双子姉妹の家。逃げられない。もう一度惚れられる
『いや、お礼なんて……』
『いいわよね?』
『あの……』
『いいわよね?』
『は、い……』
乃寧の圧に負けてしまった。
現在僕は、彼女の3歩後ろを歩いている状況。遅れているのは、目的地に着くまで、何度も立ち止まって周囲を確認してしまってるから。
すれ違う人達は、そんな僕を訝しげに見ている。
ストーカでは決してないですからね?
これから双子姉妹の家に行くとなると、何だか落ち着かなくてどうしても人目が気になってしまうのだ。
やましいことなど、何もないに……。
「どうしたの?」
「あ、いや……なんでも」
「そう。じゃあはぐれないようにちゃんとついてきてね」
ついには乃寧が隣に並んできた。歩幅を合わせてくれる。
歩き続けること15分、目的地のマンションが見えてきた。大きくて立派な建物。これだけの規模だと、家賃もかなり高いに違いない。
「やっぱり凄いなぁ……」
「覚えてくれてるんだ。嬉しいなぁ」
「そりゃこんな立派な所に住んでるんだから……」
子供の頃とかは気にしていなかったけど、何だかひどく場違いな所に来たような錯覚に陥る。正直、今もエントランスに入るのが怖いぐらいだ。
……どうしよう、このまま引き返してしまおうか。走って去れば乃寧も追いつけまい。
そんな考えが頭をよぎり、マンションに背を向けようとした矢先――
「っ!」
僕の心情を知ってか知らずか、乃寧は僕の腕に腕を絡ませて、柔らかい乳房を押し付けてきた。
「さっ、中に入ってお茶でも飲みましょう」
「は、い……」
やっぱり逃げられないよな……。
僕は誘われるままに部屋に上がるのだった。
広々としたリビングに通される。
部屋に入って早々、乃寧は2人分のティーカップを用意して、紅茶を淹れてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
一言礼を言ってから、温かい紅茶に口を付ける。
「うまい……」
「ふふっ、良かったわ。この紅茶、私も希華もお気に入りなの」
「そうなんだ」
妙に声が近いなと思ったら、すぐ隣にに乃寧が座っていた。あと数センチで肩と肩がぶつかりそうなほどの近距離。
「あのっ、近くない?」
「普通だと思うけど? それと……この方がお礼がしやすいの」
「お礼が……?」
「そうよ。私からのお礼は——」
乃寧がゆっくりと距離を詰めてきて——
「ただいま〜」
「「!?」」
僕たち以外の声がした。
当たり前だが、乃寧がいるなら希華もここに住んでいる。
「お姉ちゃん、誰かお客さんでも……って」
「お、お邪魔してます……」
希華と目が合う。心底驚いているようだ。
「あらお帰り希華。せっかく彼と2人っきりだったから、もう少し遅く帰ってきても良かったのに」
「……お姉ちゃんどういうこと?」
「希華、顔が怖いわよ」
希華が文句ありげに乃寧に詰め寄る。
「お姉ちゃん、ズルい。私抜きで彼に一体……」
「まぁまぁ落ち着きなさい。貴方のためでもあるのよ」
2人が会話している間に、少し距離を置く。
双子姉妹が揃った。改めて容姿を見る。
綺麗に手入れされた茶髪に、モデルや女優に勝るとも劣らない美貌。何よりも男子の視線を釘付けにするのは、スレンダーな体に似つかわしくない、はち切れんばかりの豊満な胸。
誰が見ても、幼馴染だった僕が贔屓目で見ても美人。凡人な僕が隣にいていい人たちじゃ……。
『え、千世くんって柏木さんたちと幼馴染なの!?』
『いいなー。姉妹に構ってもらえるとか、ずりぃーよな』
『でもさ、ぶっちゃけ不釣り合い過ぎじゃね?』
『ああ、分かる。あの姉妹に比べて千世ってなんかパッとしないし』
昔のことが頭をよぎった。
羨望や嫉妬の眼差し。2人といると、いつもどこかで陰口を言われていた気がした。その言葉を次第に間に受けるようになった。
そのたびに「なんでこんな僕と一緒にいてくれるの?」と2人に何度も尋ねてみようと思ったが、返答を聞くのが怖くてできなかった。
このままずるずる引きずっているのも辛い。今日こそ思い切って質問してみよう。
「あの、2人とも。聞きたいことがあるんだけど……いい?」
「え、スーくんから。もちろんいいよ」
「私もよ」
「ありがとう。……2人はさ、どうして僕と居てくれたの?」
緊張から声が上擦っているのが自分でもよく分かる。
「どうしてって……だってスーくんは昔から一緒の大切な存在だもん」
「そうそう。昔から仲がいい幼馴染じゃない」
「そ、そうだよね。あはは……」
幼馴染だから。
やっぱり2人にとって僕は手を焼かないといけない存在なんだ。だからこそ、僕からいなくなる事で、2人が疑問を持たれないよに——
「どうやら勘違いしてるみたいよ、希華」
「え、そうなの、お姉ちゃん?」
「ええ。ね、涼夜?」
「あ、えと……」
僕が返答に困って黙り込んでいると、乃寧が体を寄せてきた。まるで、僕を試しているかのように。
「正直に言っていいのよ」
「っ……」
乃寧に色っぽい声音でささやかれ、逃げられないと察した僕は意を決して答える。
「その、僕は2人と違って容姿も普通だし、勉強や運動だって普通。そんな2人と僕じゃ不釣り合いだと思って……」
それ以上続かず、部屋には妙な
沈黙が流れる。
やっぱり答えにくい質問だよな。
これ以上、邪魔にならないように、さっさと部屋を出て——
「うふふ、うふふ……あははは!!」
途端、乃寧が大笑い。
僕は戸惑う。
乃寧ほどじゃないが、希華も手を添え、安堵の笑みのようなものを浮かべていた。
「だそうよ。良かったわね、希華。彼が私たちの事を嫌ってなくて」
「うん、良かった……良かったよ……」
「え、え?」
僕だけ置いてきぼり。
なんで2人はそんなに喜んで……。
「ああ、ごめんなさい。置いてきぼりだったわ。さっきの質問の答えだけど……《《好きな人》》と一緒に居たいと思うのは当然じゃない」
「え、好きな人……?」
それって……
『ねぇお姉ちゃん。やっぱり私たち、スーくんに《《嫌われた》》のかな』
 




