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第三十八話 インタビューウィズお母さん

「噂で聞いたんですけど、結婚なさるんですよね? おめでとうございます」

「あら、ありがとう。年甲斐もなくはしゃいじゃってるみたいでちょっと恥ずかしいんだけど」

「そんなことは。お母さんっていうよりお姉さんに見えますし」

「やだどうしよう、夕愛じゃなくてわたしに惚れちゃった? 婚約してなければ味見したかもね」


 バックミラーに映った悪戯っぽい笑みが夕愛とそっくりだった。


「え、ええと……」


 気圧されている場合ではない。話を聞ける機会がまたやってくるとはかぎらないのだから。


「お母さんは――」

「あら、気が早い。娘をよろしくお願いします」

「え!? いえ、その、そういう意味ではなく……」

「冗談冗談。出間くんは真面目だね。でも『お母さん』より『杏樹さん』って呼んでほしいかな」

「分かりました。じゃあ、杏樹さん。昔、アイドルをやっていたって本当ですか」

「本当本当。すぐやめたけどね。わたしはさ、歌とかダンスがやりたかったわけよ。可愛くてきらびやかな舞台に立ちたかった。でもさ、マネージャーがモデルとか演技に力を入れろってうるさくて。だから喧嘩してやめた」


 ははっと笑う。


 マネージャーの考えはよく理解できる。杏樹さんはきれいなひとだが、アイドルよりもモデルや女優向きだと思う。しかし本人はそれをよしとしなかったわけだ。


「そのあとすぐ起業したんですか?」

「そう。若い子でも気軽に手を出せる、可愛くて低価格なアパレルブランドを作ろうってさ。意趣返し」

「意趣返し?」

「自分でも分かってはいたからね。わたし、身長は高いし顔もきついから、アイドルは似合わないって。でも憧れちゃったんだからしょうがないでしょ? だからせめて、わたしの力で世の中にアイドルみたいな可愛い女の子を増やしたいって思って。それが意趣返しの意味」


 自分がなれないのなら支援する側に回る。それが会社を立ちあげた動機らしかった。


「って言っても、けっきょく自分が『着たいな』って思った服ばっかり作ってるけどね」


『着たい服かどうかを”自分の中の高校生”に尋ねてみる感じ』


 インタビュー記事で答えていた、まさにそういう感覚なのだろう。


「そういえば夕愛、今度の会食の約束、ちゃんと覚えてる?」

「え? あ、うん」

「松方さん、いいひとだから緊張しなくていいからね」

「うん」


 おそらく松方さんというのが杏樹さんの婚約者の名前で、その会食で初めて顔を合わせるといったところだろう。


「あの服は気に入ってくれた? 可愛いでしょ?」

「――うん、可愛い」

「やっぱり夕愛はああいうのが一番似合うわー。今度の会食用の服もお母さんがコーディネートしてあげる」

「――うん」

「お母さんに任せておけばまちがいないんだから」


 弾んだ声で言った。





 杏樹さんは車をコンビニの駐車場に停めた。


「ここでいいの?」

「はい、すぐ近くなので。ありがとうございました」

「こちらこそ、これからも夕愛をよろしく!」


 俺は隣の夕愛に「じゃあ、また」と声をかけ、車を降りた。


 後部座席の窓に夕愛が笑顔で手を振っているのが見えて、俺は手を振りかえした。


 車が駐車場を出ていく。角を曲がってすっかり見えなくなってからも、俺はぼうっとそちらの方向を見つめていた。


 杏樹さんは本当にいいひとだ。さっき出会ったばかりのガキに、あんなに丁寧に、そして気さくに応対してくれるのだから。それに、夕愛のことをとても大切にしている。


 ――でも……。


 その愛情が空回りをしている――。そして夕愛は、そんな杏樹さんの愛情に応えようと従順に振る舞っている。俺にはそう見えた。


 相手の期待に応えるために、自分を殺して尽くす。出会ったばかりの夕愛がそうだった。まるでそれにもどったかのようだ。


 久しぶりに会った母親に気を遣っているだけか。それとも――。


 考えがうまくまとまらない。人付き合いを避けてきた俺にとって、ここ数日の出来事は情報過多だ。脳の処理能力が追いついていない。


 頬になにかが当たる感触。


「雨……」


 低く垂れこめた分厚い雲からぽつりぽつりと雨が落ちてきて、乾いたアスファルトに無数の黒い穴のような模様を作っていく。


 慌てて逃げだしたらなんとなく負けのような気がして、俺はことさらゆっくりと帰途を歩いた。

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