チームワーク! そんなにうまくいかない!
『相手はアリだ! 頭がいいと思うな、怖がって逃げてくれると思うな! まずは馬車を守れ! 幸い相手は遅い、本当にノロい! 五人で暴れて馬車と馬を守るんだ!』
賢にとって不運であり幸運だったことは、この場にいる四人が下っ端の見習い騎士だったということ。
指揮系統が存在せず、不慣れな小隊への指示をしなければならない。
しかしその一方で、賢という亡霊からの指示に対して素直に従ってくれる。
「わかった! くくく、この伝説の剣エクスカリバーがすべてを切り裂くだろう!」
「何勝手に名前つけてるのよ! とにかく戦いなさいよ!」
「今ケンカしちゃダメでしょ? ねえ……!」
「う、うん!」
(うわあ、私騎士さんと一緒に戦えるんだ!)
ルーシーを含めた五人にとって幸運だったことは、賢が貸した五つの力がどれも前衛だったということ。
もちろん、目の前の相手を一掃するだけの力はない。だがしかし、それを差し引いても優位がある。
「はあ!」
「ふん!」
オーリが刀を振るう。
キリンが巨大な骨を振るう。
相手はメタルアント、金属の如き外骨格をもつモンスター。
まさに全身甲冑であり、そう簡単に倒せる相手ではない。
それを知っている二人は、腰を入れて武器を大振りした。
しかし、手ごたえが無かった。
目の前には大量のメタルアントがいるにも関わらず、空振りをしたのかと思った。
固い物を叩けばあるはずの反動が無い。だからこそ、空ぶったのかと錯覚した。
「え?」
「あれ?」
自分の胸の高さにあった、メタルアントの頭部。それが無くなっていた。
一体だけではなく、数体まとめて吹き飛んでいた。
攻撃の軌道に存在したメタルアントの『部位』が、存在しなくなったかのように吹き飛んでいた。
何が起きたのかわからない。
しかし、一泊遅れて理解する。
「凄いぞ……なんでも切れそうだ!」
「こんな武器でも、英雄の武器ってわけね!」
自分たちが、それをやったのだと理解する。
もう何を恐れることもない。やたらめったらに大振りし、馬車に群がってくるメタルアントを吹き飛ばしていく。
「あらあら、馬が怯えているわね」
「馬の心配をしている場合じゃないと思う……」
侍と蛮族という攻撃に優れた職業を得た二人に対して、ウオウとレイキはそこそこに手間取っていた。
ウオウは片手槍を連続で突きだし、レイキは手にした幅の広い片手剣を振るっていた。
一撃で数体を葬っている二人に比べれば、一撃で一体しか倒せない二人は遅れている。
だがそれでも、不安は一切ない。
たった五人で馬車を中心に防御陣をしいているだけなのだが、強硬なはずのメタルアントを寄せ付けていないのだ。
「でも……あのさ、これ盾要らないんじゃないの?」
「そうかもしれないわね……!」
数は多いものの、動きがとても遅い。殺到してきているが、五人が倒す速度の方がはるかに速い。
五人の前には、メタルアントの死体が山積みになっていく。
「だだだだ!」
『落ち着け、あんまり動くな』
「でも、このアリを倒さないと……」
視線の高さがさほど変わらないメタルアントに対して、ルーシーは果敢に立ち向かっていた。
外骨格に対して握りしめた拳を叩きつけているのだが、その拳はまるで痛くない。
目の前の昆虫よりも、強化された彼女の肉体の方が屈強なのだ。
だからこそ、更に多く倒そうとしてしまう。前に出て、メタルアントの群れに突っ込もうとしてしまう。
『駄目だ、ルーシー! いいか、ちゃんと周りをみるんだ!』
「だって、逃がしたら街が、お父さんとお母さんが!」
『格闘家は頑丈じゃない! この場では一番打たれ弱いんだ! 群がられれば、酷いケガを負うぞ!』
なまじ簡単に倒せるがゆえに、ルーシーは高揚し興奮していた。
このまま戦っていれば、街を守れる。難しいことは何もなく、簡単に終わる。
そう思うからこそ、気が逸ってしまう。
「だって……だって!」
『! 危ない、横だ!』
そして、相手がどれだけ遅かったとしても、自分がどれだけ早かったとしても。
相手に気づかなければ、攻撃されることはあり得る。
メタルアントの内一匹が、その大あごを使ってルーシーの頭に噛みつこうとした。
「きゃあああ!」
目の前に、巨大な昆虫の顎が迫る。
それは、二回目の新人には耐えられるものではなかった。
「……あれ?」
「大丈夫よ」
痛みがないことに戸惑うルーシーが目を開けると、そこには自分の腕を顎に食わせているウオウがいた。
武装しているにもかかわらず、とても優しく笑う彼女は盾を持っている手でルーシーを撫でていた。
「安心して、私たち騎士が一緒なんだから」
「あ、あの! 腕、腕!」
「大丈夫大丈夫、全然痛くないの。凄いわねえ、本当に盾が要らないわ」
籠手に覆われているとはいえ、アリの顎に圧迫されているはずの腕。
にもかかわらず、彼女の体はまるで痛みを感じていなかった。むしろ、アリの顎の方が砕けつつある。
『ありがとう、ウオウ! 助かった!』
「きにしなくてもいいのよ、ケンさん。これだけの力を貸してもらって、女の子一人守れなかったら情けないわ」
ウオウはケンの感謝も軽く受取り、持っていた盾で噛みついているアリの頭を砕いた。
その上で、改めて周囲を見る。そこにはほとんどのアリが駆逐されている光景しかなかった。
「それに、オーリはともかくキリンも大暴れしちゃって、はしたないわね」
「あのさ、ウオウ。ルーシーちゃんを助けるのはいいけど、ちゃんと戦ってよ……」
陣形の維持を忘れて、大いに暴れているオーリとキリン。
強大な攻撃力を手にしてのぼせ上がった二人は、正に鬼気迫る戦いをしていた。
なお、勝手な行動をしているともいう。
だがそれでも、さほど足が速いわけでもなければ、無尽蔵というわけでもないメタルアントは大いに減っていた。
侍も蛮族も、格闘家ほどに足が速いというわけではない。
しかしそれでも、前衛の平均よりは早い。それはメタルアントを駆逐するには十分すぎた。
もちろんまばらには残っているが、それはレイキが全力で右往左往すれば処理できるレベルである。
つまり、今真面目に頑張っているのは彼女だけだった。
「街の方に行ったアリもいるよ。そんなに多くないけど、追いかけないと大変だよ」
「あら、そうなの?」
「ほら、あっち」
レイキが指さすと、やはり多くのメタルアントの後姿が見えた。およそ、十匹ほどだろうか。
逃げたというよりは、単に別の場所を目指していただけだろう。なにせ、こっちには馬が二頭と人間五人であるし。
『わかった。ルーシー、君はあっちに行こう。ここはもう、彼女たちに任せていい』
「うん、わかった!」
改めて、ルーシーはウオウを見る。
深く、頭を下げた。
「あの、ウオウさん。ありがとうございました!」
「ええ、あっちはお願いね」
「あのさ、ウオウ! 馬、馬が危ない! 村よりも馬が危ない!」
盾を放り出して、馬に群がるメタルアントを薙ぎ払っているレイキは、この上なく助けを求めていた。
馬車を牽いている馬も、助けを求めて悲鳴を上げていた。
「村よりも、馬!」
「あら、ごめんなさい」
馬を守ろうとしているレイキ、彼女へ群がっているメタルアントを背後から槍で刺していく。
ただそれだけで、あっさりと馬の近くにいるメタルアントは全滅していた。
「助けてよ! 遅いよ! なんとかしてよ!」
「ごめんなさい、民間人を助けるのが先だとおもって……」
「話す時間が無駄じゃん!」
「そうね~今また来たし」
「まだ来るの?!」
素人と新人が、初めて指揮をする亡霊に率いられているのだ。
当然、適切な行動だけを選べるわけがない。既に陣形は乱れきり、各々が勝手に戦っていた。
指示に逆らう気が無くても、指示を忘れて暴れてしまう。
「ぬ、ぬわあああ?!」
「きゃああ?!」
突出していたオーリとキリンに、新手のメタルアントが群がっていく。
前から後ろから、自分の仲間を踏み台にして、正に山盛りになって押しつぶしていく。
「いだだだだ!」
「あああああ!」
全身にアリが群がってくる。
巨大なアリの大あごが、体中に噛みついてい来る。
万能感に酔いしれていた二人は、パニックになって武器を取り落としてしまう。
「つ、づううう……あ、あれ?」
「うう……あら?」
メタルアントたちは噛みつくだけではなく、臀部にある毒針も刺してくる。
それは人間を毒殺するに十分な威力を持っており、彼女たちには確実に致死量だった。
だがそれも、毒針が刺さり、彼女たちの体へ毒を注入できた場合の話である。
「痛いけど、痛いだけ?」
「チクチクするけど……血は出てない……」
当たり前だが、大顎の方が『攻撃力』は高い。その大顎でさえ当たり負けしており、固定する以上の意味を発揮していない相手に、毒針が刺さるわけもない。
賢の持つ力は、多数の敵を同時に吹き飛ばすことはできない。
だがしかし、単純に固い。防御に優れたしたレイキやウオウなら痛みを感じることさえなく、相対的に防御力の低いオーリやキリンでさえ痛いと感じるだけだった。
文字通り、アリ如きでは歯が立たない。
「ふ、うおおおおお!」
「はあああああああ!」
そして、力任せに体を動かせば、群がるメタルアントを吹き飛ばしていく。
手にしていた武器を落としても、ただ力任せに吹き飛ばしていくだけでちぎり殺すことができる。
賢の持つすべての力は、極まった前衛職業のそれ。
孤立しようが、急所を攻撃されようが、拘束されようが、不意を打たれようが、武器を失おうが。
ただ力任せに暴れるだけで、数が多いだけのモンスターは殺せてしまう。
(数が多い、それは脅威だ。単体ではサイクロプスに劣るメタルアントも、総体として考えればはるかに怖い。だが、どんな力があるとしても、倒し方が違うってだけの話だ)
毒蛇とライオン、どちらが恐ろしいのか。
場合にもよる、場合によるのだ。
(今の俺なら、俺たちなら……倒せる! 街を守れる!)
時にはあきらめなければならないこともある。
時には倒せないこともある。
『ルーシー! 追いかけて倒すんだ!』
「うん、わかった!」
今は、倒せるときだ。今は、諦めずに戦うときだ。
賢が貸した力と、ともに戦う仲間によって、ルーシーはメタルアントの背を追う。
「だあああ!」
走っていいのなら、駆けていいのなら、多少固い程度なら、格闘家にとってメタルアントなどただのアリ同然である。
背後から襲い掛かり、数体を文字通り蹴散らす。
「はああ!」
一旦駆け抜けて相手の間合いから外れ、そのまま大きく迂回する。
遠回りして、こちらを見失っているうちに別の角度から襲い掛かる。
『いいぞ、その調子だ! 一度に倒す必要はない、削っていくんだ!』
「うん!」
『格闘家はそうやって戦うんだ! 大事なのは一撃で倒すことじゃない、一撃ももらわないことだ!』
一撃離脱を繰り返し、相手を削いでいく。
被弾を抑えて、機動力でかく乱する。
装備による防御ができない分、危険域に長時間留まらない。
ヒットアンドアウェイこそが、格闘家の真骨頂である。
「だあああ!」
少々頑丈な外骨格を持っているとしても、サイクロプスほどに頑丈ではない。
少女の小さな拳が当たる度に、メタルアントの頭部が砕けるか、あるいは首がちぎれて飛んでいく。
メタルアントは逃げることも迎え撃つこともできず、ただ粉砕されていくばかりだった。
※
暴れていた馬も静かになり、わしゃわしゃとうごめいていたメタルアントも全員倒れていた。
流石に五人全員が無言で、息を荒くして集合していた。荒れた道に腰を下ろして、力なくへたり込んでいる。
ある意味、とても新人らしい光景である。残心もペース配分もなにもない。
『ああ、うん、お疲れ』
素振り同然に相手を倒せるとしても、素振りを長くやっていればやっぱり疲れるわけで。
全員、興奮状態から素面に戻り、疲れて話が出来なくなっていた。
しかし、それでも何も終わっていないわけで。
『あのさ……誰か火の魔法とか使える子いる? 死体を集めて燃やさないと、また残りのメタルアントが巣に持ち帰って共食いしちゃうから……ほら、急いだほうがいいよ』
一体の強敵をなんとか倒したのとは違う、長距離走を走り切った後の疲労感。
ランナーズハイを終えた後の、疲労を自覚した倦怠感。
つまり、とんでもなくしんどい。
『……ちょっと、水を飲もうか?』
頷く全員は、生きている苦しさを味わいながら、よろよろと守り切った馬車へ向かう。
それは勝ちを得て、町を守り切った少女たちとは思えない、なんとも痛ましい姿だった。
『……こういう時、回復役がいればなあ』
前衛五人だと怪我人が出ない反面、疲労回復も何もできない。
安定感がある一方で、時間がかかりすぎてしまう。
そもそも前衛五人で上手く回るなら、後衛は不必要なわけで。
脳筋はただの思考停止であり、極めて非効率だった。
もちろん、新人たちにとっては効率よりも安定感が大事ではあるのだが。
『……やっぱり、一人だと何もできないよ』
自己完結型の純粋前衛は、細分化された己の力を前にしてそうつぶやいていた。