怪しいぞ! この上なく露骨に!
サイクロプスを、たった一人の少女が追い返す。
決して悲しいことではないものの、理解の及ばない異常事態であることに変わりはない。
街の大人たちは彼女を迫害するような愚行はしなかったものの、今まで街の一員としていたルーシーを持て余していた。
もちろん、誰もがそんな質の悪い話を信じたわけではない。
彼女が巨体を相手に大立ち回りをした姿を目撃した大人たちは少なくなかったが、逆に言って目撃していない大人たちは信じなかった。
しかしその一方で、建物を大破させたゴブリンの死体も多く見つかっていた。
それこそ街の中でサイクロプスがゴブリンをぶん投げた、としか言いようがない粉砕具合だった。
なによりも、気絶から目覚めた彼女自身が認めていた。
彼女にだけ見える何かが、彼女に力を貸して街を守ってくれたのだと言っていた。
そう言われてしまえば、もはや周囲も信じるしかない。
もとより、街がサイクロプスに襲われて被害を受けたことは事実なのだ。領主に報告するのは、一種当然と言えることだろう。
そして、領主の仕事は決まっている。
真偽を確かめるために、一度彼女を自分の城に呼びよせるのだ。
まさか子供一人を街から街へ移動させるわけにはいかない。護送の必要があった。
とはいえ、真偽も定かではない町娘の護送である。そんな要職の人間がぞろぞろと大名行列を作るわけがなかった。
当然、下っ端の騎士たちに話が向かう。相手が小娘ということで、年の近い若い少女騎士たちが選ばれたわけである。
「ふっふっふ……なにやら素晴らしい力に目覚めたという少女の護送……それを命じられたのは私たち四人! これは一種の運命じゃないか!?」
比較的貴族の中では傍流に生まれ、さらに長女ではなく三女や四女という下に生まれた乙女たち。
正真正銘の貴族令嬢を護送する任務を帯びた、女性だけで構成された女性騎士団。の中の下っ端四人。オーリ、ウオウ、キリン、レイキ。
見習い騎士の中でもさらに若手である彼女たちは、翌日の出発を前に領主のおひざ元で準備と称した買い物を楽しんでいた。
「ちょっとオーリ、わかってるの?! これはまじめな仕事なのよ! いつまでもごっこ遊びだと思っていたら駄目なんだからね!」
「まあいいじゃない、キリン。本人だってそれぐらいわかっているわよ」
(違うよ、ウオウ。オーリは本気だよ……)
城下町の通りには、多くの商店が並んでいた。もちろん彼女たちの懐具合から言えば手が届く『店』などそうない。
見て回るのは、もっぱら出店である。行商人が腰を下ろし、背負っていた荷物を布の上に並べただけの、店には並べられない粗末な品が彼女たちの身の丈だった。
「大体オーリ、準備ができているんならもう帰って休むべきでしょう?! なんで私たちを誘って、こうやって買い物をするのよ!」
(一緒に着ている時点で、私たちも同罪だよ、キリン……)
「我ら四人に申し付けられた初の任務だぞ? その記念の品を買おうというだけじゃないか! 別に借金をして買うわけでもないのだし、いいじゃないか!」
「もういいじゃない。何かいいものを買って、それでおしまいにしましょう?」
なんの間のいって、四人とも自分の財布と相談しながら店を探す。
そうしていると、やはり目に付くのは特徴のある店主だ。
他に客もなく、並んでいる商品も少なく、なによりも店主ががっしりとした男。
黒い髪に黒い眼をした、屈強そうな男だった。
商品を担ぐ行商人は力があると相場が決まっているのだが、それにしても彼はやたらと屈強である。
おそらく、兵士と言っても誰もが信じるだろう。
「おや、そこの人。もしや名のある兵士では?」
「黒い髪に黒い眼をした、有名な兵士なんていないわよ! っていうか、詮索はよくないでしょう?」
(キリンもオーリもうるさい……恥ずかしい)
目立つ、というだけの理由で彼女たちはその店主に話しかける。
ニコニコと商人らしく愛想笑いをしている彼は、騒がしい少女たちを快く迎えていた。
「おやおや、かわいい騎士の人たちだ。どうだろうか、ウチの商品を買うというのは?」
「あら……これ、いいものよ」
ウオウが手にしたのは、布の上に並んでいる五つの首飾りの一つだった。
他の商品はなく、どうやらそれだけを売っているようである。
「三人とも、これにしましょうよ」
「ちょっと、勝手に決めないでよウオウ! それに、値段も聞いてないし!」
「お値段なら、これでいいよ」
地べたに座っている店主は、片手の指を立てていた。
「……銀貨で?」
それなりに目利きもできるキリンは、やや高いと思いつつも財布のひもを緩めようとした。
「いいえ、銅貨で」
「銅貨で?! 安すぎるわ! 曰く付きなんでしょう?!」
安物買いの銭失いという言葉はあるが、あまりにも安いと怪しくて買う気も失せる。
小さくて透明感のある艶やかな石を金色の金属で絡むように包み、更にそれを金色の鎖でつないでいるシンプルな首飾り。
それが銅貨数枚で買えるわけがない。仮に非金属やガラスを使っているものだとしても、加工の手間を考えれば採算が合うどころではない。
「その通り、この首飾りは五つで一つ。持つ者に大いなる試練をもたらすという、いわくつきの……」
「買おう! 五個セットで!」
「バカじゃないの?!」
「と、言うのは冗談でしてね……。なんのことはない、これで売り切れなんですよ。確かに赤字ですが、こうして五つ首飾りだけ並べてたって誰も買ってくれるわけがない。ここでなんか仕入れて並べるか、それとも店じまいするか悩んでいたところなんでね」
言われてみれば、納得の内容である。
確かに首飾りだけを並べていても、他に商品がなければ品ぞろえの悪い出店だと思われてしまうだろう。
長居すれば食費もかさむので、ありえなくはない話だ。
「五つ全部買ってくれるなら、一つひとつはさっきのお値段、ということで。いわゆる在庫処分ですなあ」
「よし、買おうじゃないか! 五個セットなら、例のお嬢さんにも渡せるだろう?」
「なんで護送の相手に首飾りを送るのよ……でもそういうことなら、まあ納得ね。四つしか使わないとしても、いいお値段だし」
「店主さん、くださいな。いいわよね、レイキ」
「う、うん……(確かにきれいだし……安いし。でもウオウだけしか聞いてくれなかった……)」
悪くない掘り出し物に出会った彼女たちは、上機嫌でそれを身に着けて帰っていく。
それを見送る店主は、にやりと笑っていた。
「身につけておくと良い。それは『力の触媒』になるからなあ……」
彼は荷物をまとめると、そのまま去っていく。
誰からも声をかけられることなく、それこそ『新米騎士四人』以外からは見えていないかのようだった。
そうして、人ごみの中に消えていく。最初から、誰もそこにいなかったかのように。