伏線のある覚醒! これっていったいなんなんだろう?
ルーシーが追い返したサイクロプスは、数日さまよった挙句餓死した。
巨体故に屈強で頑丈なサイクロプスではあるが、お世辞にも狩猟は得意と言えず、餓死することも珍しくない。
そして餓死したと言えども、巨大なサイクロプスの死体は野生の世界では立派な食料であった。
メタルアント。
小型の鹿ほどに大きさに加えて、鉄のように頑丈な外骨格を誇る、人間さえ襲うほどに凶暴なモンスターである。
偶然巣の近くで巨大な獲物を発見した彼らは、大喜びでそれを女王アリに献上した。
潤沢な栄養を得た女王アリはさらに兵士を産卵し、その食料資源へ兵隊アリを向かわせる。
そうして巨体という資源を独占した彼らではあるが、やはりいつかは尽きる。
大量の兵隊アリは肥大化した群れを維持するため、食料を求めて方々へ散っていく。
膨大な数に物を言わせて、格上のモンスターにさえ群がり食い殺していく。
そう、今現在メタルアントの巣の周辺は、非常に危険な地帯と化していた。
※
「ところで、ケン殿。貴殿はルーシーに100の力を貸したそうだが、サイクロプスはどれほどなのだ?」
『自分で言い出してなんだが、強さを数値にするのは良くないぞ』
馬車の中で、オーリは賢へ質問していた。
ルーシーの力を測るために、基準となる既知のモンスターと比べたいというものだった。
その趣旨を察したうえで、賢はオーリへ釘を刺していた。
『例えばだ、毒蛇とライオンを比べられるか? 無理だろ』
「まあそうだが……」
『俊敏に立ち回る格闘家と、鈍重なサイクロプスを比べてもな……』
賢はおよそ三年ほど冒険をした。
決して長いとは言えない冒険だったが、様々なことを経験した。
生前の失敗を思い出すと、ありもしない胸や頭が痛くなってしまう。
『実際、俺は巨大なライオンを仕留めていい気になっていたところを、蛇にかまれて死にかけたことがある……赤に治してもらったが、桜花に呆れられたし、鴨には散々怒られたもんだ』
「それは大変だったわね。ねえオーリ」
「オーリも注意しないと駄目よ?」
「なんで私に話が行くんだ! 私はそんな失敗はしない!」
キリンやウオウに注意されて、憤慨するオーリ。
実際へまをしたわけでもないのに、そうやってへまをするに決まっていると言われるのは屈辱だった。
とはいえ、失敗をするわけがない、という言葉自体が既に不安要素だったが。
(皆楽しそうだなあ……)
会話に参加したくはないが、会話が弾んでいるとそれはそれで寂しい。
御者をしているレイキは、寂しくなりながらも手綱を握ったまま野道を進んでいた。
しかし、突如として馬が止まる。
何事かと思って前を見ると、そこには艶のある黒い塊が、大量に現れて向かってきていた。
それが何なのか明確に把握する前に、彼女は絶叫していた。
「ぎゃああああああ!」
普段から無口な彼女が悲鳴をあげたことによって、馬車の中の誰もが異常を察する。
ルーシーを含めて、全員が慌てて馬車の外に出た。
「なんだ、どうした?!」
「貴女が叫ぶなんてよっぽどだわ!」
「山賊でも出たの?」
「え、なに?」
そして、全員がそれを見る。
お世辞にも早いとは言えないが、こちらへ向かってきている大きなアリたちの姿を。
「め、メタルアントだ! たまに大量発生して、周辺のモンスターや動物を食い荒らす、危険な虫型モンスターだぞ!」
「く、詳しいわね、オーリ……で、どうするのよ!」
「た、確かメタルアントは、足が遅くて広範囲には被害が及ばないから、一旦逃げて大量に餓死するのを待つのが定石だ!」
オーリが悠長に解説できるほどに、メタルアントの足は遅かった。
馬車の進行方向から大量に向かってきているが、今からでも逃げれば振り切れそうである。
「それから、周辺の村や町には注意喚起を……ああ!」
「ど、どうしたの?!」
「め、メタルアントは足は遅いが壁面だって登れるんだ! ルーシーちゃんの街も襲われる! 流石に今からじゃあ逃げ切れるかわからない!」
オーリの説明を聞いて、ルーシーは迷わず賢へ頼んでいた。
「ケン、私に力を貸して!」
『……いや、無理だ』
「なんで? あれってそんなに強くないでしょ?」
『それはそうだが、数が多すぎる。俺は元々たくさんの敵を相手にするには向いてないし、君なら尚のことだ。一人でどうにかできるわけがない』
「一人じゃないよ。だって騎士のお姉さんたちが……」
期待のまなざしで、自分を護送してくれる四人を見た。
見習いでも若くても騎士なんだから、きっと強くて大活躍してくれるに違いない。
そんな純粋な期待の視線を送るが……。
「むりむり! 絶対無理!」
レイキが大いに慄いて否定していた。
熟練の騎士ならともかく、新人では一対一でも勝てる相手ではないし、それが群れをつくっているとなれば不可能と言っていい。
「逃げようよ! 絶対無理だって! ルーシーちゃんの街の人に逃げろって言わないと、誰も助からないよ!」
「そ、そうね……残念だけど、全員を助けられないとしても、少しは……」
キリンもレイキに賛同する。
オーリの知識は疑う余地がないし、仮に嘘だったとしても『モンスターの群れから逃げよう』というのは正しすぎる。
いくらなんでも、四人の見習いと町娘が戦うのは無謀どころではない。
「そんな……」
「ルーシーちゃん、申し訳ないけど急いで街に戻りましょう。ここでこうしていても、街の人が逃げる時間が減るだけよ」
ウオウの気遣いも、しかし残酷だった。
逃げろと言われて、着の身着のままで逃げ出せるわけがない。
近くの街に避難するとしても、そこまで飲まず食わずでたどり着けるわけもない。
そんなことは、それこそ子供でも分かることだった。
だが、それをしないと誰も助からない。獰猛なモンスターに、生きたまま食われてしまう。
「いや、まだ手はある!」
そう叫んだのは、メタルアントの脅威を教えたオーリだった。
妙に興奮した様子で、ルーシー、いやさ賢に近寄る。
「ケン殿はルーシーに力を貸せるのだろう? 私たちにも貸してくれ!」
『ええ?』
オーリの要望に対して、賢は短く困惑していた。
その言葉を聞いて、他の誰もが『そんなことできるわけないだろう』という顔をしている。
「できるだろう? やってみてくれ!」
『仲間を強化するのは桜花の領分なんだが……まあ、試すだけなら……』
賢はとりあえず試すことにした。
他人に力を貸す感覚などさっぱりだが、今までも幽体離脱しようと思えばできたので、案外やってみようと思えばできるのかもしれない。
自分の中にある力のうち一つを強く意識すると……。
『ん?』
「お?」
オーリの体、簡易な鎧に覆われた胸の部位が発光した。
そして、その装備さえも変化していく。
それはまるで、変身のようで……。
「おおおおお!?」
西洋風の鎧から、和風の武装へ。
兜こそかぶっていないものの、見るからに鎧姿になったオーリは自分の腰に下げてあった日本刀を抜いてはしゃぐ。
「す、すごい! 体から力が溢れてくる! なんか武器もかっこいいし!」
『……なんで武装があるんだ?』
力の貸与はともかく、装備まで職業相応になるのは理解できなかった。
少なくとも、ルーシーの時は服装はそのままだったのに。
『いや、でも……五人全員前衛でレベル100、装備も相応なら勝ち目はあるか?』
「そういうことなら、私にもお願いします」
驚く他の二人から抜け出て、ウオウも力を求めた。
確かに全員を助けられるのなら、それが一番ではある。
『わ、わかった……』
「まあ……」
やはり、すんなりと力の譲渡が行われた。
なぜだろうと、ない首をかしげたくなるが、ともかく悪いことではない。
ウオウは他の三人と同じ装備から、一気に上級の装備に切り替わった。
基本的なデザインはそのままだが、防具も見るからに強そうで、武器は比較的短い槍に変わっている。
ウオウもオーリ同様に、強大な力に体を震わせていた。
「スゴイです……自分の体とは思えない」
「わ、私も、その、お願いします……」
それに次いで、レイキも挙手をした。
「あ、わ、私も……! 私もお願い!」
余りの展開に置いていかれたキリンも、慌てて挙手をする。
この流れから言って、全員が賢から力を借りるのだし。
なぜか、猛烈に嫌な予感もしたのだ。
そして、四人が並ぶ。
強大な英霊から、力の一部を受け取った乙女騎士。
新入りの装備を切り替えて、百戦を越えたような武装と相応の能力を得た彼女たち。
『……なんでだろう』
一番納得がいっていないのは、他でもないその英霊そのものなのだが。
自分の生まれ変わりであるルーシーならともかく、他の四人は完全に他人だ。
しかも装備まで更新されている、意味が解らない。
生前の賢やその仲間は、ちゃんと自分で武器や装備を購入したり手に入れていたりした。
職業の力を得たら、勝手に装備が変わるなんてことはなかったのだ。
「ケン、私にもお願い!」
『あ、ああ……』
ルーシーにも格闘家の力を貸し出すが、やはり服装に変化はなかった。
もっとも、格闘家の場合装備の恩恵は受けられないのだが。
「これなら、街を守れるよね?」
『……やる価値はあると思うぞ』
とはいえ、ここに頭数はそろった。
少なくとも、尻尾をまいて逃げ出す必要性は無くなったのだ。
後は戦ってみなければわからない。
「ちょっと待って!」
待ったをかけたのは、キリンだった。
実質最後に力を借りることになった彼女は、自分の装備を指さしながら叫んでいた。
「なんで私の格好がこれなの?!」
『……悪い、他に残ってなかったんだ』
もじもじとしながら、しかし安堵しているレイキは、とても頑丈そうな全身甲冑を身にまとっている。
それこそ女性だとわからないほどの重装備で、決して恥ずかしいところはない。
だが、キリンだけは違った。
他の面々と違って、彼女だけやたら露出がキツイ。
動物のゴワゴワとした毛皮で、胸と下腹部だけを隠していて、靴さえ履いていない。
頭には牛の骨を兜代わりにかぶっているし、武器に至っては大きな動物の骨だ。
誰がどう見ても、未開の野蛮人である。
『ルーシーには格闘家、オーリには侍、ウオウには衛兵、レイキには騎士。そこまで貸したら、君には蛮族しか貸せなかったんだ』
「十個あるのよね?! なんで蛮族?! あと五個あるんでしょう?!」
『諸事情あって、無理だ』
「誰か、誰か変わって!」
涙目になりながら、変更を希望するキリン。
しかし、改めて彼女の格好を見る四人。
「……みんな、もう敵が来たぞ! 人々を守るために戦おうじゃないか!」
「そうね、騎士としての使命を果たさないと」
「も、もうすぐそこまで来たし……変わってる暇ないんじゃないかな?」
ルーシーは無言で拒否し、背中を向ける。
そして実際、目の前には凶悪なメタルアントが迫ってきているわけで。
議論をしている暇はない。
「私たちの背後には街がある! そこを守るためには、誰かが体を張らなければならないんだよ!」
「オーリ、それはそうだけど私はこんな格好で戦いたくないだけで……」
「キリン、そんなことを言っている場合じゃないんじゃないかしら?」
「う、うん」
「私もこの格好だし……行きましょうよ」
いよいよ、ようやく、眼前にメタルアントが迫る。
潮の満ち引きの様にゆったりと、しかし確実に前面から押しつぶしにかかる。
それはまさに、アリの軍隊。
『オーリ、キリン。君たち二人に貸した力は、攻撃に優れている! おそらくあの程度の虫なら簡単に殺せる! 防御力も上がっているはずだし、装備もいいから群がられてもどうにかできる! ただ、毒の類には注意してくれ!』
「ああ、わかった。キリン、メタルアントはお尻に毒針があるが、そっちよりも顎に気をつけるんだぞ?」
「ああもういいわよ! これで戦うわよ!」
『ウオウ、レイキ。君たちに貸した力は防御寄りだ。どれだけ噛まれても相手の攻撃の方が砕ける。安心して戦ってくれ!』
「ありがとうございます……決して無駄にはしません」
「は、はい……(そっか、怪我しないのか)」
『ルーシー。君に貸したのは前の力だ。とにかく走り回って、囲まれないように気を付けてくれ。君は他の四人ほど頑丈じゃない!』
「う、うん!」
もとは自分の力とはいえ、それを細分化して誰かへ譲渡する。そんなこと、考えたこともない。
だがそれでも、この場の五人よりは経験も理解もある。
よって、作戦の指揮を行うのは賢以外にはあり得ない。
『五人とも、俺の言うとおりに戦ってくれ!』
ありもしない血潮が滾る。
ないはずの脳内で火花が散る。
不快ではない幻肢痛を感じつつ、賢は存在しない目で周囲を冷静に観察する。
『ケガをせずに、乗り切るぞ!』