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第一話 ギャルとかいう生き物

 学校からの帰り道、河川敷の遊歩道脇にあるベンチに座り、俺はスマホゲームを起動した。


 つややかな黒髪、そして凛としたたたずまいの美少女が画面に映しだされる。


『また来てくれたんですね、プロデューサー』


 アイドル、西野(にしの)凜奈(りんな)が柔らかな声と微笑みで俺を出迎えた。


 凜奈の顔をタップする。


『おいたが過ぎますよ、プロデューサー』


 頬を染め、目をそらす。


 タップ。


『おいたが過ぎますよ、プ――』


 タップ。


『おいたが過ぎま――』


 タップ。


『おい』


 タップタップタップタップタップ。


『お』

『お』

『お』

『お』

『おいたが過ぎますよ、プロデューサー』


 好感度はすでに最高値。にもかかわらず堅固な貞淑さで俺を叱りつける。しかし同時に、しっかりと好意を感じさせてくれる仕草や声色。


 ――癒やされる……。


 一日のストレスがすうっと溶けていく。これが部活をやっていない俺の、毎日のルーティーンだ。


 さて、デイリーミッションを消化していこうかと思った矢先、少し離れたところにあるベンチに誰かが腰かけた。横目でちらっと見る。


 同じ学校の制服。ごりごりのギャル。地味な俺とは違う世界の住人。


 苗字は漆原(うるしばら)。下の名前は『ゆあ』。俺の一個下、一年生。


 隣のクラスはおろか自分のクラスにすらまともに交友関係を築けない俺が、どうして後輩の名を知っているのか。


 たいした話じゃない。俺が夏休みに某ファストフード店でバイトをしていたとき、彼女が客としてやってきたのだ。





 ギャルがカウンターにきて、メニューではなく俺をじろじろと観察しはじめた。俺はなにか因縁でもつけられるのかとびくびくする。


『あれー? 先輩じゃないですか?』

『え? ええと……』


 見覚えがない。というか一年生の顔なんて知らない。同学年だってあやふやなのに。


『学校で見たことあるもん。ウケる』


 と、彼女は笑った。


 ――なんの笑い……?


『わたし漆原っていうんですけど、先輩は?』

『いず――』

『ってか名札に書いてた。で、で……、出間(でま)?』

『いや、出間(いずま)

『なんだ引っかけかー』


 ――引っかけ?


 なにもないところで勝手に転んだだけでは?


 漆原さんの連れのギャルが『ゆあ、まだ?』と背後から急かす。


『ごめんごめん』


 と謝り、注文を終え、チャラそうな男やギャルの集団の中にもどっていった。





 たったそれだけの接点だ。しいて感想をあげるなら、同じ学校という共通点だけでまったく面識のない人間に気安く話しかけられるメンタルに恐れ入ったというところだ。俺なら気づかないふりをしてスルーしてしまうだろう。


 で、今まさに俺は気づかなかったふりをしてスルーしようか迷っていた。


 漆原さんはうつむき、ときどき鼻をすすっている。泣いているようにようだった。


 泣いている女子を慰めるなんて男前なスキルを俺は持ちあわせていない。そんなものがあったらもっと彩り豊かな高校生活を送っていたことだろう。


 俺なんかが声をかけてもなんの役にも立たないばかりか、かえって悲しませたり怒らせてしまうかもしれない。


 ――でもなあ……。


 俺は大袈裟にため息をつく。そして漆原さんに歩み寄った。


 やっぱり無視することはできない。


「どうした?」


 漆原さんは顔をあげる。


 ――うわっ……。


 ひどい顔だ。アイラインが溶けて頬に流れてるし、付けまつげが片方とれてしまっている。メイクが崩れた、というより土砂崩れと形容したほうがしっくりくる。


「……あ。ええと……、なんか和室みたいな名前の先輩」


 なんちゅう覚え方だ。


「出間、な」

「なんでここにいるの?」

「放課後はけっこうここに――。って俺のことはいいだろ。そっちはなんで」

「フラれちゃいました」


 漆原さんはそう言って、泣き顔に無理やり笑み作った。


 逃げだしたくなる。恋愛経験値ゼロの俺が、経験豊富であろうギャルの漆原さんの失恋を慰めることなんてできるわけがない。


 そもそもヤンキーやらギャルの文化が俺にとって異世界すぎる。華美な見た目も言動もどこか威嚇的で、俺みたいな地味な人間を見下してくるし、誰とくっついただの離れただのが日常茶飯事で、喜怒哀楽の振り幅がでかくて、そのくせすごく楽しそうに人生を謳歌している。


 学生らしく真面目に勉学に励んでいる俺が灰色の高校生活を送っているというのに不公平極まりない。


 漆原さんを改めて見る。


 ウェーブのかかった明るいロングヘア、骨格を偽装するメイク、耳の外周を埋め尽くすピアスやイヤーカフ、がばっと開いた胸元、ほとんと尻が見えている短いスカート。


 純度百%、混じりっけなしのギャル。こちらからはあえて関わろうとは思わないタイプだ。


「『お前、面倒くさい』って……」


 言葉が詰まる。笑顔を保っていられなくなったのか彼女は顔を伏せた。


 慰めたほうがいいんだろう。それはわかってる。わかっているのだが。


「……そうか」


 頭の中の引き出しを片っ端からひっくり返し、出てきた慰めの言葉はその三文字だった。


 ――ただの相づちじゃねえか! もうちょっとなんかないのか、脳みそこらあっ!


「……なんで自分の頭を叩いてるの?」

「い、いやこれは……、なんか出てこないかなって」

「はあ……」


 漆原さんはぽかんとした。


 こういうのは苦手だ。他人の感情を読みとることも、自分の感情を表現することも、まして他人の感情に干渉することも。


 俺はバッグからハンドタオルをとりだし、漆原さんに差しだした。


「これを使え。思いきり泣くとストレス値が減ってすっきりするらしい」

「先輩――」


 俺をじっと見る。


「慰めるの下手ですね」

「ぐっ……!」


 悲しみに寄り添うことはできないが、合理的なアドバイスならできる。しかし世間ではそれを朴念仁と呼ぶようだ。感情の問題に対して、多くの人びとは解決策よりも共感を重視するらしい。


「でも、ありがと」


 ハンドタオルを受けとり、くしゃっと握った。そして深いため息をつき、薄暗くなりはじめた空を仰いだ。


「髪の色も、ヘアスタイルも、メイクも、アクセサリーも、服も全部カレシの好みに合わせたのに、無駄になっちゃったなあ」

「そんなことないだろ」


 彼女はきょとんとした。


「別れちゃったのに?」

「知識やスキルは残る。それをつぎに活かせばいい」

「やっぱり慰めるのあんまりうまくないですね」


 と、笑う。


「でも、そっか。つぎに……」


 じっと俺の顔を見る。


「先輩はどんな女の子が好み?」

「お、俺?」


 好き嫌いを語るにはある程度の経験値が必要だ。読んだことのない本の好悪はわからないのと同じように。つまりカノジョいない歴=年齢の俺は自分の好みを把握できていない。


「髪の色は明るいほうがいいですか? それとも――」

「黒髪かな」


 食い気味の即答に漆原さんはちょっと面食らったような顔をした。


 俺の頭には現在プロデュースしているアイドル――凜奈の姿が浮かんでいた。


 自分の好みはわからない。ただしそれはあくまで現実において。二次元であれば話はべつだ。


「髪は長いほうが好き? それとも短め?」

「長いほうかなあ。たまにまとめ髪なんかにするとさ、ぐっとくるんだよなあ」

「メイクは?」

「ほぼほぼしないほうがいいかなあ。元の素材を活かす感じで。なんて言うの? 透明感?」


 アクセサリーは? 服は? と質問がつづき、俺は逐一答えていった。それだけにとどまらず、気づけば俺はとうとうと好きなタイプ――いや、推しの魅力を語っていた。


 俺ははっと我に返る。漆原さんは呆気にとられたようにぽかんとしていた。


「す、すまん」

「興味なさそうな顔をしておいて、めちゃくちゃ好みにうるさいですね」


 などと、なぜかちょっと嬉しそうに言った。ぽんと膝を叩き、勢いよく立ちあがる。その表情からはすっかり悲愴感が消え、活き活きとした笑みが浮かんでいた。


「今日はありがとうございました! また今度」


 手を振り、軽い足どりで駆けていった。


「あ、ああ」


 なんだかよくわからないが、慰めるという目的は達成した――のか?

この作品に興味をお持ちいただき、ありがとうございます!

こちら十五話くらいで一区切りとなります(ほぼほぼ執筆済み)。

お邪魔じゃなければブックマーク、評価をよろしくお願いします。モチベにさせていただきます。

次話もどうぞお楽しみに!

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