のんびり誘われご飯。怪しいものはもちろん何も入っていない……
手ぶらなのも申し訳ない気がして、一旦部屋を出て、買い物をして彼女たちの部屋に戻った。
「ただいまー」
「おかえりなさいスーくん」
カウンター式のキッチンで調理中の希華が出迎えてくれた。
「えへへ、なんだか新婚さんみたい……」
「そうだね。スンスン……いい匂い。何作ってるの?」
「えっと、煮込みハンバーグ。あとはポトフと……あっ、そう言えば作り置きのマカロニサラダあったなぁ……それも出しちゃおっかな」
「すごい豪華だね」
「だってスーくんが料理を食べてくれるんだもん」
希華は手際よく料理の盛り付けをしていく。
食器のセンスといい手際といい、いつも台所に立ちなれているのだろう。料理が好きなのが伝わってきた。黒色のエプロンもよく似合っている。
「あ、お帰りー。涼夜は何を買ってきたのかしら?」
「手ぶらだと悪いかなと思って、近くにシャトレーゼがあったからシュークリームとプリン、あと……チョコレート?」
「いいねわね。食後にコーヒー淹れた時にみんなで食べましょうか」
「お姉ちゃん、ご飯よそうのお願いしていい?」
「いいわよ。涼夜のお腹はどれくらい空いてるかしら」
「すんごい空いてる。できれば大盛りで」
「りょーかーい」
「スーはお手伝いしなくていいから席に着いてて」
なんだか楽しそうな乃寧と希華の顔を見ながら、促されるままに席に着く。
料理が並び終わり、2人は対面に座った。
「それじゃいただきましょうか」
「スーくん、おかわりもあるから、いっぱい食べてね」
「ありがとう。それじゃあ、遠慮なく」
3人で手を合わせて、食べ始める。
出来立ての煮込みハンバーグは熱々なのはもちろん、甘辛い煮込みソースが絡んでご飯が進む味で箸が止まらなかった。同じく煮込まれていたしめじやブロッコリー、コーンも味が染み込み美味い。味わい深くて腹に染みる味だ。
「どうかな?」
「めちゃくちゃ美味いよ! お店開けるレベルだと思う!」
「ありがとう。実は料理は全部、動画とか見よう見まねで覚えて……。お父さんもお母さんも仕事が忙しくて中々帰ってこなかったから」
そういえば昔もそうだった。僕も両親も仕事が遅くなることがあって、3人で寂しさを埋めるように遊んでたっけ。
「こんな美味しいご飯作ってくれるお嫁さんいたら、旦那さん羨ましいよ。僕だったら毎日スキップして帰ってる」
「スーくん……!」
「涼夜の言う通りね。現に私が毎食楽しみでウキウキしているもの。料理万能な希華に対して私が作れる料理といったらカップラーメンくらいだし」
「それ、料理じゃないんじゃ……」
「ふーん、じゃあ涼夜は何が作れるのかしら?」
「えーと、温泉卵?」
「私と同じレベルじゃない」
ふふっと笑いが起きる。
ああ、この感じ……なんか久しぶりだな……。幼馴染だったあの頃を思い出す。
ほっこり優しい味のポトフもマカロニサラダもあっさりしていて、ガッツリした煮込みハンバーグと合う。
「美味い。どれも本当に美味しい!」
僕の食べっぷりが、余程嬉しいのか2人は時折にこにこして箸を止めていた。
食べ終わった後、僕も食器の片付けと洗い物を一通り手伝い、一息ついたところで、乃寧が食後のコーヒーを準備してくれた。
「私は料理苦手だけど、飲み物を淹れるのは一流ですから」
「はは、そうだね」
お気に入りのコーヒー豆屋で買ったという粉で丁寧に淹れてくれたコーヒー。インスタントよりも香りが強く、味は深みがある。
「……どう?」
「うん、美味しい……うちでは飲んだ事ない高級な味がする」
「そっかぁ、まぁそこそこ高い代物だしそんな味なのかしら。お子ちゃま舌でコーヒーが飲めない希華には分からないかもだけど」
「お子ちゃまじゃないもん。もう、お姉ちゃんってば……」
買ってきたプリンで食後ののんびりした時間を過ごしていると、乃寧が近づいてきた。
「それじゃあ涼夜が私たちを遠ざけていた理由をちゃんと話してもらおうかしら」
「っ!」
やっぱり聞かれますよね……。
「スーくん、ゆっくりでいいからね」
「う、うん……」
一息入れた後、話し始める。
「その、さっきも言ったけど、僕は2人と違って容姿も普通だし、勉強や運動だって普通。そんな2人と僕じゃ不釣り合いだと思って……。それは僕以外もそう思ってて、まぁ陰で色々言われたり、2人が質問されている姿を見た結果、その、遠ざけるという判断に……です」
「スーくんと一緒にいることを聞かれたことはあったけど、陰口を叩かれていたなんて……そんなっ」
「あ、いや、そんな大ごとじゃないよ? 僕は全然大丈夫だったし。むしろ2人に迷惑がかかったことが……」
「まとめると、私たちと釣り合わないと周りからも自分でも思ってしまった。加えて、私たちが何故、涼夜といるのか、と不思議がられることにも申し訳なさを感じて遠ざけた……って事でOK?」
「う、うん……大体、合ってる」
ここで一旦会話が終わる。
2人の前で理由を話すなんてちょっとむず痒かった。でも少しスッキリもした。
「いや、なんかごめんね。僕が顔がいいとか運動神経がいいとか何か1つずば抜けたことが有れば……」
「そんな事ないよ! スーくんは私たちにとって優しくてカッコよくて素敵な男性だよ!! それは昔も今も変わらないんだからっ」
希華が僕の言葉を遮り、褒めてくれた。次に乃寧。
「私たちが涼夜と一緒にいる理由をいちいち聞かれるのが申し訳ない? ふふっ、涼夜も可愛い心配をするのね。でも、いいのよ。分からない奴にはとことん教えてやればいい。もう、二度と私たちが仲良くしているところを邪魔しないように……ね?」
膝の上に置いている僕の手に、乃寧は自分の手を重ねた。
チラッと目をやると、柔らかく目を細めている。
僕は乃寧の顔を直視できずに、ちょっとだけ目を逸らす。
「照れてるのかしら? 可愛い♪」
乃寧はクスッと笑って……僕の手首を優しく取ると、自分のおっぱいに当てた。ブラジャーの固い感触の奥に、マシュマロみたいな確かな柔らかさを感じる。ドキリと心拍数が上がる。
「っ、乃寧……?」
「——嫌だった?」
……そんなわけない。だけど、目はまだ合わせられない。
僕は首を横に振った。
またクスッと乃寧が笑う声。
「スーくん」
「っ、希華……!」
いつの間にか希華が僕のうしろに回っていた。そして背中から手を回し、華奢な体で抱きしめる。背中に感じる彼女の体温が、とても心地良い。
「「ねぇ」」
横から乃寧。後ろから希華。
彼女たちは熱い吐息で耳元で囁く。
溶けるようななにかが線になって首を走り、震えがくるほどゾクゾクした。
「今から助けてくれたお礼をしたいんだけどね、普通のじゃ味気ないと思って」
「……普通のじゃ味気ない?」
「そう。私たちのすれ違いがせっかく無くなろうとしているのに、普通のお礼じゃねぇ……?」
2人の瞳がなんだか鋭く光る。まるで獲物を狙う野獣のように。
ん? なんだか視界がボヤけて……あれ? なんだかとても眠く……。
「ふふっ、お腹いっぱいになったら眠くなっちゃったのかな? ……眠そうに目を擦っている姿も可愛い」
「寝てていいわよ。まだまだ時間はたっぷりあるんだし。おやすみ、涼夜。起きた頃にはお礼が始まってるから」
お礼が始まってる……? それってどう、い……う……。