未練とかはそんなにないよ! もう死んでるしね!
見習い騎士四人がルーシーの街へたどり着いたのは、サイクロプスが街を襲ってからひと月後の話だった。
オーリたち四人にしてみれば十日ほどの短い旅だったのだが、ルーシーとその家族にとっては短すぎるひと月だった。
両親にしてみれば一人娘がわけのわからない力を発揮したのだし、ルーシー自身も大人たちの混乱や恐怖を感じて不安になっていた。
もしかしたら、化け物扱いの末に殺されるかもしれないのだ。それに怯えつつ沙汰を待っていた一家にとって、とてもつらい時間だっただろう。
「領主様の命によって、ルーシーとやらを召喚しにまいった!」
この場合の召喚とは、文字通りの意味で呼び出しである。間違っても魔法陣などによる、召喚魔法の類ではない。
「こ、この子がルーシーです」
「……る、ルーシーです」
赤い髪をしている、おびえた少女。
どこにでもいる町娘にしか見えないが、その一方で四人は奇異の目で互いを見合わせていた。
「その子がルーシーか? 確か、自分で守護霊がいると言っていたが、他の誰も見えないと……」
「はい、この子は見えると言っているんですが……」
今だにサイクロプスから襲撃された後の残る街の入り口で、四人は話し合いを始める。
なにせ、他人には見えないはずの『守護霊』が四人にはばっちり見えていた。
「……なあ三人とも、私の眼にはルーシーとやらの守護霊らしきものが見えるのだが、これは私の秘めた力が目覚めたということか?」
「何をバカな……と言いたいけど、私にも見えているわ」
「あら、みんな見えているの? 私にも見えているわ」
(よ、良かった……私だけじゃなかったんだ)
割とはっきり、ルーシーの頭の脇に浮かんでいる人魂が見えた。
もちろん真昼なのだが、慎みなく幽霊はそこにいる。
「なんで街の人には見えないんだ?」
「そんなことはどうでもいいでしょ、さっさと任務を果たしましょう」
「そうね~、別に見えても不便はないし」
(こ、怖いなあ……他の幽霊も見えるようになっていたら嫌だなあ……)
来て早々に相談を始めた少女騎士たちに、大人たちも不安になる。
だがしかし、領主の使いに勝手なことができるわけもなく、ただ議論が終わるのを待つしかなかった。
※
ルーシーと賢を連れた一行は、馬車に乗って領主の城を目指していた。
下っ端である四人の騎士たちは、交代制で二頭引きの馬車の御者を務めつつ進んでいる。
行きはただ歓談することしかできなかったが、帰りとなれば賢やルーシーから話を聞くという任務がある。
暇をつぶすという意味でも、それなりに有意義だった。
「あ、あの……ケンが見えて、声も聞こえるんですか? 私も少し前までは全然見えなかったんですけど……」
「ああ、見えている。君の耳の隣あたりで浮かんでいるんだろう? 領主様にお仕えしている騎士を舐めてもらっては困るな」
オーリは見るからに少女であり、顔つきも体つきも一人前には程遠い。
しかしルーシーから見ればお姉さんであり年上であり、つまりはあこがれの騎士だった。
やはり領主に仕えている騎士は凄いんだ、と尊敬のまなざしを向けてしまう。
「適当なことを言ってないで! とにかく守護霊の……ケンよね? お話を聞かせてもらえないかしら?」
『別にいいが……』
賢は四人に見られていること、声が聞こえていることを特に気にしていなかった。
直接話ができるのなら、むしろルーシーが奇異の目で見られずに済むと、好意的にとらえていた。
「レイキ、記録を頼む」
「何言ってんのよ! いつもいつもレイキやウオウに雑務を押し付けて! 貴女が書きなさいよ!」
(え、むしろ書記がいいんだけど……知らない女の子とか、幽霊とか、話したくないし……間が持たないし)
御者を務めているウオウをよそに、キリンは賢に質問をしていく。
それをルーシーもオーリも、興味深々の表情で聞いていた。
「では、守護霊のケン。貴方の名前、死んだときの年齢、出身地は?」
『森野賢、21歳、出身は日本だ』
「二ホン……聞いたことのない国だわ。それはそうと二十一歳って……言いにくいことを言わせてしまったわね」
キリンは申し訳なさそうにしているが、賢は余り気にならなかった。むしろ、キリンの気分を害したことに対して、罪悪感を覚えるほどである。
確かに21歳で死んだら、世間の基準では若くして死んだということになるだろう。しかし死んでみるとそんなに気にならなかった。
「戦死? それとも病死? 言いたくなかったら、無理に言わなくてもいいわ」
おそらく人生で初めて、死者へ直接死因を尋ねることになったキリン。
根が真面目であろう彼女は、賢の人格を探るためにも繊細なところも聞かねばならない。
強い未練を残した怨霊だと判断した場合、除霊も視野に入れなければならない。それに加えて、どの程度受け答えができるのかも重要なのだろう。
『戦死だ。とはいえ……まあ、どうせ俺を殺した奴も、ろくな最期をとげちゃいないだろうから、そこまで未練はないな』
「そう……では、そのまま自己紹介をしてくれないかしら」
『ああ、構わない』
当たり前だが、死んだ後のことよりも生きていた時の事の方が、記憶や印象として濃い。
もう十年ほど昔のことであるが、賢は昨日のこと様に生前を語り始めた。
『俺は他の日本人と一緒に、ある国に召喚された。そして、その国を脅かしていた魔神と戦うことになったわけだ』
「仲間がいたのね?」
『ああ。赤、天、桜花、ダイヤ、鴨の五人だった。まあいろいろあったが、最高の仲間だったよ』
ルーシーの脇で浮かびあがっている人魂は、顔もないのに感情を伝えてくる。
とても懐かしそうに親しい友の名を呼ぶ賢に対して、書記をしていたオーリが目を輝かせていた。
「なるほど……わかったぞ。この場の私たち五人が、その仲間の生まれ変わりということだな?」
『違う』
「ち、違うのか?!」
『絶対に違う』
とても冷静に否定する賢。
なにせルーシー本人が、まず自分の生まれ変わりである。その時点で、もう彼女の言葉は見当違いだった。
『俺に相手の力を測る能力はないが、流石に勇者と呼ばれる奴とそれ以外は見分けられる。君たちにそこまでの力はないよ』
「そ、そうか……残念だ」
「バカなことを言ってないで、ちゃんと書記をしていなさい!」
(わ、私もなんか言ったほうがいいかな……いや、やっぱり言わないほうがいいかな……)
もめている騎士たちをよそに、ルーシーは賢へ訪ねる。
今までは自分のことでいっぱいいっぱいだったが、今は賢のことを考えていた。
「ねえ、賢はお友達とかお父さんやお母さんに会えないのに、寂しくないの?」
『ん? まあ……そうだな。寂しいと言えば寂しいんだが……死んでるから』
「死んでると寂しくないの?」
『今は君を守るという仕事があるからね。まあ、こうやって迷惑をかけているから、申し訳ないとは思っているけども』
今更仲間に会っても、何を言えば良いのかわからない。
そういう意味でも、ルーシーと分離してよかったと賢は考えていた。
「ごめんなさい、話の腰をおって。それで、貴方にはどんな力があるの?」
『……まあ、基本蹴って殴るだけだな』
できればルーシーの一生が終わるまで、触れずに済めば一番だったこの世界の常識。
それを確かめながら、賢は言葉を続ける。
『君たちはレベルというものを知っているか?』
「……ごめんなさい、知らないわ」
『そうか。それだと分かりにくいが……俺がサイクロプスを追い払うために、ルーシーへ貸した力は丁度100だ。そして俺の全力は1000だ」
指を曲げていくルーシーだが、当然指の数が全然足りていない。
『まあ……全力を指十本だとして、貸したのは指一本分だと思ってほしい』
「それじゃあ、もっと強いの?!」
『生前の話だ』
驚きつつも興奮しているルーシーだが、実際に暴れるところを見たわけではない三人には実感がない。
なにせサイクロプスを追い返しただけで、死ぬまで殴り続けたとか、一撃でひき肉に変えたとか、その死体を実際に見たとかではない。
それで、賢が貸した力を想像することなどできないわけで。
『俺たちには『職業の恩恵』というものがあってな。特定の神殿で祝福を受けると、モンスターを倒しているだけで新しい魔法を覚えたり、力が強くなったり頑丈になったりするんだ』
文章にしてみると、ゲームを知らない人には理解できない話である。
ルーシーはともかく騎士三人さえも首をひねっており、とりあえず記録しておこうとだけしていた。
『俺は十の職業を極めていた。それらはすべて、肉体を強くすることに特化している。逆に言って、殴ること以外のことはできない』
「なんで? いろいろできたほうがいいのに。魔法とか使いたくなかったの?」
『使いたくなかったわけじゃないが……仲間がいると、やっぱり役割分担をしたほうがいいんだよ。もちろん全員が同じことをできるというのは強いけれど……六人しかいなかったからなあ』
魔法を使いたがるルーシーへ、賢はそうした理由を語る。
百人や千人で軍隊を作っているのなら話は別だろうが、六人しかいないならそうなるだろう。
だからこそ、分断された時一気に崩れてしまうのだが。とはいえ、分断されて一人になれば、どんな能力を持っていてもピンチだろう。想定するだけ無駄である。
『それに、十の職業を全部前衛の主体的な戦士職にすると、笑えるぐらい強くなれるからな。自分で言うのもどうかと思うけど、六人の中では一番強かったからな』
「でも死んじゃったんだよね?」
『ま、まあ……魔神は強かったし……』
歯切れが悪い賢。
実際、どんな能力を誇っていたとしても、結局21歳で死んでいるわけで。
「それで、貴方は十の職業……十種類の神の恩恵の内、一種類だけ貸したということね?」
『それで合っている。全部貸した場合、ルーシーが耐えられるかわからなかったからな』
それを聞いて、書記をしているオーリは嬉しそうに笑った。
「なるほど、身を滅ぼすほど強大な力か……!」
「なにがなるほどよ!」
中二病はどこでもあるんだなあ、と賢は懐かしむ。
「あ、私御者を代わってくるね……」
そして、いい加減無言でいることに耐えられなかったレイキは、ゆっくりと動いている馬車の扉を開けて出ていった。