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第十八話 穏当なイメチェン

 最近はからっとした秋晴れの天気がつづいていたのに今日はあいにくの曇天。予報によると昼頃から雨が降るらしい。折りたたみ傘は携帯しているが、なんとなく憂鬱な気分になる。


 そんな朝の登校中、駆け足で俺の横に並んできた真壁が言った。


「今日ももさいな、出間」

「挨拶代わりに言うことか!?」


 挨拶よりも指摘を優先してしまうほどもさい――ださい、むさ苦しいということか。


「後ろの髪が跳ねてる」


 寝癖はしっかりとったはずだが、剛毛で隠れくせ毛の俺の髪は雨の気配を感じてご機嫌斜めになってしまったらしい。俺は頭の後ろを押さえた。


「猫背」


 背筋を伸ばす。


「上まできっちり留めたボタン」


 ネクタイを緩めて第一ボタンをはずす。


「その状態のまま空いた手を腰に当ててくれるか?」

「こう?」

「はい、セクシーポーズ」

「しょうもないことをさせるな!!」


 ――でもたしかに俺ってださいよな……。


 先日、夕愛のお兄さんにもヘアスタイルを指摘されたばかりだ。


 しかし俺の場合、それ以前の問題だという自覚はある。ヘア()()()()と呼ぶくらいなのだから『形式』があるわけだが、俺はその形式がどんなものか、どんな種類があるのかすらさっぱり分からない。


 夕愛に『女の子のこと詳しくないんですね』と笑われたことがあったが、俺は男の子のことすら詳しくないのだ。


「……」

「どうした落ちこんで。いつもみたいに切りかえしてこい」


 どこぞのアクション俳優みたいに手招きする。


 真壁をじっと見る。目までかかった前髪、指紋のついた眼鏡、青白い顔、薄ら笑い、ひょろりとした体型。もささでいえば俺とどっこいどっこいか俺よりひどいまである。こいつから男子高校生のファッションのいろはを引きだすのは無理だろう。


 俺はため息をつき、かぶりを振った。


「お前じゃ駄目だ……」

「知らんあいだに俺はなにをあきらめられたんだ……?」


 真壁は憮然とした。


 ださい俺から脱却するにはどうすればいいだろう。ネットやファッション誌で情報収集する手もあるが、詳しい人間に聞いたほうが早い気がする。


 夕愛のお兄さんならさぞかし精通しているだろうが連絡先を知らないし、夕愛に見合う男になろうというのに夕愛本人に尋ねるというのもちょっと違う気がする。


 俺のせまい交友関係では、あとひとりの人物しか思い浮かばない。


 放課後を待って、俺はその人物に相談してみることにした。





 玄関の最寄りの階段で待ち伏せしていると目当ての人物が下りてきた。


 石水さんだ。幸いなことに夕愛の姿はない。


「石水さ――」


 彼女の後ろから友人らしき二名がついてきていた。


 黄色い声でなにやら楽しそうに話す友人に、石水さんは穏やかな笑顔で頷いている。もうひとりの友人がふいに石水さんに抱きつき、お返しとばかりに石水さんは彼女の脇をくすぐった。


 楽しそうな笑い声が響く。俺はムーンウォークをするみたいに後ずさり、壁の陰に隠れた。あのきらきらした空間に割って入っていく勇気は俺にはない。


 石水さんはちらりとこちらを一瞥したが、友人と談笑しながらそのまま玄関のほうに歩いていってしまった。


 ため息をつく。


 ――ネットで検索するか……。


 下駄箱で革靴に履きかえて玄関を出る。


「先輩」


 横合いから声がかかった。


 石水さんだ。しかもひとり。


「あ、え? 友だちは?」

「ちょっと忘れ物したって言ってわたしだけもどってきた」


 つまり、俺が石水さんに用事があると察してわざわざ引きかえしてきてくれたってことか?


 ――ええ……? 優しい……。


 なんて気のつくいい子なんだ。


「けっこう似てたよ」

「え、なにが?」

「ストーカーの物真似してたんでしょ? 本物っぽかった。でもつぎは友だちのいないときにやって」

「いやいやいや! してませんけど!?」

「え? じゃああれ、素?」


 石水さんは眉をひそめたが、すぐに取りつくろうような笑顔になり、俺の肩をぽんと叩いた。


「ドンマイ」


 ――気遣いが痛え……。


 これも俺がもさすぎるからだろうか。夕愛のそばにいようとするなら、やはりこのままでは駄目だ。


「石水さんに聞きたいんだけど……。どうしたらふつうになれる?」

「ふつうって?」

「少なくとも、声をかけるのを躊躇しただけでストーカーの物真似と勘違いされない程度に」

「めっちゃ気にしてるじゃん。なんかごめんね?」

「忌憚のない意見が聞きたい」

「いいけど」


 石水さんは顎に指を当て、上から下、下から上に視線を動かして俺の全身を見る。


「なんだろ。髪?」

「髪?」

「わりと毛量が多いわりに生えっぱなしって感じだから不審に見えるのかも」


 ――不審……。


 忌憚なくとは言ったものの、ちょっぴり傷ついた。


「ひとの見た目は入り口だからね」

「入り口……?」

「入り口の汚い店は、中がどんなに魅力的でも入ってもらえないでしょ? それと同じ」


 なるほど、たしかにそのとおりだ。遠回しに俺が汚いと言われたことに関しては触れないでおく。


「じゃあ、具体的にどうすればいい?」

「雑誌とかスタイリング剤でも買って研究すれば?」

「そもそもなにを買っていいのか分からないんだよ」

「そのレベルか……」

「これから買いにいくつもりなんだけど、よかった教えてもらえないか?」

「え、絶対やだ。一緒に買い物に行ったところを目撃されて恋とか友情とかこじれるやつじゃん。お父さんの持ってる漫画で三千万回見た」

「いや、一緒じゃなくてもいいんだけど。――そうだ、連絡先を交換して」

「それも『わたしに内緒で連絡とりあってるんだ、ふーん……』って嫉妬されるやつじゃん。三億回見た」


 お父さんに責任転嫁しているが、実は石水さん自身もけっこうなオタクなのではないだろうか。


「っていうか夕愛に聞けば?」

「それじゃあ意味がないだろ」


 石水さんはにやっと笑った。


「へえ。夕愛にサプライズしたいんだ。へえ」

「な、なんだよ、いいだろべつに」

「いいけど。仲がよろしいことで」


 と、肩をすくめる。


「でも夕愛に喜んでもらいたいなら、夕愛の意見も聞いたほうがいいと思うけど。いきなりがらっとイメチェンしたらびっくりするでしょ」


 たしかに夕愛がイメチェンしたときは、嬉しいというより驚きや戸惑いのほうが大きかった。俺はちょっと独りよがりになっているのかもしれない。


「そうだな……。そうしてみる」


 俺は石水さんと別れ、校舎のほうへ引きかえした。彼女によると夕愛はまだ教室で駄弁っているらしい。


 チャットアプリに連絡を入れ、特殊教室棟で落ちあう。例の件を伝えると、夕愛はちょっと考えたあとこう提案した。


「じゃあ、わたしの家に来ます?」


 ――……え?

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