8.フレポジ夫人と新婚旅行
「あなた達…どうせこれから雨続きで外回りなんて出来なくなるんだから、今のうちに新婚旅行にでも行って来たら?」
「新婚旅行…ですか?」
突然の義母の提案に首を傾げてしまうエルシャ。
雨が多くなるのに新婚旅行という言葉がつながらない…
馬車で旅をするのに雨が多ければ当然道がぬかるみ足止めをくうことになる。
雨が多いからこそ旅には出られないはずだ。
そしてここは王国の爪の先、フレポジェルヌ領。
西にそびえ立つロアヌ山脈、南には大樹海…どちらも向かうとしたら旅行ではなく大冒険の類だろう。
山脈に沿って遥か北にあるセイルーン教国には興味があるが旅行というよりは巡礼になる。
北東には王都…しかし、今現在エルシャが近づくべき場所ではないだろう。
残るは東のサレツィホール領なのだが…
流石に結婚して一か月もたっていないのに実家に戻るというのはメンツにかかわる。
一つ考えられる方法というのは…アネスの存在だろう。
突飛ではあるが昔本で読んだことがある魔法の存在を疑っている。
古に失われたという"転移魔法"…賢者であるアネスはそれが使えるのでは?
そうであれば、彼らが目を泳がせて隠すのも無理はない…
"転移魔法"などという物が実在するのであればその価値は国家を揺るがすほどのもの…
その考えに至った時はエルシャですら"暗殺"という言葉が浮かんだほどだ。
だがそれでも敢えて彼女に問いただすようなことをしないのは彼女の人柄によるところが大きい。
彼女の興味が権力にはなく"探求"に向かっており、その本質が"良心"であるからだ。
しかしながら、今この家に彼女はいない。
どこに行ったのかと尋ねたら話をはぐらかされたのでそれ以上は聞かなかった。
どう考えても断るしかない旅行の提案に思えたのだが…
どうやら夫はそうは思っていなかったらしい。
「あー、そう…だなぁ。新婚旅行…行ってみるか~?」
チラチラとエルシャの顔色を伺いながら歯に物が詰まったような賛同をする夫。
これは…
なるほどと理解したエルシャは夫に向かってニコリと営業スマイルを向け承諾した。
「ケヴィン様がよろしいのでしたら是非」
「お、おう…」
いつになくエルシャに怯えながらの受け答え…
ボソッと「………俺は悪くねぇ」という言葉が聞こえたのであった。
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出発は丁度雨があがった翌日だった。
エルシャにとって旅行とは子供の頃以来…
それでも、準備と計画は念入りに立てなければならない事くらいは知っている。
だが、新婚旅行だというのに準備が近所に遊びに行くくらいのノリなのだ。
しかし、エルシャはあえてソレに物申す事はなくケヴィンの言われた通りの準備をするだけであった。
何しろ、多分であるがこれから見せられるものはエルシャの理解の範囲外の内容だろう。
考えた所で理解できないのであればもはや任せるしかない。
そしてエルシャはケヴィンが用意した"荷馬車"に乗り込んだ。
てっきり専属侍女であるケイトが付いてくるのかと思ったがそれもないらしい…
ケヴィンが馬車を走らせるとロアヌ山脈方面へと向かった。
………
………
………
「ほぅ…?」
おっと、うっかり声が出てしまった…いけないいけない。
ケヴィンがビクリと体を震わせエルシャに恐る恐る聞いて来た。
「あのーエルシャさん?やっぱりやめよーか?」
「え?何故ですか…ああ、私の事ならお気になさらず。
今からケヴィン様が何処に連れて行ってくれるのか楽しみにしているのです」
ドラゴンをも屠るような殿方が自分に対してビクビクするのは止めて欲しい。
こんな細腕で何が出来るというのか…エルシャ自身の力などたかが知れているのだ。
出来るとしたら実家の権力を使って政治的に叩き潰す事くらいなのだから…
馬車はいつも湖に行く道とは別の小道に入っていった。
道は馬車一台がやっと通れるくらい細く、途中"魔物出没注意キケン立ち入り禁止"と書かれた看板があったりする。
その道を進んで着いたのは…壁であった。
既にこの場所はロアヌ山脈に足を踏み入れており、この先に進むにはこの山をよじ登らねばならないのだが…
ケヴィンはそんなエルシャの不安をよそに壁に近づいて行き、岩の一部に触れた。
ヴォン…
なにやら視界が歪んだと思ったら、先程まで壁だった場所に格子でふさがれた洞窟が現れたのだ。
「幻術の魔道具ですか?いえ…それよりもこの洞窟は…」
エルシャの心臓が驚きと緊張でバクバクと高鳴ってくる。
ロアヌ山脈には時折ドワーフの旧鉱山跡が見つかる事がある。
ここフレポジェルヌ領でもそれは見つかる事があり、冬場に雪などを詰め込んで食料保存庫代わりに使われる事があると聞いたが…
しかし、目の前の洞窟はそれとは別物のように感じたのだった。
「目的地はこの洞窟を抜けた先にある…」
「洞窟を抜けた先って、それは…」
エルシャはその言葉を聞いて…自分の記憶の中にある世界地図をそっと閉じたのであった。




