狂った幼なじみ
俺は、それを黙って見ていた。叫び声をあげることも、なく。言葉を失う、という表現があるが、人というのは、本当に怖い思いをしたり驚いたときには、声は出ないのだと、いうことだろう。
足が震える。目の前の少女が持つナイフには、血がべっとりとついていて……返り血だって、ついていた。
『ほーら、れいも!』
『え、えっ……?』
なにを思ったか、そいつはおもむろに両親の体を触り……手に、べったりと血をつける。それを、俺の体に塗り込み始めたのだ。
『な、なにする、の!』
顔や服に、生暖かいものを塗られていく。恐怖が、俺から逃げの選択肢を奪っていた。
今思えば……これは、自分にだけ返り血がついているのをごまかすために、俺にも血を塗り込んだのだろう。7歳の子供にそんな知識があるのかはわからないが、そうとしか考えられない。
『さて、と……パパー、ママー!』
それからのことは、ぼんやりとしか覚えていない。物を投げて窓を割り、どこに持っていたのかライターを、取り出す。火をつけ、辺りに引火する。
本の多かった部屋では、あっという間に火が燃え広がり……両親が、炎に包まれていく。
隣の家の異変に、娘の悲鳴に、芹澤両親が駆けつけてくるのは必然だ。
火をつけ、証拠を消した。返り血の姿で玄関から堂々と出て、自分たちも被害者だと装った。窓を割って、犯人が逃げたと思わせた。
違う、犯人は逃げてない。ここにいる……その言葉は、出てこなかった。
『つらかったね……これからは、ウチで暮らすといい!』
『私たちのことを、家族だと思っていいのよ』
行き場の失った俺を想い、涙を流していた二人に……あんたたちの娘が俺の両親を殺した、なんて言えなかった。
仮にそう訴えたとしても、子供の戯言と切り捨てられるだけ。7歳の子供がどうやれば大の大人を殺せるのか……両親が死んだことで精神が混乱している……そう、言われただろう。
あれから10年……子供の戯言と切り捨てるにはそう判断しにくい年齢になったとはいえ、今さらなんて言えばいいのかわからない。あの女は異常者だが、おじさんとおばさんは本当によくしてくれる。
たとえ異常者でも、娘が殺人犯と言ってあの二人を悲しませるのは、気が引けた。それを信じようと信じまいと、口にしたが最後、もう俺をここに置いては、くれないだろう。