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星読みの少年

「ロキ、私たちはね、星に仕える一族なのよ。」


アウリラはその銀色の長髪をたなびかせて言った。ゆっくりと登る朝日がそれを美しく煌めかせる。


「星に仕える?」

「そう。私達は星の忠臣。星を守るものなの。」


不思議な言葉を紡ぐ彼女の声は鈴の音のように軽やかで、歌っているようだ。


「何から星を守るの?」

「そうねぇ。いろいろあるわ。星はとても繊細だから。」


彼女は考え込むように人差し指を顎に当て、むぅ、と少し唸った。


「一番は、『時』からかしら。」

「とき?」


意味が理解できていません、というようにあからさまにオウム返しする僕が面白かったのだろう、彼女はクスクスと笑って僕の頭を撫でた。とても優しい手つきだった。


「いい?星読みは絶対に止めてはいけないよ。星読みはロイにしかできないんだから。」

「ねぇさんだって、できるじゃないか。」

「そうだね。でも、」


アウリラは1度言葉を区切って、頭にのせた手を頬にずらし、愛おしげにロイを見つめた。


「、、、もうできないんだ。」

「なんで?」


俺はそう問うたが、彼女は答えない。ただ、微笑んで、ゆっくりと俺の頭から手を離し、そのまま、2、3歩後ろに下がった。

なんだか無性に彼女が恋しくなって、必死に手を伸ばすが、届かない、手の届く距離にいるはずなのに、その手は空を掴むことしかできない。


「ねぇさ、、、」

「よろしく頼んだよ、ロイ。」


その言葉を最後に、彼女は消えた。


***


「ーーーっ!」


ロイは拳を天井に向け、握りしめた状態で目を覚ました。冷や汗をかいている。息が少し乱れていた。

1つしかない窓からはまだ明かりはさしていない。ロイは薄暗い部屋の中でゆっくり体を起こした。1匹の白い大鷲が彼を心配するように体を擦り寄せる。


「大丈夫だよ。ありがとう、ヴィー。」


ロイは優しくその背を撫でた。その小さな体はじんわりと冷えきった体に熱を伝える。彼を温めるものは今はそれしかいなかった。


「星を読みにいかなくちゃね。」


ロイは干し草で作られたベッドから抜け出すと、トナカイの毛で作ったコートを羽織り、赤色の毛糸で編まれたすっかりくたびれたニット帽をかぶって外へ出た。


身を貫くような寒さがロキを襲う。コートが包む身はともかく、どうしてもそこからはみ出てしまう鼻と耳はすっかり真っ赤で、目は閉じていないと眼球ごと凍ってしまいそうだ。しかし、そんな寒さに躊躇することなく、ロイは望遠鏡の元へ向かった。夜目のきくロイはランタンなしでしっかりとした足取りで向かう。

ロイの住む小さなログハウスのそばには大きな望遠鏡がある。木と鏡で作られた粗末だが、恐らくこの世で1番緻密な望遠鏡。

ロイはそれを覗きこむと、詩を唄い始めた。



闇に織らるるは 燃ゆる石


七つがまあるく 並んでる


グリムに フィーニー ヘッグ ラスク

フレッグ スレイに ムィンとフィン


彼らは宵に隠れてる

明けには姿を現さん


だが 千に一度は明けにも消ゆ

星に時間が迫れるぞ


されば 宿り木をもって時を取り戻せ


国に大樹が芽吹くとき

空には星が増えるだろう


今は静かに眠らんか



それは澄み切った夜空に響き渡り、底なしの暗闇に吸い込まれ、星の輝きを増させた。

ロイは歌い終わると、使い込まれた鉛筆とスケッチブックを手に何やら色々書き込み始めた。今日の天気や星図、輝き具合などだ。天気は温度から湿度、風速まで。星図は寸分の狂いもないようじっくりと書いていく。そのうちに朝日がスケッチブックに明かりをもたらした。夕日とは違う、白っぽいさわやかな明かりが真っ赤なロイの手を照らす。その光は凍えきった空気の前ではランタンとしてしか機能してくれない。自分の凍え具合を目に見せられる分、夜明け前より寒さを感じる気がする。

早々と終わらせなくては。ロイは最後に星の輝き具合を書き込んだ。これはロイの長年培ってきた勘である。

パタン、とスケッチブックを閉じ、ロイは朝日に目を向けた。先程まで半分以下だった太陽はもうすっかりその全容をさらしている。


「おはよう、姉さん。」


ロイは目を細めて呟いた。

アウリラがいなくなって、7年になる。


***

ロイはログハウスに戻ると、再びベットに横たわった。星読みは日の入り直後と真夜中、日の出直前に行わなければいけないので、ロイは基本昼頃まで寝ている。だが、たまにそれに邪魔が入る。


「ローイ!ラウルよ!食糧持ってきたわ!開けてちょーだい!」


キンキンと頭によく響く声がドアの向こうから聞こえてくる。まだ朝早いというのに随分元気だ。


「待ってくれ、今開けるから。」


といっても、鍵など閉めていないのだから、簡単に開くのだが。


「ふぁ〜、寒い寒い。これ、どこに置けばいい?」


頭付きの熊の毛皮を被ってやってきたのは、このログハウスの立つ山の中腹にある集落に住む、ラウルという名の少女だった。彼女の持つ籠には盛り沢山に野菜やら瓶詰めが積まれている。


「その辺に置いてくれ。いつも悪いね。」

「全く、ほんとよ。よくこんなとこに住み続けようと思えるわね。」


ラウルは呆れたように呟き、コートを抜いだ。熊の頭から覗かせた彼女の髪は燃えるように赤い。とても綺麗な色であるのにその髪は乱雑にまとめられ、手入れされているようには見えない。

彼女は脱いだコートを放り投げると、勝手に暖炉に薪を足し始めた。薪を抱えるその腕は細いが引き締まっており、ロイより余程筋肉がついている。コートは投げ捨てても、腰から短剣を取ることをしないことを見ても、随分と男前な少女である。実際、髪を短くしたら、勇ましい少年に見えるだろう。

彼女は集落の長の娘であり、定期的にロイに食糧を届ける仕事をしていた。

ロイのログハウスは星を見るために山の頂上に建てられており、集落からは片道2時間ほどかかる。一応畑は耕しているが、標高が高くなるために寒さもより一層強くなるせいで、たいしたものは育たないため、こうして定期的に届けてもらっているのだった。


「朝ごはんは食べたかい?」

「一応食べたけど、もうお腹減ったわ。今から作るのなら、頂くわ。」


ラウルは暖炉の前の椅子に腰掛け、すっかり自分の家のように寛いでいた。彼女はもうかなり前からロイの家にものを届けているので、彼らは兄弟のような感覚でいた。ロイはほとんど人との関わりがないので尚更だ。彼は彼女以外に彼女の家族と姉しか知り合いというものがいなかった。


ロイは届けてもらった籠からいくつかの緑黄色野菜を、天井から吊り下げていた麻袋からじゃがいもを2、3個取り出すと雑に刻んで大きめの鍋に放り込んだ。


「何を作るの?」

「じゃがいものシチュー。」

「ロイの家に来るとじゃがいもしか出ないね。」

「仕方ないだろ。ここじゃ、じゃがいもととうもろこしくらいしか育たないんだ。あと、ハーブ。」


ラウルは肩をすくめると、短剣を手入れし始めた。誕生日に父親から貰ったものらしく、肌身離さず持ち歩いているようだった。


ロイは鍋に山羊のミルクとハーブをいれ、火にかけた。これで大体完成だ。あとは火が通るのを待つのみだ。


「ロイの料理はめちゃくちゃシンプルなのに不思議と美味しいよね。私なんか、母さんとやってもなんでも不味くなっちゃう。シチューはどうしてか茶色くなるの。」


ラウルは羨ましそうな視線をロイに寄越した。

彼女は女であるから、料理が上手くないことをとやかく言われることが多いのだろう。


「私は狩りの方が好きなのに。」


ラウルはよく父親と兄と一緒に狩りに出かけてるらしかった。女としてはとても珍しいことであると思う。姉は狩りにでかけたことはなかった。それどころか、動物の死体を見ると、失神せんばかりに悲鳴をあげてロイの背中に隠れる情けなさだった。

ラウルは女であるが、その狩りの腕前は確からしい。同年代の男よりもよっぽど上手く、そのことをたまに妬まれ、料理や裁縫ができないことをからかわれているようだった。


(だとしたら、僕も駄目だな。)


ロイも姉と同様、狩りに出かけたことがない。肉は全てラウルによって届けられたものを食べている。料理や裁縫は比べる相手がいないので得意かどうかは分からないが、困らない程度には出来た。


「別にいいじゃないか。狩りをすれば。」

「からかわれるのは嫌なの!」


ぷくっとラウルは頬を膨らませ、足をバタバタとふって怒った。というより、いじけた。


「たとえ君が料理が得意になっても、そいつらはからかい続けるよ。どうやったって、君がそいつらより狩りが上手いのは変わらないんだから。」


ロイがそう言うと、彼女は動きを止めて、目を丸くしてロイを見つめた。


「ロイはほんと変わってるよね。着眼点が違うよ。父さんにそれ言ったら、じゃあ料理もできるようになればいいって言われたよ。」


「人との関わりが少ないからね。そのせいじゃない?」


ぽこぽことシチューが煮立ってきた。部屋にシチューの優しい匂いが満ちていく。

軽くかき回し、木の器によそった。


「はい。」

「ありがと。」


ラウルはロイから器をもらうと胸の前で手を組み、


「星々よ、此度の恵みに感謝します。」


と呟き、勢いよくシチューを食べ始めた。

ロイもヴィーに餌をやると、手を組み、同じように呟いて、食事を始めた。ロイが1口目を食べ終わる頃には、ラウルは2杯目に突入していた。


この辺りでは、星が神聖視されており、信仰の対象となっている。ロイの住む山奥にわざわざ食糧を届けに来てくれるのも、ロイが星読みをやっているが理由であるだろう。


「今日の星々様達はどんなご様子だった?」


ラウルも同じく、星を神聖視する一族であるので、星に対して敬語を使う。


「いつも通り変わらずだよ。ただ、今日の夜は荒れるみたいだ。文にも書いて、伝えてはあるけど、ラウルからも言っておいて。」


ロイは星を読むことで、天気や近い将来の出来事などを占うことが出来る。星読みが終わったあとに、その日に読み取った内容をヴィーに文で集落に届けさせることで、ロイと集落は利害関係を成り立たせていた。ヴィーはすでに配達から戻ったあとで、餌を食べ終え、満足そうに羽根を広げ毛繕いをしていた。


「やだねぇ。雨がいっぱい降ると髪がまとまらなくなるんだ。いっそ、短く切ろうかな。」


ラウルはその赤い髪を指に巻き付けながら言った。ラウルの髪は下ろすと、腰までの長さになる。せめてもの女性らしさを残そうと伸ばしていたらしいが、ラウルの髪はくせっ毛であるので、そこまで長いと確かに邪魔だろう。


「勿体ないよ。せっかく綺麗な色なんだから。もう少しちゃんと手入れしたらいいのに。」


「そんなことないよ。この色は目立つから狩りには邪魔なんだ。ロイの髪のが綺麗で目立たないし、いいじゃないか。」


ロイの髪はストレートの銀髪だ。姉といたときの習慣で毎日櫛で梳いているから、ラウルより綺麗な髪をしているのは確かだろう。


(でも、ねぇさんのが1番だな。)


アウリラの髪は、ロイよりも輝きを放つ銀髪だった。長さは今のアウリラ以上あったが、傷んでいるところなどなく、どこを梳いても引っかかることがなかった。満月の下で長髪を揺らすその姿は精霊のように美しかったのを覚えている。


「、、、そんなことないよ。」


ロイの脳内には未だアウリラの姿を鮮明に残っていた。


そんなロイをラウルは気遣うように見つめる。彼女はアウリラのこともよく知っていた。彼女は一人っ子であるので、アウリラのことは姉のように慕っていた。それでも、その愛がロイより上回ることはなかった。ロイはひどく姉を慕っていた。何をするにも姉の後をついてまわり、姉のことは全て肯定した。


「ロイはこのあと何するの?」


室内を埋めようとした、重い空気をラウルは無理矢理吹っ飛ばした。


「ん?あぁ、このあとはまた寝ようかな。さっきは誰かさんに邪魔されちゃったしね。」

「なぁっ!ひどいわね!わざわざ食糧届けてやったんだから感謝しなさいよ!というか、また寝るの?つまんないわねぇ。」


ロイはラウルの不遜な物言いに微かに笑った。


「寝るほか、畑を耕したりするしかないもの。あとはヴィーとじゃれたりかなぁ。なぁ、ヴィー?」


ロイは器を置き、軽く手を伸ばすと、ヴィーはそれに応えるようにロイの腕にとまり、ぐりぐりとその小さな頭をロイの頬に擦り付けた。


「あなたの相棒は可愛いくていいわねぇ。私の相棒は言う事聞かなくてやんなっちゃう。」


はぁっ、と重々しくため息をついて、窓の外を指さした。大きな白い犬が雪に顔を埋めて、深く穴を掘っていた。

どうやら最近、狩りのために相棒として集落の人から譲り受けたらしいが、どうにもきかん坊らしい。


「でも、父さんの言うことは聞くのよ?全く不思議でしょうがないわ。今日だって、あの子に荷物運んでもらう予定が、暴れて仕方ないから、結局私が背負ってきたのよ。」

「辛抱強く付き合っていくのがコツだよ。」


ロイは苦笑しながら言った。ヴィーはそれに相槌をうつようにピィーと鳴いた。

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