1.追放令嬢ど田舎へ
舗装がまともにされていない田舎の細い道を一台の馬車がガタガタと車体を震わせながら進んでいた。
馬車には一人の女が乗っている。
旅のはじめこそ外から見られないように窓のカーテンを締め切っていたが、退屈に負けて今では代わり映えのしない景色が流れていくのをやはり退屈に眺めていた。
全方位を大自然に囲まれ文明の香は轍の後のみ…
随分と凄い所に連れて行くものだと感心すらする。
旅の初日は車内に侍女がいたが、退屈しのぎに話しかけると…
「会話の相手になるというのは私の仕事に含まれておりませんので」
という答えをが返ってきて、次の日からその侍女は御者席の隣に移った。
御者をしている騎士と和気あいあいと話しているのが聞こえてくる。
時折自分に対する陰口も含めて…
陰気に見えるのは自分が会話を拒否したからでしょうに…
随分仲良くしているなと思ったら、宿を取った次の日の朝は決まって待たされたうえ二人同時に部屋から出てくるようになった。
そんなことだから、旅は予定よりかなり遅れてしまっている。
仮にも侯爵令嬢に対してこの仕打ち…
本来ならばその場でクビにしてやりたいところだがそれはできない。
なぜならばこの二人は侯爵家で雇っている付き人ではなく、王家で雇っている付き人であるからだ。
そして、侯爵令嬢の付き人が二人だけというのもおかしな話だ。
…が、それもそうだろう。
これは、囚人護送と言ってもいい旅なのだから…
――――――――――――――
ケヴィンは日課である剣の鍛錬を行っていた。
朝には毎日、その以外にも暇な時間を見つけては剣を振るのだ。
これは子供のころから毎日欠かさず続けている日課である。
<剣術>のスキルが発現したことに気付いた頃は自分は強い人間なのだと調子に乗っていた事もあったが、今ではその自信などとうに消え失せ、技に磨きをかけることを怠らないようになっていた。
今行っているのは女神から授かったスキルとしてではないケヴィンが武術として身に着けたの剣術のルーツである技。
周囲に打ち込んである木の杭に対して上段で構え近づき打ち下ろす。
愚直なまでにこれを繰り返すだけ…
子供の頃に父親から教わったただ一つの技である。
教わったと言っても別に父が剣の達人というわけではない。
昔戦場で剣が強い人と友人となり、いいからこれだけ覚えろと教わった技なのだとか…
剣を教わった時、子供心に技がたった一つという事に何も思わなかったわけではない。
だがそれでも、その時のケヴィンはそれで構わなかった。
こんなド田舎に他に師事するような剣術家など立ち寄るわけもない。
何より自分のプライドをへし折った”いけ好かない野郎”の脳天に一発お見舞い出来ればそれでいい…
それがケヴィンが武術として剣術を身に着けた理由なのだから。
そしてこれが他のほとんどが我流であるケヴィンの剣技の源流である。
故に毎日これだけは欠かさずに続けているのだ。
鍛錬場に杭に木剣を打ち込む音が響き続ける…
そこに、大慌てで使用人であるケイトが駆け寄ってきた。
「坊ちゃん、大変ですよ~!御婚約者様が到着されました~!!」
木剣の音にかき消されないよう大きな声で緊急の要件を伝えるケイト。
待ち人来る…
この知らせにケヴィンは打ち込むのをやめ、ケイトに対して返答をした。
「やっと着いたか…んでいつ頃来るって?」
「だーかーら~!もう来てるんですって~!」
「…はぁ??」
これには驚きである。
普通、先触れくらいは出すだろうに、いきなり馬車で乗り付けてきたというのだ。
無論こちらは汗だくで出迎えの用意など出来ていない。
「直ぐ準備するから少し待ってもらえ…あ、姉貴にも知らせてくれよ!」
言って、大慌てで準備を始めるケヴィンであった。
準備と言っても井戸の水を頭からぶっかけて、大急ぎで拭いて、出迎え用に用意していた服に着替えるしかできないのだが。
相手が相手だ…待たせるわけにも不格好で出ていくのもできない。
なにせ、相手はサレツィホール侯爵家の御令嬢だというのだ。
子爵である父親から婚約が決まったことを知らされ相手を聞いたときには度肝を抜かれた。
サレツィホール侯爵家と言えば、王都の南に広大な領地を有し、海を持ち外国との交易をも担っている王国でもバリッバリの大貴族。
そんな侯爵家の御令嬢…
特大の手柄を上げたうえで娘さんのハートを射止めるとかしなければ…いや、それでも足りないかもしれないが、間違っても王国の片隅のド田舎子爵家に嫁いで来るとは思えない。
父が見せてきた契約書を隅々まで調べた…だが、縦読みしても炙っても何もなし。
姉に魔術的なトラップがないかも調べてもらい、つてを頼って侯爵のサインが偽造されていないかも調べ…
一応本物であることは確認できた。
では相手がとんでもなく不細工なのかというとそれも違うらしいのだ。
父曰くとても可愛らしく田舎の話もよく聞いてくれる感じのいいお嬢さんなのだとか…。
妾腹?いいえ正妻の子です。
病気?いいえ健康です。
物凄く年増か産まれたばかり?ケヴィンよりかなり若いがちゃんと結婚適齢期です。
事の起こりはケヴィンの両親である子爵夫妻が数年ぶりにサレツィホールに訪れパーティーに出席した時の事だった。
田舎者丸出しの両親(※イメージです)がそのお嬢さんにちょっとした粗相をしてしまい、謝罪と同時に何故かそのお嬢さんとダンスを踊ることになったらしい。
驚くことにそのお嬢様が侯爵家の御令嬢だったというのだ。
ダンスで足を踏んでしまっても許してくれるとても心の広いお嬢さんはその後父親である侯爵閣下を交え個室で話をすることになった。
そして、何故か嫡男であるケヴィンに興味を持ち、そのまま婚約が決まったのだそうだ。
満面の笑みで「モテないあなたに奇跡がおきたわ!」と言ってくる母親。
怪しい匂いしかしないこの話を持ってきた父親に商売の話は絶対にすべて断って来いと厳命しておいてよかったと心から思うのだった。
気になるのは、この契約書、対象となる両名の名前が記載されていないのだが…
…絶対詐欺だわコレ。
まあ、もしこの話が本当でこんなド田舎に来てくれる貴族の御令嬢がいるのなら頭をこすりつけてお礼を言いたいくらいなので文句は言えない。
ちなみに、その婚約を取り付けてきた両親である子爵夫妻は運悪く留守にしている。
近くの領の領主の娘が結婚するため式に呼ばれており入れ違いになってしまったのだ。
どうでもいい事なのだがその結婚する娘は、以前求婚してきたケヴィンを振って憧れていた領主の部下と結ばれたらしい。
ケヴィンは婚約者を待たせるわけにはいかないことを理由に両親に祝福の手紙だけ持たせて結婚式には行かなかったが…
(まあ、幸せそうで何よりだよ。)
自分もこの限りなく詐欺にしか見えない婚約を絶対成功させてやると心に誓いながら出迎えの準備を終わらせた。