第08話 ニート妖精はじめました。
「まだお昼前だし、軽食にしましょうか。アイスクリーム食べましょ。クレープもいいわねえ」
翌日の千葉駅周辺。
『コイン・クリエイション』で資金を得たカナサと、おれことリコスは、付近を散策している。
学校は完全にさぼってしまい、親の金……妖精術のみなもとは女王と妖精界から送られてくるので、それを使って遊んでいる。おれ、知ってる。これ人間界でいうところのニートってやつだ。
いまのおれはニート妖精。いや、もしこれが現実なら単にニートになってしまうのか。やだなあ。
顔に出ていたのか、カナサがおれに語りかけてくる。
「なに辛気くさい顔してるのよ。今日は夜まで遊ぶわよ!」
「そ、そんなに娯楽のあふれる町なのか。すごいな人間界」
「うふふ……遊びの種類に関しては、きっと人間の世界ってどんな世界よりも先をいっていると思うわよ」
「なるほどなー、案内よろしく」
手を引かれて、おれは空が隠れて見えない建物に入っていく。
あまりにも広大な建物だった。
さすがに知っているエレベーター。これが地下にひとつ。上階に向かって10もあった。それぞれの階……フロアと呼ぶらしいが、には広々としていて、かつ窮屈な感じも受けるさまざまな形態のお店が並んでいた。
正直くらくらする。
地下一階で買ったクレープという、なんというか薄い黄色の生地を折りたたんで中に白いクリームやバナナやチョコレートといった甘いものを詰め込んだ食べ物を片手に地下一階を歩いている。
行儀が悪いような気もするがいいのだろうか。
怒られたりしない? その辺、おれは気が小さいのだが、カナサは気にしていない様子だった。やっぱり育ってきた環境の違いだろうか。それとも生まれつき?
「いやあ、やっぱりスイーツは心のオアシスよね」
「さっぱりわからないんだけど」
「妖精って果物に強いイメージがあるんだけど、偏見だったかしら」
「おう、言っただろう。野菜ばっか食べてるって」
「あら、健康的でいいじゃない」
「そういう問題?」
いろんな食べ物をごちそうになった。
クレープにはじまり、ショートケーキにカステラにエクレアにシャーベットにシュークリームにゼリーにうっぷ。
「なあ、まだ食べる気? おれもう無理……」
「あら、まだお腹半分ってところよ? それに楽しいでしょ、食べ歩き?」
「……最初は楽しかったけど、いまは腹がくるしい……」
「貧弱ねえ」
いや、どう考えてもあなたがおかしいんですよ、とは言わなかった。
妖精術を失って、すべてを任せているのに、あれこれ意見するのはおれの性分じゃない気がしたから。
服屋を見た。
本屋を見た。
スポーツ用品店を見た。
雑貨屋を見た。
外に出て、ゲームセンターというやたら耳が痛くなる場所にも行った。
お昼ご飯に外食ということで、ファーストフードなるものも食べた。うっぷ。
食後は、またゲームセンターに戻った。何件もあって違いを探るのが楽しい。
映画というおおきな紙に映し出された映像を見て圧倒された。音もすごい。
いろんなことを経験して……やっぱり人間って大変なんだなと思いながら、帰路についた。
電車は相変わらず苦手だ。
「疲れたでしょ」
「おう……」
「それが狙いだったし……」
「おう……」
「あれっ、反応がうすいぞ?」
「おう……」
おれは疲れて眠ってしまったのか、目の前が真っ暗になった。
隣の席にある肩に頭を乗せると、いい匂いがするし、高さもちょうどよかったし……ああ、疲れた。
妖精もたいへんね、そんな声が聞こえた気がした。
わたしもちょっと寝よう……、消えるようにつづけて聞こえたような気がした。