第45話 霧の中に
晩ご飯が全員分完成したところで、ヒメは書類に書いてある通りに1 01号室を訪ね、ノックを2回する。
「ご飯ができましたー」
ハキハキとした声で呼びかけ、次の部屋に向かう。
「次は1 02」
番号を確認しながら歩みを進んでいると1 07号室のドアがゆっくりと開き、長い黒髪をゴムで結んだ20代の女性がパジャマ姿で右耳を綿棒で拭きながら出てきた。
ドアを閉め、不思議そうにこちらを見つめてくる。
「あれ? もしかして新しいヘルパーさん?」
「はい、今日から働かせて頂いています。ヒグラシヒメです。よろしくお願いします」
挨拶に対して女性は綿棒を耳から離し、こちらに向かって歩きながら「ニヒヒ」と笑う。
「私の名前はシンマコウ。これからよろしくね」
「はい、こちらこそ」
やはり牙が2本生えている。
つまりこのグループホームの住人は全員ヴァンパイアなのだと確信した。
とんでもない職場に来てしまったと後悔しつつ、仕事を全うするため動く。
「じゃあ私晩ご飯の方を呼ぶのでここで失礼しますね」
「うん、じゃあねぇ」
コウはふわふわした様子でリビングに歩き出し、綿棒をゴミ箱に捨てに向かった。
(シャンプーの良い匂いがしたなぁ。あんなにふわふわした感じだけど美容には気をつかってるのか。私も見習わないと)
こうして彼女の仕事は始まった。
怪物達に囲まれながらの生活に不安が残る。
しかしせっかくもらった仕事、やらねば損だと感じるのだった。
次の日、救いの暗示が転校生として2年1組の教室に入る。
「失礼します」
ヒメとの練習通りに挨拶をした後、自己紹介をし始める。
「ヒグラシヘルプです。能力は自分自身の身体能力強化です。これからよろしくお願いします」
ヘルプと言う名前と髪の色で生徒達は外国人とのハーフだと勘違いするが、それは彼女にとって馴染むために都合が良かった。
「ヒグラシさんの席はテルカワさんの隣だよ。さあ座って座って」
男性の担任に言われるがまま、席に座るとテルカワと呼ばれた黒髪の少女がこちらを笑顔で見る。
「ヒグラシちゃんで良いかな?」
「ヘルプで良いわよ。名字で呼ばれるのは慣れてないの」
微笑みながら救いの暗示は説明すると彼女は「分かった〜」と返事を返す。
「じゃあヘルプちゃんって呼ぶよ。私はキリアって言うの。よろしくね」
「えぇ、よろしく」
授業が始まり、慣れない手つきでランドセルから教科書などを取り出すと、机にしまうのだった。
算数、国語、からっきしだったが、体育はずば抜けて優秀な成績を出した。
軍に鍛えられた肉体がここで生かされるとは思いもしなかった。
放課後、ランドセルに荷物を詰め、体操着が入った巾着袋を持ってシェアハウスに帰ろうとする。
「ヘルプちゃ〜ん、一緒に帰ろう〜」
キリアの声掛けに対して、彼女は笑みで返す。
「うん、分かったわ」
2人は教室から廊下に出ると、話をしながら歩き出す。
「ヘルプちゃんってすごいよね。足があんなに早いなんて」
「能力を使いこなせるように練習してるからだと思う。それにしてもこの学校には色んな能力を持ってる人がいるのね。キリアさんはどんな能力を持ってるの?」
「えーと、そのー」
なにやら言いたくなさそうな口振り、これ以上踏み込むのは得策ではないと判断し、口ごもる。
「あー気にしないで、私の能力を聞いた人はみんな怖がっちゃうの」
「それぐらいすごい能力だってことでしょ。私が言うのもなんだけど」
下駄箱から靴を取り足に履くと、校庭に出る。
キリアの能力を把握する必要はないと考え、帰宅に専念する。
そうこう話している間にキリアの家に到着した。
「じゃあヘルプちゃんまた明日〜」
「えぇ、また明日」
家の玄関に行くのを確認し、シェアハウスに意外と近かったことに驚きつつ、歩みを進める。
すると濃い霧が立ち込め、人の気配が一瞬のうちに大量に出現した。
「お前か、ボスの新しい同級生と言うのは」
よく見えないが、黒いローブを着た集団が様々な刃物を持っている。
「あなた達は?」
彼女は知っていた。
こいつらは人間でなければ主人公でもないと。
そして発言で理解した。
これこそがキリアの能力なのだと。
しかし相手を把握するためあえて知らないフリをする。
「我々はボスを守るために存在する。もしお前が危害を加えるような素振りを見せたら、真っ先に殺す」
左手を拳にし、皮製のグローブから鈍い音を鳴らす。
(なるほどね。彼女が自分の能力を言いたくない理由が分かった気がするわ)
人格が実体化する能力。
それは人にはとても言えない能力。
彼女が人に都合が悪いことをされた時、こいつらが隠れて殺している。
この大量の人格がバラバラに行動することで脳の負担が膨大になる。
そうなれば寿命が縮のは明白だった。
「我々は仲良くするなとは言っていない。これから学校生活をする上で気をつけてもらえば良いのだ」
「分かったわ。あなた達に殺されるなんて真っ平ごめんだもの」
この数を相手にして勝てるかどうかと冷や汗が出る。
「意思を確認した。これからボスをよろしく頼む」
霧が晴れていき、それと同時に彼らの姿が消失した。
(あいつらの監視に怯えながらキリアさんと付き合っていく。機嫌を損ねる行為をすれば殺される。それを恐れてみんな手を出さない)
彼女の能力範囲ではなにも言えず、それを自分自身は望んでいない。
救いの暗示は深いため息を吐き、神速で一気にシェアハウスに向かうのだった。




