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始まり

昔、フレッグの星が光を消したことがあった。

日の入りのとき、アウリラが歌を歌っても反応せず、そのまま消えてしまった。


「姉さん、フレッグの星が消えちゃったよ。」


アウリラの服の裾を引き、ロイは言った。このときは、幼すぎてあまり深刻性を分かっていなかった。ただ消えてしまった。いつもと違うことが起きている。それしか分かっていなかった。アウリラがあまりにもいつもと変わらなかったせいもあるかもしれない。


「そうね。少しへそを曲げているのね。困っちゃうわ。」


アウリラはそう言って、そのままロイの手を引き、家に戻った。

特に変わった様子もなかったから、ロイは夜遅くにどんどんと扉を叩く音がなるまで、いつも通りにアウリラとベッドに入った。音が鳴り響いたのは、深夜の星読みに起きる時間の少し前の時間だった。

訪問者はビョルトンだった。ビョルトンは星の光が消えたことで集落は大騒ぎだとアウリラに助けを求め、夜遅くにもかかわらず、やってきたのだった。

だが、大慌てのビョルトンさんに対し、アウリラはやはり落ち着いた様子で微笑んだ。


「大丈夫です。星は少し気まぐれで。といっても、そろそろ叱らないといけませんね。今、起こしますから、少し待っててください。」


そう言うと、アウリラは今の季節ほどではないが、寒い中、薄くて軽い真っ白のワンピースを着て、丘の上に登っていった。ロイは勿論、その後を追った。

月はまるでアウリラのものかのように、ずっとアウリラを照らし続ける。アウリラは丘の頂上に着くと、フレッグの星に手を伸ばし、舞い始めた。



目をお覚ましよ フレッグよ


まだ 時は来ておらぬ

今はまだ早すぎる


はよう 目を覚ましなさい

でないと ラスクに伝えよう



艶やかで長く、細いその手をフレッグの星にかざすと、月光はそれを滑るように照らした。白く輝くその手が光を与え、導くように、徐々にフレッグの星の光を引き出していった。大地を踏む裸足の足は、寒さで凍りそうだろうに、そんなことを忘れるような伸びやかさと軽快さで、少し凍った大地を飛び跳ねる。ひらりと、彼女を追いかけるワンピースの裾はたくさんの空気を含んで、まるで天使の羽のように宙を舞う。


歌う声は澄んでいて、神聖なのだけれども、小さな子供を叱るように歌う姿はまるで母親のようで、少し面白く思った。だって、叱られてるのは、この国を見守る神なのだ。


舞を踊り終える頃には、フレッグの星はいつも通りの輝きを取り戻していた。いや、いつもよりも輝いていたかもしれない。

髪も、肌も、瞳も、月明かりに照らされて、透き通るように美しい舞だった。

そして、確かに、あの舞には星を輝かせる力があった。

だが、


「、、、無理だよ、ビョルトンさん。」


ロイは静かに首を振った。


「僕はあれを踊れない。姉さんに教えてもらってないんだ。」

「なに?」


ビョルトンは片眉を上げ、怪訝そうに聞き返した。


「どういうことだ。お前、アウリラがいなくなるとき、全部教えてもらったんじゃないのか?」

「いえ、僕は星の読み方しか教えてもらえなくて。というか、姉さんは何も言わずにいなくなったんだ。いきなりだったから、全てを教えてもらったわけじゃないんです。」


アウリラはロイが7つのときにいなくなった。前触れもなく、朝起きたらいなかった。家からなくなったものはなくて、ロイは最初、どこかに出かけたのかと思っていた。

しかし、夕方になっても帰ってこない。もうすぐ、星読みの時間が来てしまう、探しに行った方がよいだろうか、そう思ったとき、ビョルトンがロイの家へやってきて、ただ一言、「星読みをしろ。」と言った。

ロイは訳が分からず、とりあえず星読みをした。その頃には、ロイはすでに星読みは完璧に習得し、アウリラに何度か星読みを頼まれたこともあったので、何の問題もなく終えられた。

その一通りの様子を遠くから見守っていたビョルトンは、儀式後、おもむろにピーッと鋭く指笛を鳴らした。突然のことに呆気に取られるロイは呆気をとられていると、ビョルトンはロイに近づき、その大きな手をロイの頭にのせた。暖かくて、少し重たかった。


「星読みの番を頼むぞ。」


ビョルトンはそう静かに言った。

ロイは、そのビョルトンの言葉と少し切なげに憐れむような表情を浮かべ優しく頭を撫でる仕草に、アウリラがどこかへ去ったのだと知った。


***

「ビョルトンさんは、姉さんがいなくなることを知っていたの?」


ずっと、気になっていた。アウリラが消えた日も、ビョルトンは何かを知っている様子だった。

何度か尋ねようとして、できなかった。


(きっと、怖かったんだ。)


アウリラが去った理由を知るのが。


もし、それが、自分のせいだとしたら。

別に、そうであると確信していた訳では無いし、その可能性は非常に少ないことも分かっていたけれど、それでも最後まで恐れていた。だから、目を背けた。


(でも、それも今日までだ。)


今までは、逃げていてもよかった。目を背けていても問題なかった。ただ、純粋にアウリラを待ち続けてもよかった。


(姉さんを探さなくちゃ。)


星が消えた。グリムが消えた。

ロイには、どうするべきか分からない。このままにしておくのは、約束に反する。


「、、、あの日、アウリラが家にやってきた。」


ぽつりと、ビョルトンは静かに語りだした。


「玄関に、フードを深く被ったアウリラがいて、『どうしたんだ』って聞いたんだ、、、


***

「おい、どうしたんだ。こんな時間に。星読みに遅れちまうぞ。」


ここから頂上まで片道2時間はかかるのだ。急がないと、日の入りの星読みに間に合わなくなる。

だが、アウリラはそんな様子を見せず、慌てることなく口を開いた。


「少し出かけます。その間、ロイを頼んでもいいですか?」

「出かける?」

「はい。」


驚いた。アウリラは今まで、山を降りたことはないのに、急にこんな時間に出かけるというものだから、ビョルトンは思わず、再び聞き返した。


「出かけるのか?一体、どこへ。」

「王都へ。探し物があるんです。」

「王都だって?星読みはどうするんだ。」


ここから王都へは、丸3日はかかる。ビョルトンたちも王都へ行くことは月に一度か二度はあるが、数人で行く。一人では少々難ある道のりだ。


「星読みはロイができます。全部教えましたから。ロイは大丈夫です。」


アウリラは、ただ綺麗に微笑むばかりだった。


「、、、分かった。だけど、どれくらいで戻ってくるんだ?探し物ってのは、もうどこに置いてあるのか知ってんのか?一人で大丈夫か?」


アウリラは美しく素直で、そして、か弱い。ロイを一人でここまで育てただけあって、落ち着きと賢さは備わっているが、死んだ動物を見ては毎回悲鳴を上げるほど、度胸はない。そんな子が、混沌と欲、そして少なくない悪意に塗れた都会に行くと、急に言うのだ。都会の人間からすれば、アウリラは格好の餌であろう。


「大丈夫ですよ。一人でいけます。ただ、探し物がどこにあるかは分からなくて、しばらくかかると思うんです。」


アウリラは徐に首にかけていたものを引っ張り出し、ビョルトンに手渡した。


「時が来たら、これをロイに。」


それは長い糸に真ん中に穴の空いた貨幣1枚を通したネックレスのようなものだった。だが、その貨幣はビョルトンに見覚えのないもので、この国で使われていないものだというのがわかる。


「なんだ、これは?それに、時が来たらって、、、」

「大丈夫です。きっと分かります。」


怪訝そうなビョルトンにアウリラは意味ありげに微笑んで、最後に、


「何かあったら、王都へお願いします。」


そう言って、一礼して去ってった。

なんてことない別れの挨拶に、重みはなく、あまりにも普通な旅立ちだった。


***


「これが、それだ。」


ビョルトンに差し出されたネックレスにロイは全く見覚えがない。この貨幣にもだ。一体、これがなんだというのか。


「何か、分かるか?」

「、、、いえ、さっぱり。」


少し齧ったり、擦ったりしてみるが、とくに反応はない。


「なんだろう、これ、、、」


唯一の手がかりがなんなのか、さっぱり分からず、再び、ビョルトンとロイの間に重苦しい沈黙がおりた。

だが、しかし、これも長続きはしない。


「ねぇー!もう、いい?私、お腹減ったぁー!!!」


大きな声で、重苦しい沈黙を容易くふきとばした彼女は、ヴィーを抱え、鍋をぐるぐるかき混ぜていた。


「もう、早くしてよね。私、朝ごはん食べてないんだけど。」


それを聞いた途端、どこからともなく、

ぐぅるるー

と音がした。


「ほら、父さん、ロイもお腹減ってるって!ご飯食べよ。難しい話は後!」

「お前なぁ。」


そう言うと、ラウルは嬉嬉として、鍋から椀にスープらしきものをよそった。ビョルトンは、さっきまでの深刻さはどこへやら、呆れ顔でラウルを見ていた。


(そういえば、お腹減ったや。)


思えば、ロイは昨日の昼から何も食べていない。まして、寒さで体力全て持っていかれていたのだから、今までお腹が鳴らなかったことがおかしいのだ。


「はい、ロイの分。」


ラウルのものより、2回りほど小さな椀によそわれていたのは、トウモロコシのシチューだった。あっという間に部屋に充満した香りは、食欲を刺激するのに十分な威力をもっていた。


「なんだ、ラウル、料理できるじゃないか。」

「残念でしたー。それは母さんが作ったのを温め直しただけよ。かなり重かったんだから、感謝してよー。」


やはり、まだ、彼女はシチューを焦がすのか。

そう思うと、なんだか可笑しくて、自然と笑みが零れた。


「ちょっと、何笑ってんの!父さん、ロイが可笑しくなった!」

「お前の料理のできなさを想像して、嘆いてるんだろ。お前は、もう少し母さんを手伝え。」


あぁ、おかしい。何がおかしいのかは分からないけれど、おかしいな。


「笑ってないで、早く食べなさいよ。お腹がさっきっから、うるさいんだから。」


そう言うラウルはもう半分くらい食べ終えていた。ロイもつられるように、スプーンを口に運んだ。


「おいしい。」

「でしょ?母さんの料理は1番おいしいの。」


ラウルは嬉しそうにシチューを食べる。


「うん、おいしい。」


不思議だな。さっきまで、あんな悲しかったのに。今は、もう平気だ。不安や悲しみが全部なくなったわけではないけれど、もう、大丈夫。


今は、グリムを助けなければ。

ロイに落ち込んでる暇などないのだ。

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