第05話 人間の生活(2)
リコスを家に招いてから、わたしは夜に眠ると同じ夢を見ている。
たまたま人間界に降りた妖精の男の子が、妖精を探す女児と出逢い、いっしょに遊ぶ夢だった。この夢は現実をもとにできた夢であって、妄想や知識などから勝手につくられたものじゃない。
夢のなかで互いの願いを言い合いながら、わたしたちは公園の遊具などで遊んだ。妖精の男児は人間になるのが夢になったと言っていた。わたしの願望、つまり妖精になりたいというのもこの時からな気がする。
「ねえ、妖精ってどんな気分なの?」
「そりゃあ人間ってどんな気分なの、って聴かれてるのと同じだぞ」
「それもそうね。妖精でよかったと思えることってあるかしら?」
「うーん、死なないことくらいじゃねーの。だからだらだら生きるやつが多い」
「死なないんだ、うらやましいな」
「馬鹿いっちゃいけねえ。おれは人間がうらやましいね。いつ死ぬかわからないから必死になっていまを生きる。すげーし、輝いていると思うわ」
互いに互いのうらやましいことを言い合って、いつも平行線だった。だからこそわたしは自分が妖精になって、妖精の生き方をしてみたいと思った。
彼はどうなのだろう、といつも思う。
彼はせっかく妖精なのに、人間になることを目指しているという。煩雑な社会で嫌になる人間を目指すなんて、よほど変わってると、当時は思ったものよ。
「ふっふっふー。妖精術がまたうまくなったんだぜ。なにかしてほしいことはあるかよ?」
「そうね、未来をあやつる術なんてあるかしら?」
「げっ、習得澄みのなかでも最大級にむずかしいやつだぞ……」
「できない?」
「まあやってと言われたら断るおれじゃあない。で、どんな未来だ?」
「夢じゃなく現実世界で妖精さんと会ってみたいの」
「あ、それなら割と簡単かも。因果律とか小難しいもんが絡んでくるはずなんだけど、ただ会うだけなら影響は少ないだろうしいけると思う」
「じゃあお願いできる?」
彼はわたしのおでこに指先をつけて、何かを唱えだしたの。わたしのなかで妖精を求める願望が強くなっていった気がしたわ。
せっかくの夢なんだし、わたしも代わりのお礼をしなくちゃと思ったの。なにをすれば喜んでもらえるかしら。考えてみたけれど、答えは出なかった。夢のなかでくらい都合がいいようになってくれればいいのに。
「ごめんなさい、お礼をしたいけれど思いつかないの……」
「いや、もうもらってるぜ?」
「えっ?」
「おれは妖精術のなかでも夢に関することを自主的に調べてんだ。あんたがどれだけ人間の生活で苦労して、どれだけ妖精の生活を切望しているか伝わったよ」
「じゃあ人間になるのはあきらめるのね」
「いや、おれは人間を目指す」
彼がなにを言っているのかわからなかった。
せっかく妖精に産まれて、不自由なく育ったはずなのに、あえて不自由の塊とでも言える人間になりたいなんて理解できないわよ。
顔に出たのだろうか、彼はにんまりと笑った。
そして続きを語った。
「人間っておもしろいよな。合理性がうすいというか、損得の行動が会ってないんだよ。そんな生物、動物のなかじゃ人間がトップクラスで変だ。おれは変を楽しみたいのさ」
「……ごめんなさい、理解できないわ」
「まあそんなもんだよ」
「そういうものかしら」
辺りが急に明るくなった。
もう夢から覚める時間だ。
わたしが起きると、隣の床に布団を敷いて寝ていたリコスも目を覚ましていた。
「リコス……おはよう」
「おう、おはよう、カナサ!」
落ち込むわたしとは正反対に、彼はいつも明るい。
わたしと違って夢を見ていないのだろうか。
いないんだろうな。
悩みがないってほんとうにうらやましい。
「フレンチトーストでいいかしら?」
「あの甘いやつか! ぜひ頼む!」
この世間知らずの妖精は、特に食に関してまず興味を見せた。
スキヤキしかり、フレンチトーストしかり。
まあ人間の三大欲求って、食欲、睡眠欲、知識欲だったような気がするし、正しいのかな。
「で、カナサ?」
「なに?」
「おれ、そろそろ家で留守番だけじゃなく、学校に行ってみたい」
「……とっても難しいと思うわ」
妖精なのに人間になってしまった青年は、また頭痛の種をまいたのだった。