第4話 主人公補正
〈の殺人〉と名のつき、作者が〈ミカイテルオ〉と書かれた作品はただのライトノベルではない。
あとがきまで読み上げ、選ばれし者に主人公のマスターになることが強制される。
〈正義の殺人〉の物語に、ヤマダセイギは感化された。
内容はと言うと、正義の味方で、悪を感知できる主人公が戦いによって日に日にやつれていき、悪だと認識した者をお構いなくすべて殺戮していくパニック物である。
中古ショップで購入した〈正義の殺人〉を何度も読み返していた。
だが最後には主人公が死んで幕が閉じる。
主人公は作品の主人公その者。
自分の事を友と思ってくれている正義の暗示が1番の支えだった。
もちろん母親や父親には感謝している。
しかし対応があまりにも遅い。
環境についていけず、教師の対応も劣悪。
いじめっ子を殺してやりたいと常日頃思っていた。
そんな時出会ったのが〈正義の殺人〉だった。
この作品の影響は大きく、さらに正義の暗示が現れた事により、この惨劇を引き起こした。
彼はマスターとしてまともなことをしている。
なぜなら殺人こそ主人公達にとっての喜びであり、義務なのだから。
すべての悪を倒し終えた正義の暗示は血が滴る体育館をゆっくりと出ると、スワット達に囲まれる。
「お前には射殺の許可が出て…………」
「お前達には用はない。スピードアップ」
ベルトの右サイドスイッチを叩く。
両足の血管が浮き出てくると、「トォー!」と声を上げながら高く飛び上がり、校庭から脱出を試みる。
だがスワット達がショットガンを構え、校門で待ち構えていた。
「トォー!」
再び高く飛び上がり、武装車を踏み越え、アスファルトの道に右膝をつけ、スタッと両手を広げ着地する。
スワットが振り返った時には、すでにターゲットを視認できなくなっていたのだった。
一方その頃ヒメは救いの暗示を〈救いの殺人〉に戻し、自分のクラスの教室に足を運んでいた。
ツンとくる血の匂い、生徒達の遺体を見て、自分の未熟さを痛感させられる。
もっと早く主人公に気づいていれば、救えた命だったと言うのに。
食べかけのお弁当、教科書、その他諸々をスクールバッグにしまい、救えなかった罪悪感に押し潰されそうな気持ちを背負いこむ。
教室を出るとそこには、黄色のフレームのメガネをかけたボサボサな茶髪の女子が待ちかねた様な表情をし、小走りでこちらに近づいてきた。
彼女はシブヤコサメ、ヒメの後輩にあたる高校2年生。
ヒメの事を「ヒメ先輩」と名前で呼び、放課後になればべったりとまるで百合とも捉えられかねない好意を寄せてくる。
いわゆるデレデレのデレだ。
「ヒメ先輩ー! ヒーローみたいのが襲ってきて怖かったですー!」
いきなり抱きついてきたコサメに、慣れっこな彼女は柔らかな表情で頭を優しく撫でる。
「よしよし。さあコサメ、ここから脱出しないと、またあの化け物に襲われるよ」
「はい!」
抱きつく腕を離し、共に校庭へ向かう。
するとスワットの3人が階段を上って来た。
「こちらチームD、生存者を発見、直ちに救助する」
『分かった。速やかに事にあたれ』
無線で連絡を取り、彼女達を保護する。
事件は生存者にトラウマを植え付け、追悼の儀が行われた。
高校の再開の目処は立っておらず、実質閉鎖となった。
ニュースでも取り上げられ、世間に事の重大さを伝えた。
犯人であるセイギは罰を受けることもなく、再び正義執行を正義の暗示にやらせている。
この世に悪が栄えた試しはないとは良く言ったものだ。
主人公は栄え続けている。
一つ一つの事に自衛隊が動いてくれるはずがない。
警察ではハズレの主人公ですら対処できない。
マスターである彼ら、彼女らは犯人だと思われずに誰でも殺せる。
そんな状況をマスター以外の人間は知らないのだった。
夜のコンビニ。
アルバイト定員の女性がチャイムの音と同時に開く自動ドアを確認すると、そこにはトゥーンを感じさせる白塗りの笑った仮面を付けた黒いパーカーを着ている男性がいた。
左手には革製でボロボロのバッグ、右手には金色のサプレッサー付きの同じく金色の装飾が付いた白いオートマチックガンの銃口をこちらに向けている。
「さあ、お金を出してもらいましょうか」
「てっ、店ちょー!」
突然の強盗の来襲に、女性は店裏にいる店長を呼びながら逃走しようとする。
だが体がポップに爆発すると、100円玉に姿を変えた。
男性は支払いコーナーに乗り込み、100円玉を拾うと、レジを強引に開け、サイレンの音を無視して金をバッグに詰めていく。
すると店長の男性が鬼の形相で店裏から出てくる。
「強盗めー!」
殴りかかってきた店長に強盗は邪魔だと言わんばかりに再びポップに爆発させ、なんと500円玉に変えてしまった。
3分ほどで強盗をし終えた彼は、スッと跡形もなく消えてしまうのだった。
橋の裏にある不法に建てられた家に祀っているライトノベルから出てきた強盗はホームレスの老人の男性に金が入ったバッグを渡す。
「マスター、今回の収穫です」
「いつもありがとう。金の暗示のおかげで飢え死にしないで済む」
感謝で目を輝かせるマスターに、主人公である金の暗示は両手を振りながら「いえいえ」と謙遜する。
「私がこの世に存在できるのはマスターのおかげであり、私の存在理由ですから」
そう言って〈金の殺人〉の中に入ると、静かに待機するのだった。