生まれながらの心臓病で成人前には死ぬって言われてたんすからね? 俺の享年は! 21! 覚えといてくださいっす!」
「謝ってるじゃないの。はい、お詫びの品。食べてちょうだい」
「やった!」
ことん、と目の前に置かれたフライドポテトに多煌は満面の笑みを浮かべた。目を合わせた豊呼子と輝夜子がくすくすと笑う。
「多煌君の名前の由来、短くても煌めく幸せに満ちた人生を送れるようにって、お父さんがつけてくれたそうですよ」
「生前のことは詳しくはわからないけど、霊国に来てからは名前の通りに過ごせてるんじゃない? 豊呼子ちゃんのおかげで」
艶っぽく笑いながら、輝夜子が豊呼子の頬をつつく。むう、と、豊呼子は唇を尖らせた。
心臓病の為に亡くなった多煌は、心臓が悪いまま霊国へと渡された。その処置を行い、多煌を健康な青年にまで治したのが豊呼子なのだ。それを理由に心酔と言っていいほどに豊呼子に懐いた多煌は、豊呼子と同じ職につき、毎晩の食事やたまの休日にまで後ろをついて歩くのだから、霊国に住む魂達からはカルガモの親子とあだ名がつけられている。享年だけで言えば自分の方が若いのに、と、豊呼子は愚痴をこぼすことも度々あるが、多煌が態度を変えることはない。
「そういえば、あなたの名前はどんな由来だっけ?」
輝夜子に尋ねられた豊呼子は、あれ? と返した。
「前に教えませんでしたっけ?」
「どんなだったかしら。教えてちょうだい?」
カウンターに両肘をついて、覗き込むように見つめてくる輝夜子にどこか不穏なものを感じながら、豊呼子は烏龍茶を1口飲んだ。
「生家が裕福じゃなかったから、生家と嫁ぎ先に豊かさを呼び込む子になってほしいって意味で父がつけたって母から聞いてます。画数が多くてちょっと困る」
グラスの氷をカラカラと鳴らしながら答えた豊呼子は、正面にいる輝夜子の口が弧を描いたことに気付き、しまった、と動きを止めた。
「そうだったそうだった、豊かさを呼び込んでほしくてつけられた名前だったわね? 思い出したわ」
「……あの、そろそろ帰りますね」
いそいそと立ち上がった豊呼子を、目を丸くした多煌が見上げた。
「え? もう? まだ食べてる途中なんで待ってくださいよ」
「多煌君はゆっくり食べて? 私は、えっと……」
バーを出る為の口実を探して目を泳がせた豊呼子の腕を、美しい見た目からは想像もできないほどの力強さで輝夜子が掴んだ。
「ねえ豊呼子ちゃん、あたしにも豊かさを運んでくれないかしら? もちろん相応の見返りも用意するから。ね?」
「び、美人なのに力が男……!」
「それがオカマよ?」
ふふふ、と含みのある笑みを漏らす輝夜子に、フライドポテトをつまんでいた多煌も手を止める。逃げられない、と悟った豊呼子は早々に諦め、ため息をつきながら席に戻った。




