急展開! やっぱり呪われてる!
一旦休憩をはさんだ一行は、賢から力を借りたまま片づけを始めることにした。
このままメタルアントの死骸を放置すると、メタルアントの生き残りが共食いをするか、あるいはまた別のモンスターが食べて繁殖しかねない。
食べられないように燃やすのは、必要なことだった。
「で……大丈夫なのオーリ? メタルアントが周辺の村を襲うんなら、燃やしてもまた来るんじゃ?」
キリンの懸念は尤もである。多くのメタルアントを葬ったわけではあるが、総数も巣の位置も誰にも分らない。
まさか今から調べる、というのも現実的ではない。
「たしかメタルアントは、自分の仲間が燃えた匂いを出した場合、嫌がって近づかないという。勿論場合にもよるらしいが……この場合なら問題ないと思う」
「多分とか場合とか、思うとか……」
オーリの言葉が嘘だとは思えないが、間違えて覚えている可能性もある。
それに当人も言っているが、確実性は乏しい。
「まあまあ、いいじゃないの。どのみちメタルアントの死骸は燃やさないといけないし、次の街には騎士団の支部もあるから報告もできるし。燃やしたらそのまま、急いで次の街を目指せばいいじゃない」
とはいえ、現状を考えればウオウの言葉通りである。
全員素人なので、さっさと報告する以外にない。
(っていうか、みんな手を止めてないで仕事しようよ……私とルーシーちゃんだけだよ、片付けしているの……)
相談の内容が不真面目だとは思わないが、それでも片づけをしながらでもできる話だと思われる。
不満に思いつつ、話をするのが少し怖いので、黙々と頑張ることにしたレイキ。
重装甲に身を包んでいる彼女だが、装備が重い以上に力が上がっているので、まるで負担はない。
しかし単純に暴れた後なので、とても疲れている。どれだけ力があっても、メタルアントが軽く思えても、体そのものがとても重いわけで。
「あの、レイキさん! 私、あっちの方に行きますね!」
「あ、うん、ルーシーちゃんも頑張ってね」
未だ疲れているはずなのに、面白くもなんともない仕事なのに、ルーシーは明るく笑って片づけてくれている。
それを見てしまうと、レイキも年長者として、見習い騎士として、頑張らなければならないと感じてしまう。
その一方で、格闘家としての俊敏性を活かして運んで回るルーシーは、充実を感じていた。
これが動物系のモンスターだった場合、汁気がすごくて怖気づいていたかもしれないが、昆虫型ということで彼女ものびのび運んでいる。
「ねえ、ケン。私凄いよね!」
『ああ、凄い。君はとても立派だよ』
「やったあ!」
仲間と協力して、モンスターを倒して街を守る。
それは正に憧れていた伝説であり、彼女の胸をときめかせるものだった。
『なんだかよくわからないが、あの子たち四人に俺が見えているし、俺の力を借りられるしな』
「そうだよ! うんめーの仲間だよ!」
ここしばらく、ケンを見えるようになっていたルーシーは、疎外感を感じていた。
彼女の両親などは、ルーシーを案じる余り見えないものを見えるというな、とまで叱っていた。
そこであの四人である。比較的歳も近いし、善人だし、賢が見えているし話ができるし、ルーシー同様に力を貸せる。
賢としても、ありがたい話だった。もちろん、不審ではあるのだが。
「ねえ、ケン。ケンにもうんめーの仲間がいたんだよね? セキと、タカシと、オウカと、ダイヤと……カモだ!」
『そうだ。運命かはともかく、最高の仲間だった……』
「ねえねえ、私たちも最高の仲間になれるかな?」
『きっとなれるさ。そのためにも、ちゃんと仕事をしような』
「うん!」
賢はある種の不自然さを感じていたのだが、その流れに逆らうことがためらわれた。
今のルーシーに必要なのは調子に乗ることだ。あのまま街にいたら、怪物扱いや狂人扱いされ続けただろう。それは幼い彼女には負担で、心身に影響を及ぼしていただろう。
オーリの前向きさやキリンの生真面目さ、ウオウの優しさやレイキの静かさがありがたい。
流石に幽霊では、彼女を元気づけることはできない。
(あの三人じゃないが、実際何がどうだったとしても、俺には何もできないし何も決めるべきじゃないしな)
選択肢はない、ただ流れに従うべきだ。
それが普通の人々にとって幸福への道だと、賢はよく知っている。
時に逆らわねばならないこともあるが、逆らうこと自体が目的になってはいけないのだ。
(……俺が死んだ後、どうなったんだろうな)
「ねえケン、私これからかっこいい騎士になって、大活躍できるよね?」
(今更どうにもできないが……今更、後ろ髪をひかれるな。髪ないけど)
「ケン?」
『あ、ああ……なんだっけ?』
「私、絵本になるぐらいの騎士になれるよね?」
『そうだな、そうなれるといいな』
「なれるといいな、じゃなくてなるんだよ!」
前向きなのはいいことだ。
他になんとも思いようがなかった。
現状を正しく認識した場合、作為を感じて不安になるしかないのだから。
※
ステージ王国の国王、ステージ・ブダイ。彼には世継ぎとなる二人の王子がいた。
一人は第一王子、ステージ・ハンドレット。もう一人はステージ・レオン。
長男であるハンドレットは特別無能で暗愚というわけではなかったのだが、次男であるレオンは特別有能だった。
いや、有能だったという言葉はふさわしくない。彼は幼少期からその才覚を示していた。
武術の訓練をすれば教官を倒してのけ、凶暴な馬をあっさりと飼いならし、政治のことを教えてみればあっさりと兄を抜き去っていた。
何をやらせても超一流、ありえないほどに傑出した実力を皆に示していた。
ハンドレットはハンドレットで十分優秀で王位を継ぐに十分だったが、比べた場合差は歴然としていた。
本来ならハンドレットが王位を継ぐべきだが、レオンが継承するべきなのではないか。そんな話が上がるのは、ある意味当然だった。
しかし、ブダイ国王はそれに賛同できなかった。
確かに理屈から言えば、ハンドレットに王位を継がせるべきだ。
ハンドレットに特別問題があるのならともかく、能力に差があるという理由で王位継承権を超えてしまった場合、のちに遺恨を残す。
具体的には、レオンが王位を継いで、さらにその次代に王位を託すときに問題が生じる。
長男だからという『議論の余地がない理由』ならともかく、能力があるという『議論の余地がある理由』の場合、王位継承権を争うことになる。
つまり、内戦が勃発する。王位をかけて、王様を決めるためだけに、国が割れることになるのだ。
当代の王として、後世に遺恨は残せない。悪しき前例を作らないためには、たった一人の優秀な王のことはあきらめるべきだ。
だがそれとは別に。
ブダイ国王は、どうしてもぬぐえない違和感があったのだ。
自分の次男であるレオン、彼が時折自分の息子でないように思える。
確かに彼は優秀だった、何をさせても素晴らしかった。
だが彼を鍛えている教師や教官曰く、『まるで初めてではないようだ』や『既に経験を積んだかのようだ』だとか『まるで子供に思えません』という言葉が目立つ。
そう、まるで大人が子供のふりをしているかのようだったのだ。
レオンは子供の皮をかぶった大人。そう考えると、何もかもがしっくりくる。
その場合、このままハンドレットを正式な後継者に指名することは、とても恐ろしいことのように感じられた。
さてどうしたものか。
悩める国王は、今日も寝所で眠りにつく。
広い部屋の中に、大きい天蓋付きのベッド。
その中で一人毛布をかぶっていた彼は、閉じていた瞼を通して光が入ってくることを感じた。
ランプのほのかな光ではなく、魔法により激しい光でもない。
夜の空を照らす月明かりが、部屋に入ってきているようだった。
カーテンを閉め忘れたのかと想い、起き上がって前を見る。
するとそこには、部屋のカーテンから入る夜の光に照らされる形で、膝をついている一人の男がいた。
まず、息を呑んだ。大声を出そうとする。しかし、それを飲み込んだ。
目の前の相手が、あえてカーテンを開けて月明かりを部屋に取り込み、自分の存在をこちらへ気づかせたことは明白だ。
国王である自分を殺すには、十分すぎるほどの隙があったにも関わらず、である。
こちらに害意がない、ということは膝をついていることを抜きにしても明白だった。
「何物だ」
あえて、部屋の外に漏れない声で訪ねる。
それを受けて、顔を見せないようにしている男は、そのまま返答をした。
「国王の寝所に忍び込んだ無礼をお許しください。私はトロフィーというものでございます」
「……トロフィー、だと? 偽名を名乗るとは不敬な」
「いえ、本名でございます」
「まあよい……それで、何用だ」
「レオン王子のことで、お耳に入れたきことがございます」
心のどこかで、やはりか、という納得があった。
国王の寝所と言えば、城の中でも最も守りが固い部分である。
その寝所に、なにも騒がれることなく入り込む男。
そんな者が自分の耳に入れることと言えば、確かにそれしかありえなかった。
「貴殿のご子息であるレオン王子には、世にもおぞましき怨霊が取りついているのでございます」
「怨霊……余の息子に、未練を持った悪しき霊が取りついていると? 不敬極まりないことだな」
「なにをおっしゃいますか、陛下。貴方ほどの慧眼をお持ちなら、既にお察しなのでは?」
その通りだった、国王は無言で肯定する。
「決して、レオン王子に戴冠をさせてはなりません。陛下の子息に取りついた怨霊は、かつて王座のために友を殺め、さらにその国を滅ぼした愚かな国王でございます」
「寝所に忍び込むような輩が、国政に口を挟むではない。余の跡取りは、余が決めることだ」
「その通り。ですが慧眼をお持ちの陛下なら、それが容易ではないこともお察しなのでは?」
これもその通りだった。
仮にレオンが子供の皮をかぶった大人なら、大人相応の対応をすればいい。
だがもしも、子供の皮をかぶった怪物なのだとしたら。
下手にその思惑をつぶせば、何が起きるのかわからない。
「まずは助言を」
「まずは?」
「はい。その怨霊を倒しうる力を持った唯一の英霊が、陛下の治める地で目覚めました。ルーシーという少女の守護をしておりますその英霊以外に、その怨霊を倒しうるものはおりません。バックヤード地方の領主に、その少女を差し出すように手紙をお送りください。既に私が選んだ護衛が四人おりますので、それを供とするようにともご指示を」
怨霊を打ち破る力をもった英霊。
その存在が確かなら、是が非でも掌中に収めなければならない。
「それからもう二つ、これを献上いたします」
「……なんだ、それは」
「私自らつくりました、護符でございます。怨霊が陛下とハンドレット殿下を狙うことは必定、英霊がたどり着くまで身の安全を確保するために、これをお二人に肌身放さずお持ちしてほしいのです」
古びた紙に、見たこともない文字が書かれた、二枚の札。
それは音もなくトロフィーの手元から離れ、国王の手元へ飛んでいった。
「この怪しげな札に、怨霊から我らを守る力があると? 眉唾にもほどがあるな」
「左様でございます、どうか命綱とお考え下さい。その札がある限り、怨霊や怨霊に操られた者は、陛下へ危害を加えることはできません」
「そんなものを作れるのであれば、お前が怨霊を討つべきなのではないか?」
国王はその札を受け取りつつ、皮肉を言った。
今度は、トロフィーが黙った。
「……お前はいったい何者だ。一体何がしたいのだ」
「恐れながら……未だ申すことはできません。ただ、時が来ればすべてを明かしましょう」
「……それで、余にお前を信じろと?」
顔を上げたトロフィー、その表情は月明かりにしっかりと照らされていた。
黒い髪に黒い眼が、薄暗い中でもしっかりと見えた。
「私は……その怨霊に恨みがあるのです。そう……一度殺したぐらいでは、飽き足らぬほどの恨みが……!」
震えるほどの怒り、憎しみが吹き上がっている。
腹の底からの本音、隠しても隠し切れない怨嗟が燃え上がっていた。
「……復讐か。まるでお前こそが、怨霊のようだぞ」
その護符を懐に収めつつ、ブダイはそう告げた。
それに対してトロフィーは返答をすることはなく、深く頭を下げてから消えた。
まるで、最初から誰もそこにいなかったかのように。
残ったものは、ただ二枚の護符だった。