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不遇王太子のぶらり旅  作者:
不遇王子の旅立ち
11/12

第11話 「旅は道連れ世は情け」


 先に正気を取り戻したのはヴァンだった。


「は、離れるんだ!」

「嫌」

「シエルに許可なく抱きつくなど…!」

「私、シエル好き、あんた嫌い!」

「この…!」


 なんだろうかこの状況。

 思わず途方に暮れる。子供に抱きつかれた事は初めてだし、ヴァンが子供を睨んでいるのも初めて見た。


 どうやら懐かれたようだ。ヴァンがまた剣を手にしないか少し様子見したが、手にする気は無いようなので取り敢えずそのままにしてみる。


 その間も二人は激しい言い合いをしていて、なんだか子犬が二匹、きゃんきゃんと吠えあっているように感じてなんとも言えない気持ちになった。


 私の乳兄弟が最近犬化が進んでいるような気がするんだが。


 やまない二人の言い合いがいい加減鬱陶しく感じ、ヴァンには割と強めに、シエラには軽めにそれぞれの頭に拳を落とした。私の耳の安寧がやっと訪れ、二人は頭を抑えながら同時に私を見た。


「私を挟んで喧嘩をしないで。煩いよ」

「で…ですが」

「ですがじゃない。さっき何もしないと言ったのは嘘?」

「うっ」

「シエラ、君は女の子なんだから男に気軽に抱き着いてはいけないよ。それと、好きも嫌いもあまり気軽に口にしてはいけない。好きは相手を勘違いさせてしまうし、嫌いは相手を傷付けるからね」

「…むぅ」


 バツが悪そうなヴァンと頬を膨らますシエラ。

 なんとも奇妙な縁があったものだけど旅は道連れ世は情けと昔城に来た吟遊詩人も口にしていたし、もう私は心を決めていた。


「シエラ、君はこの森を出る気はある?」

「……でも、出るダメ」

「許可がいるなら私が許可を出そう。君はしたいようにしていいんだ。森から出たければ出ていい」


 そう言いきってやると、迷ってモジモジとボロボロの服を掴んでは離してじっと私とヴァンを見上げる。


「嫌い、いって…ごめんなさい」

「あ、あぁ…僕も大人気なかった」

「シエル、私、森出る…ココ、ご飯探すの大変」

「そうか、ならシエラ。もう一つ私からの提案だ」


 なんだろうと首を傾げるシエラの頭を優しく撫でてやる。気持ち良さげに目を細めるこの子が居れば私とヴァンの旅も華やかに、賑やかになるだろう。


「私達と共に色んな場所に行ってみない?」

「色んな、場所?」

「シエラの行ったことのない所は世界に沢山あるんだ、勿論私もヴァンも知らない場所がある。そんな場所を知りに行くんだ、危険な事もあるだろうし、楽しいこともあるだろう。もしかしたら森で過ごしてた時みたいにお腹空く日が来るかもしれない」


 まだ旅は始まったばかりだからなんとも言えないのが現状だ。資金も全然。これじゃこの先どうなるか分からないのも事実だ。


「だけど、私とヴァンは共に居てやれる、そばに居ることを誓える。君がもう一人で大丈夫と言える時まで」


 シエラの大きな目がもっと大きく見開かれ、美しいバイオレットが煌めく。


「一人、もう、ない?」

「うん」

「ほんと?」

「誓って、一人にしない」

「…僕も誓ってあげます」


 無言で見ていたヴァンは私の気が変わらないことを察したのか、それとも一人で寂しそうにしているシエラに情が湧いたのか同意する。


 すると曇っていた表情が急に明るくなって、痩せこけた頬が綺麗な桃色に染まる。


「シエル、行く!」

「お母さんにもう会えないけど…大丈夫?」

「母、もう来ない、私…わかってた」


 しょんぼりして答えた後また表情を明るくしてその場で跳ね始める。


「でも、シエル、来た!」

「うん、来たよ。ヴァンとね」

「ゔぁん?」

「そう、こっちのがヴァン」

「シエルとヴァン…来た。母、来ない寂しい…でも、もういい」


 笑ってシエラは言う。


「シエルとヴァン、いる、楽しい!」


 きっとこの子は大人になった時、母親の惨い仕打ちを理解する日が来るだろう。はっきりと記憶に残る年齢まで母親によって育てられたのだ。


 私の母は尊敬できる、素晴らしい方だった。だがそうでない母親がいる事も知っている。


 きっと探せば生きているなら見つけることは出来るだろう。だけど、私は見つける気は無い。罰せる地位に居ないし、ここは他国だ。


 何よりこの子には色んなものを見て色んなものを学んで欲しい。自分を森に残して帰る様な母親の言葉を守る様な素直な子なのだから。



 ─────すっかり陽が傾いたため、今日はこの森で夜を明かすことにした。シエラの住んでいたという小屋の場所を聞こうとしたのだが、お腹がすいて適当に歩き回った為場所が分からないとの事だった。


 仕方ないので手分けして枯れ木を集め、焚き火を起こした。火をつける魔道具は手持ちにないが、ヴァンが火の魔法で手際良く火を安定させた。


「スープでも作ろうか」

「良いですね、シエラも温かな物が食べたいでしょうし」

「スープ、ある?どこ?」


 きょろきょろと周りを探すシエラにどうやらシエラの知るスープは既に出来たものだったのだろうと予想して今から作るのだと声をかけた。


 ヴァンの方に入れていた小さめの鍋を土魔法で作った竈にセットしてまず湯を沸かした。沸かしている間に食べられる野草をまた手分けして探して、水で洗ってから鍋の上で切っていく。まな板などは無いので切り方はまばらだが気にはならないだろう。


 味さえ良ければいいのだ。


 干し肉を奮発してナイフでまた切っていく。硬い為野草の様にスパスパいけないのが焦れったい。全て切り終え、少し煮て塩で味を整えるとヴァンが気を利かせて土魔法で器を作ってくれていたようだ。見栄えは悪いが丁寧に作られた器はつるりとしていて崩れる様子もない。


「はい、どうぞ」


 鍋を傾けるようにして器に入れて配る。スプーンも煮ている間に細めの枯れ木から簡易的な物を作っておいたのでそれも渡す。


 シエラはきらきらと目を輝かせ、スープを受け取る。まずは一口。止める前に冷ますことなく口に含んだため熱さに驚き器を落としそうになるのを慌てて受け止めてやる。


 あち、あちと小さく呟きつつも少しづつ冷ませたのか最後に飲み込むと美味しいと笑う。


 器を返してやれば、また勢いよく食べようとするため、それを手で制した。

「こうやって食べてご覧」


 ふぅふぅと口をすぼめて空気をスプーンの中のスープに吹きかけ、冷めた頃合で口の中に入れる。薄味だけれどしっかり肉の味もして素朴だが美味しいスープだった。


「ぶー!ぶー!」

「違うよ、シエラ。口の形が重要なんだ。あとそんなに吹く力が強いとこぼれちゃうよ」

「ふぅ…ふぅ……」

 ぎこちなくも冷ますやり方を覚えたらシエラは早かった。次々と口に運んでは美味しいとよく噛んで飲み込んでいく。


 見事な食べっぷりにスープを食べながらまじまじと見てしまう。マルクスの時は幼い頃あわせてもらえなかったし、子供の食べる所も初めて見た。


 はぐはぐと食べるシエラに、私も子供の頃はこんな食べ方だったのだろうかと少し昔を思い出そうとしたが同じ年頃の時には今のように食べていたなと少しつまらなく思う。


 それでも、なんだか妹が出来たような気分できっと私の頬は緩んだままだろう。




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