第24話 黒髪の少女「前編」
夜、自分の部屋でベッドに寝そべりながらヒメは支配者の暗示に渡された〈残酷な映画の殺人〉を読んでいた。
(これは誰も最後まで読めないでしょ)
なぜそう断言できるのか。
それはかなりグロく過激な表現が使われいるからである。
内容としては殺人鬼である主人公があの手この手で人を殺していく、まさにスプラッター映画を彷彿とさせるホラージャンルのライトノベルである。
(よくもまあこれが商品化できたもんね。でもあんな目にあわされたんだから、謝罪ぐらいはしてもらわないと)
どうせ暇だし、そんなノリで読み続けること1時間、半分ほど読み終えた感想としては、とにかくグロくそして猟奇的で、とても〈救いの殺人〉の作者とは思えない作品であることが分かる。
ため息を吐く彼女に、救いの暗示は〈救いの殺人〉から飛び出し、ベッドに腰掛け、不思議そうな表情を見せた。
「それ以上読んでヒメになんの得があるの?」
「得って………とりあえずこいつに私達へやったことを謝らせる。そして専属の執事にしてやるんだから」
その回答に表情を緩ませ、クスクスと笑い「意外ね、ヒメがそんなことを言うなんて。もしかして新しい趣味?」と冗談混じりの言葉を掛ける。
そんな中「ふーう」と息を整えるヒメ。
「せっかく主人公が手に入ったんだもの、2人でこき使ってやりましょうよ」
「それもそうね。ふふ、ヒメがこいつのマスターになるのが待ち遠しいわ」
2人の会話を聞いた残酷な映画の暗示は一体なにをさせられるのか、 そして自分のやっていたことが否定された屈辱を味わうのだった。
一方その頃、減少の暗示が就寝後、ケンイチは録画していたニュース番組、シンジツを熱心に見ていた。
主人公の情報が一目で分かるこの番組を観れば主人公狩りに必要な情報が得られるからだ。
(あの時、支配者の暗示に助けてもらわなければ僕達はとっくに死んでいた)
思い返せばあれは危機的状況だった。
3人の主人公に囲まれ、銃を向けられた。
減少の暗示の能力である意味は徐々にものを減少させる。
微調整ができる分効き目が遅いため、不意打ちで使われる。
しかし意味を発動する隙などなかった。
そんな時現れたのが 支配者の暗示である。
主人公達の動きを止め、家まで護衛してくれた。
減少の暗示 の意味によって主人公狩りをしてる者とはつい知らずに。
(明日は妻と娘の命日だな)
彼にはかつて妻とお腹の中に娘がいた。
幸せだった。
新しい命が生まれる幸福がそこにはあった。
ある日の事、娘を出産しそうになった妻が救急車で運ばれた。
だが装甲車が猛スピードで前から突っ込み、吹き飛ばした。
アスファルトの上に叩きつけられ、グチャグチャになり、大爆発を引き起こす救急車。
その光景を見た突っ込んだヘルメットを付けた運転手は笑いながら装甲車のアクセルを踏んだ。
仕事で遅れてしまい、病院に着いたのは9時ほど。
「カワギです。妻はどこの病室にいますか?」
ケンイチの質問に看護師は難しい表情を向けながら残酷な真実を告げる。
「奥様は残念ながら亡くなられました。交通事故だったそうです」
絶望でしかなかった。
妻が死んだと言うことは娘も…………
その後警察が家にやってくるが収穫はなく、未解決事件として扱われた。
同僚にも励まされ、なんとか生きる気力を保つことができていたが、なにを思ったのか暇つぶしにライトノベルに手を出した。
タイトルは〈減少の殺人〉。
買った理由は表紙のワンピース姿をした少女を見ることが叶わなかった娘と照らし合わせたからだ。
(僕はバカだな。たかが絵の女の子に心惹かれるなんて。もしかしてロリコンにでもなったのかぁ?)
家に帰り、冷凍食品のチャーハンを電子レンジで温めている間に、〈減少の殺人〉のビニールを剥がし、読み始める。
内容としては主人公である少女が能力を使って事件を解決すると言う物。
(これは時間がかかりそうだなぁ。ごはんを食べてからまた読もう)
ページ枚数は400強あり、読み応えは十分。
本棚に〈減少の殺人〉をしまうと、底が深い皿を食器棚から取り出し、テーブルの上に置き、ため息を吐きながら鍋掴みを手にはめ、チャーハンが入った袋を持って行く。
「なんで、なんで犯人が捕まらないんだ!」
怒りが頭痛を引き起こし、食事を体が要求してくる。
袋を開け、チャーハンを皿に移す。
「いただきます…………」
チャーハンをやけ食いし始めるケンイチ。
このしょっぱさはチャーハンからか。
いや、これは涙の味だ。
彼は涙を流していることにも気付かず、黙々と食べ続けた。
「ごちそうさま…………」
食事を終え〈減少の暗示〉を気晴らしにベッドで寝そべりながら読んでいると、あっという間に深夜0時を回っていた。
(あともう少し、あともう少しで読み終えるんだ)
最後のシーン。
少女は歳をとり、子どもに見送られながら病室で亡くなる。
本来自分もこうなるはずだった。
子どもに心配されながら死んでいく。
そうなるはずだった。
急に虚しくなり、意味深なあとがきを読んだあと棚にしまい、電気を消してベッドに横になった。
朝起きるとパジャマに着替えていないのに気づき、シャワーを浴びに風呂場に向かう。
するとリビングの方からテレビの音が聴こえてくる。
「あれ? 昨日はテレビなんて点けてないはずなんだけど」
リビングの扉を開けると、そこにはワンピースを着た短い黒髪の少女がニュースを観ていた。
ドアの開く音でこちらに振り向くと、笑顔をケンイチに見せる。
「おはようございます。パパ」
この状況に彼は動揺を隠せなかった。
突然現れた少女が自分の事を「パパ」と呼んだ。
頭がこんがらがり、考えが追いつかない。
(と、とりあえず警察に)
電話をするため充電機に繋がっているスマホを取ろうとする。
しかしそのことをいつの間にか忘れている。
(うん? 僕はなにを?)
「パパ、早く支度しないと会社に遅れますよ?」
確かにそうだとシャワーを浴びに風呂場へ向かう。
(あの子は一体誰なんだろう? どこかで見たような)
そんなことを思いつつ、服を洗濯機に入れ、風呂場に入ると、体を洗い始めるのだった。




