第2話 狂った正義
(そのスピードなら、なんとかなる)
肉眼で捉えきれない?
それは人間の話。
主人公である彼女には分かる。
全速力で迫ってくる正義の暗示の姿を。
(もらった)
救いの暗示は右手のサバイバルナイフを逆手に持ち替え、カマイタチが如く肉眼では捉えきれない勢いで左に振るう。
だが状況は正義の暗示も同じ。
シューティングシルバーでサバイバルナイフを押し返し、救いの暗示にトリガーを弾こうとする。
それに対して黒き銃口をすでに正義の暗示に向けていた救いの暗示はトリガーを弾く。
攻撃が先に当たったのは…………
「なかなかやるな…………」
救いの暗示の銃弾だった。
正義の暗示の腹部から風穴が開き、血が流れ出す。
「しかし、この程度で死ぬほど俺はやわじゃない」
「正義の味方だから、そんな理由で自分が死なないとか思っているの? あなたがどんな物語の主人公だったのかは知らないけど、今の世界で通じるものじゃない」
その発言に、正義の暗示は正論だと感じつつ、自分の存在意義がなくなっていく気がした。
「俺が…………俺達が正義だ! 悪は絶対に許さん!」
シューティングシルバーをベルトのスクリュー部分に収納し、左手をかざす。
すると金色のビームサーベルを取り出し、救いの暗示に向けて振りかぶる。
「ブレードゴールド!」
ビームサーベル、ブレードゴールドを振り下ろすと、高く飛び上がられ、電灯を踏み台にし、サバイバルナイフで斬りかかりながらオートマチックガンを連射される。
だがブレードゴールドで銃弾を正確に、それでいて手早く斬り払い、サバイバルナイフとぶつかり合う。
刃と刃が擦れ合い、火花が散る。
宙に浮いているため救いの暗示がわずかに力負けし、吹き飛ばされる。
くるりと一回転すると、体操選手の様にキレイな姿勢で着地。
タプンタプンと揺れる胸を気にせず、マガジンを放り捨て、主人公特有の能力、次元の裂け目を開くと銃弾が装填済みのマガジンを取り出し、オートマチックガンにリロードする。
「こいつ、やっぱりアタリの部類ね。安心して、すぐにあの世に送るから」
「その必要はないよ救いの暗示。だってここにマスターがいるんだから。でしょ、後ろでこの戦いを見てる支援級の男子君」
ヒメが指差した男子は静かにため息を吐く。
「なんだよ。僕がなんで君の言う化け物の主人だと思うんだい?」
「見えちゃったのよ。あんたが持ってる本のタイトルを。確か、そう、〈正義の殺人〉。化け物の主人、つまり主人公のマスターは必ず何かしら〈〇〇の殺人〉と付くラノベを持っている。合致するのは正義の暗示と言う名前と持っているラノベのタイトル。あんたがマスターである根拠が私にはある。だから…………」
その続きを言おうとしたヒメ。
だがそれを遮る様に、後ろを振り返りゆっくりとその場を離れていく。
「君はそれで勝ったつもりなのかな? ここには防犯カメラなんて存在しない。あったとしてもこの話はマスター以外にとって通じない物なわけ。僕を犯人だと突きつけて、自分の首を絞めることになっても知らないよ。正義の暗示、主人公とそのマスターは任せた」
「分かった。今すぐ片付ける」
逃げ出す男子は手を振った後、廊下を左に曲がる。
「待ちなさい!」
ヒメは男子を急いで追いかけ様とする。
「逃がさん! スピードアップ!」
正義の暗示は右サイドボタンを押し、足の血管を浮き出させると、廊下の床を破り、ヒメに向かってブレードゴールドを振り下ろそうとする。
だが銃声と共に銃弾をくらい、足を止め、痛みに叫び声を上げた。
「相手は私、さっさとかかって来なさい」
「お前達の様な悪はすべて俺が倒す! いくぞ!」
後ろを振り返り、昭和のヒーローを思わせる小ダサいポーズをとる。
それはまるで〇〇ライダー1号を彷彿とさせた。
「だから、来るなら来るで無駄な時間をとらせないで。私はあなたを早く始末したいの」
「俺のファイティングポーズが無駄な時間だと!? はぁー。まあいい、覚悟しろ!」
救いの暗示に飛びかかり、ブレードゴールドで貫きにかかる。
(単調、人間しか殺してきてないのが丸見え)
向かって来る正義の暗示の動きがまさしく昭和ヒーローの様にワンテンポ遅れている。
これは倒すのも簡単だろう、そう思っていたその時。
「動くな!警察だ!」
ようやく到着した男性警察官1人がリボルバーを両手で構え、正義の暗示に銃口を向けている。
正義の暗示は足で床を踏みしめ、静止、警察官の悪のレベルを計測する。
「警察官の中にも悪は存在する。たとえ職務を全うしているとしても、俺はB以上の悪に容赦はしない! スピードアップ!」
ブレードゴールドを収納し、ベルトの右サイドスイッチを叩くと足から血管が浮き出て来る。
感情が高ぶり、吠えながら左サイドスイッチを叩く。
スクリューが回転し、黄色のラインからエネルギーが両足に伝達される。
顔の塞がれていた口部分がクラッシーオープン、救いの暗示そっちのけで警察官に飛びかかる。
「ジャスティスキッーーーーーーーク!!!」
右足によるドロップキックが警察官を大きく吹き飛ばし、爆散させた。
床に着地し、ゆっくりと立ち上がる正義の暗示を見て、救いの暗示は鼻で笑う。
「それがあなたの正義? 他の主人公と対して変わらないのね」
「俺の正義はマスターであるセイギと共にある。一緒にしないでもらおうか、人殺しを楽しむあいつらと!」
正義の暗示は強く右手を拳にすると、救いの暗示に殴りかかるのだった。