基軸通貨ワカメ
[A]
――とある島では、ワカメが通貨同然に流通していた。
沿岸部の街では宝石のようなワカメと魚や肉が。ましてや大量のワカメを持ち売人と交渉する住民の姿さえある。流通の潤滑油としてワカメは島を席巻していた。
この島では決してワカメが山のようにとれたわけではない。通貨としての利用もすこぶる不自然だと考えるだろう。更に通常の生のワカメはそのまま保存することが難しい。乾燥したとしても、精々半年程度しかもたないのだ。
では、何故この孤島ではワカメが通貨として機能していたのだろう?
保存技術?
貝殻がなかった?
いや、そのどちらでもない。島沿いに生息するワカメは他の地域のものと比べ大幅に堅く、そして保存が利いたのだ。
住民達は、閉鎖的なこの島を「ワカメリア」と呼称する。このワカメリアでは今、重大な危機が起ころうとしていた……
[B]
ワカメリアでは、主食がワカメ、主菜がワカメ、副菜がワカメ、前菜がワカメ、デザートがワカメで、生活のすべてにワカメが重要視されていた。多少の魚や肉、米など他の食材はあったがワカメで完結してしまうため生産量は少なかった。
何よりワカメリアのワカメは栄養分も豊富で、味も島の場所によって多種多様。ブラントワカメを称して、北東部のワカメリアン、東部のワカメマは二大産地として名をはせていた。
有史以来、安定的な漁獲量を誇るワカメリアのワカメは住民達の信頼を寄せるに十分値するものだった。政府はワカメの漁獲制限を設けていて、食料分のものと漁獲量が拮抗するように計画的に漁場は運営されていた。過度なインフレーションは未然に防いだ。
しかし、ある日突然何らかの理由でワカメリア社会に打撃が起こればどうなるだろう。もしワカメの数が減ってしまったら?
[C]
ワカメが覇を唱えるこのワカメリアには、ワカメを手元にずっと残し続ける人。ワカメを使って経済、ワカメ経済を円滑に回そうとする人。この二種類が住民がいた。
「ワカメばっかり貯めこんで!少しは世の中のために使ってくれ!守銭奴め!」
住民は、前者を公然と非難していた。
「変に貯めこんだりせず、ワカメも回して模範的だ!やっぱりワカメは天下のまわりものだ!」
住民は、後者にどちらかというと良いイメージを抱いていた。
当時の住民にとってどちらが正義が悪か、それは一目瞭然だった。
[D]
ある日、ワカメリアのワカメ漁師が原因不明の病で倒れた。一報を受けたワカメリア国立病院の医師はカルテにこう記した。
――所見: 発熱と倦怠感、頭痛、腹痛が5日間継続。完治の気配なし。
症例はこの漁師一人に留まらず、沿岸での漁を生業とする漁師が数々と病床に臥していった。ワカメリア政府はこの病を「新型ワカメウイルス」と名付け深刻さの周知を図った。
この漁師という共通点から、「海が発生源である」とウイルスの原因は直ぐに見つけることができた。だが、そこで一つ大きな問題が発生した。
――ワカメ供給問題。
平時はワカメの消費量=供給量となるように、政府が漁獲量を調節している。そうであるから、ワカメの総量はインフレを抑えるため、住民の貯蓄額は精々1か月分の食費を賄える程しかなかった。ここまで流通量を抑えてあるのはワカメの運搬の利便のためであった。
ワカメリア政府は「緊急事態宣言」を発令。ワカメ含むすべての漁、海への接触を、新型ワカメウイルスの原因究明が完了するまで全面的に禁止した。
ワカメの供給は絶たれた……。
[E]
新型ワカメウイルスが発見されてから二週間程のことである。ワカメリア政府は、海に出ていない筈の住民22名がこの感染症に罹患したと発表した。
これは何を意味するのか?
発生源は海ではないのか?
発表後、ワカメリア政財界が緊急発表と称し喫緊の経済危機を伝えた。政府は、ワカメ緊急事態宣言を発令し、住民同士の接触を控えさせた。
現在島には、ワカメの備蓄が一カ月半分しかない。しかも、それは全員に等しく分配されているわけではなかった。
それでも希望はあった。この島では米や肉の生産も小規模ながら行っていた。住民が協力して接触に気を付け増産に励めば、食糧危機も改善される。
この島には、二種類の住民がいた。ワカメを使わず備蓄する人、ワカメを使い経済を回す人。
本来なら後者の方が景気にも好ましいだろうが、どちらの方が得をするだろうか?食糧危機が終わりウイルスが過ぎ去った後の住民達はどうするのだろうか?
内部留保の多い企業、ワカメ物産は取材にこう答える。
「いやー、良かったですね。ワカメを保存していたおかげでなんとか難を逃れましたよー!備えあれば患いなし!」
[F]
数か月後、新型ワカメウイルスは過ぎ去った。原因は解明、海に出るものにはワクチンの服用が義務付けられた。
今日も島は静かだ。