プロローグ
「汝、ケヴィン・フレポジェルヌはエルシャルフィールを妻とし、病める時も健やかなるときもその身を共にし生涯、愛することを誓いますか?」
聖堂に司祭を務める女性の声が響く。
「はい、誓います」
新郎のケヴィンは迷いなくこの問いに答える。
続けて新婦に対しても同じ質問を問いかける。
「汝、エルシャルフィール・フェルエール・フォン・サレツィホールはケヴィンを夫とし、病める時も健やかなるときもその身を共にし生涯、愛することを誓いますか?」
「………………はい」
迷ったような沈黙の後、絞り出すように出されたエルシャの声。
例えそこに迷いがあったとしても、それが誓いの言葉である事に変わりはない。
誓いの言葉があった事を認めた司祭の女性は式を続けた。
「それでは、神の御前でお二人が夫婦となる証として誓いの口づけを…」
エルシャはギュッと手に持ったブーケを握りしめる。
…
遂にこの時が来てしまった。
どうか、時よ止まってくれと願った…
今この場で唇を許すという行為が、今日まで生きてきた自分が完全に死ぬ事を意味するのだから。
しかし、その願いが叶うはずは無かった。
エルシャとケヴィンはお互いに向き直る。
完全に硬直しているエルシャにかかっているベールをゆっくりめくりあげるケヴィン。
立っているのが精一杯のエルシャはまともにケヴィンの顔を見ることもできずジッと待っていた。
…
しかしいつまでたってもこの先に進む様子がない。
何事かと恐る恐るケヴィンの方を覗くと…
ケヴィンが驚いたようにエルシャの顔を見つめながら硬直していた…
「…?」
何事だろうかと思案する。
もしや、生理的に受け付けないとかだろうか?
それについては貴族同士の結婚なのだから諦めてもらうほかないのだが。
口づけが嫌ならばせめてフリでもしてもらわなくては示しがつかない。
ケヴィンが硬直している理由について考えを巡らせていると…
突然ケヴィンが視界から消えた。
は?と思った瞬間左手がそっとひかれたのに気が付く。
エルシャが視線を下げると、手を引いたケヴィンがエルシャの前で跪いているではないか。
そして真っ直ぐエルシャを見つめ言葉を紡ぐ。
「エルシャルフィール・フェルエール・フォン・サレツィホール様…
わたくしケヴィン・フィレポジェルヌは貴方様に一目惚れ致しました。
どうか私と結婚してください!」
「え?…あ、はい…はい?」
その真剣な眼差しに断ることが出来ずうっかり答えてしまったエルシャ。
すぐに訂正しなければと焦ったが、よくよく考えてみると訂正した方が問題だ…
…要はエルシャは混乱していた。
会場の人間も全て?が頭に浮かぶ状態だ。
はたしてこの会場で混乱していない人間はいるのだろうか?
そして、当のケヴィンですらも混乱しているのではないだろうか…
結婚式の最中に新婦に求婚した新郎という意味の分からない構図。
この時…確かに時が止まった。