いきなり王都? まだチュートリアルなのに!
バックヤード地方の領主は、サイクロプスを追い払ったという少女の話を完全に信じていなかった。
というかたくさんある仕事の内一つ、たくさんある民衆からの苦情の一つだと思って、記憶にも残していなかった。
しかし、騎士見習いの四人がその少女と一緒に、大量のメタルアントの頭部を持ち帰ってきたのなら、話は完全に別である。
メタルアントと言えば、数多いるモンスターの中でも危険な種族である。
お世辞にも借りが得意とは言えないが、たまに大量発生して周辺を食い荒らすのだ。
勝手に自滅するのならいいのだが、周辺の田畑や人里まで襲うから始末が悪い。
もちろん、倒そうと思えば倒せないわけでもない。
個体としてはそこまで極端に強いわけではないし、とても頭が悪いので駆除するのも簡単だ。
しかしそれは、火薬や油を用いた罠によるものであり、真正面から駆除をするというものではない。
魔法による攻撃ならともかく、人力でメタルアントの装甲を壊せるものなどそうはいない。
ましてや群れに突撃して全部を殴り殺すなどありえない。
その一方で。
戦利品としてオーリが持ち帰った大量のメタルアントの死骸は、実際殺されたものだった。
魔法で燃やしたとかではなく、明らかに打撃によるものだった。
もちろんなにがしかの策を用いれば不可能ではないが、そんなことができる『技量』など新人四人にあるわけもない。
もういっそ、実際ルーシーの守護霊が凄い、の方が納得できる話だった。
「まさかメタルアントを殴り倒せるほどとはな」
「オーリはともかくキリンやレイキが嘘を言うとは思えません」
領主と騎士団の団長は、四人から報告を受けてそう受け止めていた。
なお、その発言からして四人に対する信頼の差は明らかである。
しかし問題があった。
ルーシーを含めた五人には賢が見えるらしいのだが、領主にも騎士団の団長にも見えないということである。
「ああ、その、ケンとやら。お主のことは影も見えんが、いったんルーシーに力を貸して見せてくれ」
『……わかりました』
「あ、貸してもらえました」
恐縮していたルーシーは、格闘家の力を借り受けたことを知らせる。もちろん、見た目には変化などない。
怪しまれていることを感じた彼女は、あわててメタルアントの頭部を手にもつ。そして……両手で万力のように押しつぶした。
騎士の兜より頑丈とされるメタルアント、その頭が目の前でつぶされるところを見て、流石に二人とも仰天する。
「ど、どうですか?」
「どうもこうも……領主様、もう三個ほど試してもらいましょうか?」
「いや、いいじゃろう……しかし凄い力じゃのう……」
ものすごくわかりやすかった。こうして実演されれば、誰も賢の実在を疑うまい。
しかしこうなると、なぜ四人にだけは見えるのかという話である。
そうなれば、やはり頼りになるのは専門家だ。領主専属の魔法使いに招集がかけられ、ルーシーと四人を見てもらうことになった。
「……うわあ」
眼鏡をかけた女性、三角帽子にローブ。
なんとも魔法使いチックな女性にたいして、ルーシーはあこがれの目を向ける。
その一方で専属魔法使いは、ドン引きしていた。
「あの……たしかにすごい霊が彼女に取りついています。こんな強い霊、見たことがありません」
「ほう、やはりか?」
「ええ、この眼鏡には霊視の力があるんです。どうぞ」
「うむ……うわあああ?!」
「領主様、私も……ひぃいい?!」
どうやらルーシーや四人とは見え方が違うらしく、賢が宿している膨大な力を観測したらしい。
領主も団長も、ルーシーの脇にいる賢におののいていた。
なお、賢は微妙に傷ついている。幽霊なので仕方がないが、だとしてもリアクションがきつい。
他人から怖がられて、いい気分にはなれないのだ。とはいえ、他人から怖がられていい気分になるのはどうかと思うのだが。
「それにしても、その見習い四人に霊が見えるとは思えません。先天的に霊を見る力が備わっている者もいますが、彼女たちにそんな力はありませんし……」
ぼろくそに言われてへこむ四人だが、実際今まで霊など見えたことがない。
確かにありえないことなので、彼女たちもいよいよおかしいと思い始めていた。
「私の眼鏡のように、何か特別なアイテムでも持っているのかしら……」
そして、流石にそこまで言われれば、全員があっと顔を見合わせる。
自分の胸元を探り、しまっていた首飾りを見せた。
「実はこれ、ちょうどルーシーちゃんを迎えに行く前に、出店で買ったものなんです!」
「出店の人は、五個でセットだって言ってて……」
「黒い髪に、黒い眼をして、とても強そうな人でした」
「ぎょ、行商に見えなかったです。これしか売っていなかったし、とても怪しかったです……」
「なんでそんな奴から物を買うのだ!」
騎士団長の、もっともすぎるお言葉である。
確かに、あまりにも不注意が過ぎる。見習い騎士として、あまりにも自覚が欠けていた。
怒られて縮みあがっている四人をよそに、魔法使いは彼女たちの首飾りを確認する。
それは彼女をしてどんな原理かわからない、とても強力なマジックアイテムだった。
「外させてもらうわね」
もしかしたら、呪いでもかかっているのかもしれない。
そう思って四人の首から外し、ちゃんと確認しようとすると、手元から消えていた。
あれ、と思って四人の首元を見ると、首飾りが戻っている。
「……呪われていますね」
魔法使いがそういうまでもなく、領主も団長も、四人もルーシーも、現状を理解していた。
何がどうなっているのかわからないが、賢のこととの関係性はともかく、その首飾りは四人からはがせないようだった。
「どうするのよオーリ!」
「わ、私?! 私か?!」
「元々、貴女が買おうって言い出したんでしょうが!」
「それはそうだが、結局は全員で買うって決めたんじゃないか!」
「元凶は貴女じゃない!」
「キリンもオーリも黙れ! 領主さまの御前だぞ!」
騎士団長の言葉を受けて、言い争っていたキリンもオーリも身を固める。
「そのネックレスが守護霊の力を伝えているとして……そんなものが都合よくこの四人の手に収まるか?」
誰もが領主に共感する。
はっきり言って、もう作為しか感じられない。
「ルーシーという少女に強力な守護霊が宿っていて、その彼女を護送する任務を帯びた四人の新米が、出立前にその力を引き出せるネックレスを出店で買う……確かにあり得ませんな。何者かの意図を感じます」
「ですが、誰がなんのために?」
団長の言葉に対して、魔法使いが疑問を呈する。
誰がどう考えたって、誰かが何かをしようとしている。
強大な守護霊を利用して、何かをしようとしている。
しかし、その何かがさっぱりわからない。
「確かにこの場の四人は守護霊の力を借りることができるようですが、彼女たちを利用するとしてもこうもあけすけでは不確実すぎます。見習い騎士四人を監禁するなり処刑するなりすれば、なにもかも破たんするというのに」
処刑、という言葉にルーシー達五人は震え上がった。
実際、見習い騎士と町娘なら、念のため殺しておこうで始末されても不思議でもない。
「仮にこの呪物に他人を操る力があるとしても、それこそ彼女たちを殺して自分の手のものを送り込めばいいだけのはず……」
「違いないな。大した件ではないと思って新人に任せたが、今更ながら恐ろしい」
「まあそういうな、二人とも。さすがに今更も甚だしい」
慌てる団長と魔法使いを、領主はやんわりなだめていた。
「幸い、我らは一番肝心なものを掌中に収めている。ここから何が起きるのかはわからんが、まずはこの五人を分けて保護するべきだ。話はそれからでも遅くない」
領主の判断は適切だった。
「ケンとやら、貴殿の力の大きさはよくわかった。そして貴殿の守る少女は、まだなにも悪いことはしていない。よって殺す気はないし、危害を加えるつもりもない」
もしもただ怪しいだけなら、ルーシーを殺すことはあり得た。
だが領主はルーシーを守っている賢の強さを目で見ている。あんな化け物をいきなり敵に回せば、それこそ身の破滅であろう。
「ひとまず、貴殿を利用しようとしている行商を探しつつ、ルーシーを保護しようではないか。もちろん、出来る限りの待遇でな」
なお、行商に利用されていることが確実な四人はすっかり青ざめていた。
おそらく、保護というか監禁であろう。囚人同様の扱いを受けることは確実である。
「ふ、ふふふ……ま、前振りだから……不遇からの大逆転があるから……」
「こんなバカと同期だったばっかりに……」
「安物買いの銭失いねえ……」
(笑えない……これは本当に、全然笑えない……)
すっかり未来を諦めている四人、まさに天国から地獄であろう。
「ね、ねえケン。なんとかできないの?」
『……と、とりあえずは無理かな?』
「そんなあ!」
ひそひそとお願いするルーシーに、賢は悲しいことを告げることしかできない。
なにせ元々頭が良くないし、そもそも戦うこと以外ができるわけでもない。
彼女たち四人の未来をどうにかすることなど、できるわけもなかったわけで。
「ウオウさんたちを助けてあげてよ!」
『お、俺に言われても……そう都合よく、四人を助けることなんて……』
できることと言えば、この場で大暴れして四人を連れて逃げ出すことぐらいだろう。
だがそんなことをすれば、それこそ彼女もその両親にも迷惑がかかる。というか、一族郎党皆殺しにされるかもしれない。如何に勇気ある者だとは言え、流石にそんな度胸はない。
領主の意見はもっともだし、四人の新米は悪い意味で『民間人』ではない。
領主に命をささげて戦うことを誓っているのだから、不注意や不手際があったのなら拘束されて当然だった。
よって、それをひっくり返すとなれば……。
「きゅ、急報であります!」
領主でさえ反論できない、はるか上の人からの一声に他ならない。
「バックヤード領の領主へ、国王陛下からの命令であります! 強大な英霊を宿しているルーシーと、その力を借りている四人を王都へ至急向かわせるようにとのことです!」
早馬を乗り継いできたらしき伝令は、大急ぎで領主へ命令を伝えていた。
当然ながら、領主は国王へルーシーのことを伝えていないし、賢の力を借りることができる四人のことなど今知ったばかりである。
であれば、国王がそんなことを命じてくるわけがない。その伝令が嘘であるか、あるいは本当に何かの『流れ』が働いているということだ。
ルーシーたち五人は大いに喜んでいる。国王から召喚されるなど末代までの語り草であるし、これで領主は彼女たちを保護することも監禁することもできなくなったのだから。
極めて合法的に、国王の元へ行くことができるようになったのである。
しかし、賢を含めて領主も魔法使いも団長も、まともな大人たちは恐怖さえ感じていた。
作為があけすけで、人為的な干渉が隠されていない。
「その命令書を見せてもらおうか」
「も、もちろんであります!」
「……本物だ。仮にこれが偽造だったとしても、私はこれに逆らえん」
人間、何も考えずに命令に従うしかないとしても、逆に深く考えてしまうものである。
領主は不可解極まりない状況が、自分の手から離れていくこと感じながらも恐れていた。
「おそらく、四人が接触したという行商本人か、あるいはその仲間か……いずれにせよ、国王を動かせるほどの力を持っているようですね」
「恐ろしいことだ。こんなことなら、新人ではなく精鋭を向かわせるべきだった」
魔法使いはこの状況を作った者へ恐怖し、団長は自分の部下の中でも最もたよりない四人を送り込むしかない状況を呪った。
本当に、畳みかけるように状況が動いてくる。今この場にいる自分たちなど、所詮通過地点でしかないようだった。
「国王陛下ともあろうお方が、何者かの口車に乗るなど考えにくいが……いや、それは不敬か」
彼女たちに呪いの首飾りを売った行商か、その元締めが国王をたぶらかしたのだろうと察しはつく。
だが、そんな怪しい情報を信じて、公的に急ぎの指示を出す国王も国王だ。もしかしたらこの命令が嘘で、実際には国王が関知していないことなのかもしれない。
だがそれはまだましなほうだ。本当に国王が出した命令だというのなら、国王が操られているか、あるいはそれに近い状態ということである。
魔法などで洗脳されているのならまだ処置はあるが、そうではないのなら大変だ。
魔法を使った洗脳よりも、話術による詐欺の方が立証も訂正も難しいのである。
「ルーシー、それからケンとやら。来て早々だが、今から国王陛下の元へ向かってほしい。護衛として、ここまで連れてきた四人もつける。ただ……これだけは承知してほしい」
もう送り出すことしかできないからこそ、領主ができることは忠告だけだった
「どうか……国王陛下の力になってほしい」
いや、忠告ですらなく、ただ願うばかりだった。
強大な英霊が如何なる運命をルーシーに与えるのかわからないが、それが国家にとって悪いことでないと信じたかった。