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3.フレポジ夫人と戦支度

 トリ―ナー男爵とエルシャの交渉は比較的手短に終わった。

エルシャがいくつか質問をし提案した案を男爵がほぼ丸のみしたからだ。

ああは言ったが、エルシャも業突く張りに何かを要求しようという気もないし、男爵としても要求を受け入れるのは当たり前だろうとも考えていた。

一方的に相手の要求を呑むだけの状態が不健全だと言っただけなのだ。


 そして応接室から出て行くとちょうど装備を整えたケヴィンが自室から出て来たところであった。

夜なんて来なければいいのにと思ってしまうほど昼と夜とで顔つきが変わる夫ではあるが…

戦いに向かう前の凛々しい姿というのはまた別の表情を持っている。

思わずマジマジと見つめてしまうエルシャ。



 冒険者スタイルというのだろうか…

正騎士に囲まれて育ったエルシャにとっては新鮮であった。

騎士とは言っても魔物相手をする事はあっても戦に明け暮れているわけではない。

その強さとは訓練によるものであり得意とするのは集団戦である。


 だが目の前の夫は実戦に明け暮れていたのであろう…

使い込まれた鎧は補修の後も多く竜の鱗のような硬そうなのに音はしない素材で作られていた。

腰に帯びている剣は結婚式の時に着けている儀礼剣でも訓練用の重そうな剣とも違う。

…エルシャには良くわからないが帯びている兄の使っていた魔法剣に似た雰囲気があるのでその類なのだろう。


 軍の威光を示さねばならない騎士達の出で立ちとは全く違った実戦しか考えていないその装備。

そしてその鎧を脱げば、その体には多くの傷跡があるのを知っている。

だがそれを知っていた所で戦いに向かう夫に自分にできる事などありはしない。


 結局エルシャは書物や報告書、数字で示されるデータでしか戦について知っている事はない。

先日のように、その名声でもって強いと断定した元騎士があっさりと王国では無名の自分の夫に負けてしまう…所詮その程度なのだ。

そしてそんなエルシャの知らない戦場へと夫が向かおうとしている…

その現実と無力感に襲われてしまうエルシャ。


「あっ…!」

「どうかしたか?」

「いえ…至らぬ妻ですね…」

「え”?どこが…?」


 突然とある事を思い出したエルシャにケヴィンが"至らぬ妻"の要素がどこにあったのか分からずおかしな顔で首を傾げてしまった。

思い出した事というのはサレツィホールの"護り紐"という伝統の事だ。

自身の考えた秘密の紋を願いを込めて編み込んだ紐…

戦場に住まう死神や悪霊に自分の夫や恋人が奪われないようにするための目印。

願掛けでしかないのだが、戦場へ向かう戦士たちに妻や恋人たちが送る風習だ。


 妹のルフィアがその風習の事を聞いた時、エルシャの部屋に乗り込んできて一緒に考えようと言ってきたのだ。

サレツィホールの地でまだ見ぬ婚約者を思い浮かべながらルフィアと共に図案を考えた想い出…

ケヴィンの為に考えた図案ではなかったが、未来の夫の為にルフィアと共に考えた大事な紋。

用意する事を全く覚えていなかったことを反省し、夫の為にそれを作る事を心に決めたのだった。



「それで話し合いは終わったのか?」

「はい、その事でケヴィン様に許可を頂きたく…」

「おういいぞ」

「内容を聞いてから許可を出してください、下の者は不安しか感じません」


 横着してエルシャに仕事を丸投げしようとした軽薄男を嗜めると、必要な物を伝えた。

一つ目が物資支援のために貯蓄の米を使うという物、およそ100人を一週間程養える量でこれは焼きだされた村人の為に用意する物である。

そしてもう一つがフレポジェルヌ領の中から独身男性を借りたいという事だ。


「米は売れ残りが毎年積みあがって頭抱えてたからな…使ってくれるとありがたい。

人員は輸送のためか…独身男性?」

「はい、ケヴィン様の討伐依頼の報酬をもらうために向かわせます」

「あん?嫁でもかっさらて来るのか?」

「はい」

「そっか………ふぇ?」


夫が全て理解してくれたのだと判断したエルシャは素っ頓狂な声をあげてしまうケヴィンに気付かずに男爵にも確認する。


「それと男爵…ケヴィン様が一足先に出立されるという事なので、こちらの救援部隊の指揮取っていただけると思ってよろしいでしょうか?

こちらも子爵家の人間を空にするわけにもいきませんから私は出られないのです」

「ああ、うちの事だからな、勿論だ」

「魔物が出る事も考えられる、武器庫に住民用の武器があるからケイトに言って村人に武器を持たせて来させてくれ」

「かしこまりました」


 任せると言った手前多くは口出ししない事にしたケヴィンは最低限の指示だけを出すだけにした。

物の数分でエルシャに指揮権を奪われ指示を出されるままになった男二人…


「ケヴィン…お前しっかり手綱を握られているな?」

「夜に返してもらえればそれで本望です」

「ソレが羨ましいと思えてしまう所…男ってつくづく馬鹿なんだな」

「馬の話をしておられるのですか?」

「「ああ、馬車馬の話だ」」

「………???」


 この後すぐに出立するケヴィンは役得とばかりにエルシャを引き寄せその唇を奪う。

装備でエルシャを傷つけてしまわないようにいつもの数倍優しいキス。

これから戦場に向かう夫の為にさせたいようにさせたいと思うが、それでもエルシャを気遣ってくれる夫…

やはり昼間は紳士なのだと実感する。


「それじゃあ行ってくる」

「ご武運を…」



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