第10話 「偶然の出会い」
鳥から人へ姿を戻し、辺境を越えた先にある森へ降り立つ。無事に入国できた事でホッと息を着くと隣でヴァンが膝を付き息をしていた。
「そんなに苦しかった?」
「なんだか、慣れなくて…出来れば…ふぅ…次は馬とか他の…」
初めよりも二回目の方が短いのにダメージは重そうだ。馬にしても良いのだけど地上は魔物や山賊や盗賊、住民達に襲われる可能性が高い。なので一番の理想は鳥だった。高く飛んでしまえば矢も届かない。体が大きい種類に変化してる訳では無いので遠ければ遠いほど見にくいだろう。
「とりあえず国境は越えているからここからはゆっくり歩いて行こうか」
「……申し訳ありません」
「謝らないでいいんだ、ほら、私は子供の時から変化して遊んだりしてたから慣れてるけどヴァンはまだ二回目なんだし」
肩をおとすヴァンを励ますように声をかけるが、どうやら少し休憩した方がいいようだ。辺りを見回すが、森の中なので特に何も見当たらない。手持ちから水袋と干し肉を出していつの間にか木に体をあずけ座り込むヴァンの隣に腰掛ける。
ヴァンは自分で持っているからおちついたら勝手に食べるだろう。
「良い天気だなぁ」
「……」
「ヴァン?」
「……は、い」
疲れが出たのかうとうととしているヴァンが珍しくて思わずじっと見てしまう。起きようとしている様だが、今日はヴァンは朝から体力を使っていたし、慣れない場所でよく眠れなかったのかもしれない。
王子だった自分よりも繊細なヴァンに苦笑いをして肩をかしてやる。
「もう、し…わけありま……」
「いいよ、少し休憩するし、なんならここで夜を過ごすから。何かあったら起こすし、寝るといいよ」
反応が無くなり肩に重さがかかる。どうやら無事に寝たようだ。膝枕をしてやってもいいけど、男の膝枕ってのはどうなんだ、というか、何かあったら動けないからそもそもするべきでは無いか。
そう一人で判断して干し肉を齧る。じわじわと溢れる味と筋があり固めなのが噛みごたえがあって美味しい。もう少し買っても良かったか、でも無駄遣いするのもなぁ。
こくりと水をのんでふと前を見ると、何かがいた。
草の中からこちらをじっと見ている目がある。
警戒するような視線に少しドキリとしたがなんだか知性を感じられる。声をかけてみようか。
「食べる?」
「……」
「言葉が分からない?」
「…わかる」
「そう…で、食べるの、食べないの?」
そう問いかけると瞳の主はのっそりと草の中から姿をあらわす。
十歳ほどの少女だった。髪は伸びまくり、ところどころ葉っぱや枝が絡まっている。全身が砂やなにかに汚れていて一見魔物かなにかのように見えるが、確実に人間だ。
「はいどうぞ」
新しい干し肉を一つ少女に差し出すと素早い動きで奪い取りかじかじと肉を齧り出した。少女からすると固かったようで眉間のシワが凄いことになっていたが、暇だったのでそのまま観察しながら干し肉を齧ることにした。
ヴァンの規則正しい寝息と私と少女の肉を齧る音が静かなその空間に聞こえるという、なんとものんびりとした時間が流れた。軈て私が食べ終わり、暫く経つと少女も食べ終わった。
流石に私と同じ水袋を使うのはどうかと思うので、予備で買っておいた水袋の小さめのサイズの物を魔力から水を生み出して満たすと少女に差し出した。
「水は?」
「……いる」
またすごい速さで水袋を取るとごくごくと飲み干す少女。随分と飢えていた様子だったがそういえばこの子は何者だろうか。
「聞いてもいいかな」
「なに」
「君、どうしてここにいるの?」
魔物等が出るかもしれない森の中でたった一人で、そんなにぼろぼろのぐちゃぐちゃになって。
ただ不思議で問いかけると少女は首を傾げた。
「私、ここで生まれた」
「……?」
「森の奥、小屋の中、母と共に」
カタコトの言葉を聞きながら内容を改めて頭で連想していく。
森の奥の小屋で生まれて、母親と暮らしていた。
「母、森の外で別の、家ある」
母親には別の家が外にあった。
「私、ここ出たらダメ」
森の外に出るなと恐らく母親に言われたのかな。
「でも、母来なくなった」
「…」
「私、一人…なった」
母親が恐らくこの子に食事の世話をしていたのだろう。だけど母親が来なくなり、少女は一人飢える羽目になったのか。
悲しげに呟く少女。良くもまぁここまで大きくなるまで森に通うように育てたものだ。母親は恐らく死んだか、この子を育てきれず捨てたか。
どちらにしても気分の悪くなる話だった。
「君、名前は?」
「名前…は、シエラ」
「シエラ、奇遇だね。私の名前はシエル。一文字違いだ」
「しえる?」
「うん、私はシエル」
「シエル、不思議な感じ、あったかい」
少し微笑むシエラに私も微笑み返す。
少し距離があったからおいでと手招きするとおずおずと近づいてくる。
「髪邪魔じゃない?」
「髪?」
「これだよ」
絡まりぐちゃぐちゃの髪を触りそういうと少し考えると頷いた。話し方はカタコトだけどちゃんと自分で考えられるあたり知能は高そう。カタコトなのも近くに人がいなかったからだろうし。
「じゃあ切ってあげようか?」
「きる?」
「邪魔じゃ無くしてあげる」
「シエル、きる、やって?」
頷き、背負い袋からナイフを取り出すと髪を少しづつ切っていく。結構絡まっているしいっそバッサリいってみようか。この子はこだわりないみたいだし。
いい音がしながら髪が切れていく。それを私の目の前でじっと座りシエラは少し楽しげに揺れていた。
「揺れたら危ないよ」
「あぶない?」
「うん、切れ味がいいから動かないでね」
「わかった」
動かないようにピタリと動きを止め必死に固まるシエラが可愛らしくて笑いがこぼれる。隣のヴァンが私が腕を動かしているからか寝心地が悪そうだった。まぁいいかとそのまま切り続け……結構な時間がかかった後、シエラの髪がベリーショート程の長さになった。サッパリとして前髪も切ったから顔もよく見える。
驚いたことにシエラの目が美しく珍しいバイオレットだった。顔立ちも悪くないから下手したら人買いに見つかって良くない事になりそうだ。
「さっぱりした?」
「かるい!すごい!」
明るく立ち上がってくるくると回る愛らしい子供に少し考え込み、隣で寝続けていたヴァンをゆすり、起こす。
「ヴァン、起きて」
「なにか、ありましたか……!?」
寝起きの良いヴァンがすぐ目を覚まし、シエラを警戒し剣をとる。シエラも驚き背の低い木の影に隠れてしまった。
「なにしてるんだよ」
「痛いです……!」
ヴァンの耳をつまみ引っ張るとヴァンが大人しく剣から手を離す。こんな子供に剣向けるなんてと文句を言えば、見知らぬ人がいたら驚くと返された。
それもまぁたしかに。
「シエラ、大丈夫。出ておいで」
「シエラ?」
「あの子の名前らしいよ」
おずおずと姿をあらわしたシエラを手招く。出来るだけ背中を見せないようにジリジリとよってくるシエラにヴァンも罪悪感が湧いたらしい。
「…驚かせて悪かった、何もしない」
「ほんと?」
「本当だよシエラ、もしこのヴァンが何かしたら代わりに私が怒ってあげるから」
そういうとシエラが素早く走って私のお腹に腕を回し抱き着いてくる。予想外すぎて固まる私と驚くヴァン。
シエラが恐る恐るヴァンを見て、その仕草が小動物の様に愛らしかった。