支払わされた代償! 強大な力の反動!
そろそろ五人の少女が、扉の内部から帰還の予定である。
城内は色めき立ち、彼女たちの持ち帰るであろう戦利品の数々に期待していた。
今のところ、魔術的に価値のあるものは見つかっていない。
しかし巨大な獣の爪や牙の硬度は高く、毛皮も強靭で、多くの兵器転用が見込めた。
一部の植物学者は種子や果実なども希望しており、場合によってはそれも回収されるだろう。
まだ何も成し遂げていないが、彼女たちは城内で既に密かな英雄となっていた。
密か、というのは、彼女たちの力の根源が、英霊のものであるということだろう。
怨霊によって強化された者に、煮え湯を飲まされたものも少なくなく、その反乱で身内が死んだ者はそれより多い。
一際憎んでいる王子にとってはありがたいことに、彼女たちに向ける視線には一枚の戸板が挟まっている。諸手を上げて喜ぶものは、とても少なかった。そして、そういう輩は周囲からせっかんを受けている。
「ふん、小娘でもあの英雄の力を借りれば、お手軽に強者へ転じるか。ばかばかしい話だ……私でもいいだろうに。魔神も気が利かん」
「そういうな、お前のするべきことではない」
王子にとって救いなのは、父でもある国王の態度が一貫していることだろう。
怨霊に対して以前から疑いの目を向けていた彼は、比較されていた王子の味方であり続けていた。
「怨霊も勘違いしていたがな、国王とは人気さえあればいいというものではない。我らにとっての民が空気のような物であるように、民にとっても我らが空気であればいいのだ。都度ありがたがられても、そのなんだ、困るであろう」
「困りませんよ」
王子は拗ねていた。
怨霊にたぶらかされていた母親、怨霊にもてあそばれるまま王座をくれてやろうとしていた母親。
未だに現実を認めず、王子を憎んでさえいる母親。
あり得ないとはわかっているが、自分が武勲を挙げれば、その眼を向けてくれるかもしれないのだ。
その幻想が、彼の心を未だに縛っている。
「私でなければならぬ。そういうことを、私は言われたことが無い」
「余は言っているはずだが?」
「皆が言わねばなりません。他にいないので私が王、というのは耐え難い」
「そう拗ねるな。それにだ、実際にやってみれば楽しいとは限らん。相手が魔神の試練なら、王だからと言って気を使われることもないぞ」
怨霊と同じことをするのは癪だが、それはそれとして武勲が欲しい。
人の心とは、複雑な物である。
「おお、帰ってきたようだぞ。今回も大猟のようだな」
「そのようですね……」
収穫は多い方がいいが、それはそれで妬ましかった。
とはいえ、癇癪を起すことだけは避けよう。心に誓って、王子は倉庫へ向かう。
※
「へ、陛下……殿下……」
倉庫には大量の、さまざまな収穫が並んでいた。
森林地帯から持ち帰られた、結構な数の獣の死体。
それらは言うまでもなく新種であり、どれもが生前の強大さを伝えてくるのだが。
それでも、王子も国王も、疲弊しきっているオーリに目が向いていた。
『申し訳ありません、国王陛下、王子殿下。オーリに負担が偏りまして、彼女を疲労させてしまいました』
「……うむ、そうか。ではしばらく休暇をやろう、五人とも体を癒すがよい」
「それで、英霊よ。なぜオーリだけが疲れている?」
他の四人もそれなりに疲れているようだが、流石にオーリほどではない。
というか、オーリに対して申し訳なさそうでもある。
『それは今回遭遇したモンスターが原因なんです。いえ、もっと言うと、あの森林地帯にいるモンスターの傾向によるものなのですが……』
そう言って、とりあえず奇怪な犬の上を浮遊する賢。
『こいつはボーンドッグ。骨が発達しすぎて、皮膚を突き破って体の外に出ていて、それゆえに非常に頑丈なモンスターです。倒すには割合ダメージで複数回殴るか、貫通効果で直撃を通すか、魔法で焼くのが手ですね。もちろん、状態異常や能力値の低下も有効です』
ボーンドッグ。
賢がそう呼んだ犬は、蛮族の様に頭蓋骨をかぶり、他にも骨から作った滑らかな鎧を着ているようである。
しかし実際には、それはその犬の骨そのものであるという。まさに外骨格、奇怪なモンスターだった。
『こいつはニードルストーム、ヤマアラシみたいなモンスターです。非常に鋭い棘をもち、攻撃的な鎧となっています。この針一本一本が硬いので、貫通効果で直撃を通すか、魔法で焼くのが手ですね。もちろん、状態異常や能力値の低下も有効です』
大きめの犬程度のネズミ、と言う感じの死体である。もちろん、背面の針を除けばだが。
さて、そこまで言われれば何となく察しがついてくる。
『コレはヤスリヘビ、非常に荒い鱗としなやかな体を持ち、高い防御力を誇ります。これを倒すには……』
「あ、ああ、わかった。なるほど、あの森には頑丈なモンスターばかりがいて、貫通効果を持つのがオーリだけだったのだな」
考えてみれば前回のアーマーサーベルタイガーも、かなり頑丈なモンスターだった。
どうやら最初の扉の向こうには、貫通効果を持つ侍以外では倒せない、あるいは苦戦するモンスターばかりらしい。
「いや、少し待て。英霊よ、お前に魔法の力はないし、ルーシーとやらにも魔法は使えないのだろう。だが、他の四人は一応魔法が使えるはずだ。それでは威力不足だったのか?」
『いえ、それも違うのです。心苦しいのですが、魔法は温存せざるを得ませんでした』
そう言って、焦げたあとのある亀の死体の上に浮いた。
『これはモンキータートル、ストーカータートルともいい、ソリッドタートルともいうのですが……非常に頑丈なうえで体力もあり、何よりも”貫通無効”のスキルを持っているのです。これを倒すには、魔法攻撃しかない……とは言いませんが、現状では他に手が無いのです』
貫通攻撃と魔法攻撃でしか倒せないモンスターの群れの中に、魔法攻撃でしか倒せないモンスターが混じっている。
なるほど、性格が悪い話である。
「……オーリとやらが戦わざるを得なかったので、それだけ疲弊したと。わかった、そいつはもう休ませろ」
さぞ八面六臂の大活躍をしたであろう彼女を、退出させ治療するように促す。
待機していた医療兵が彼女を担架にのせて、そのまま運んでいった。
「ふ、ふふ……や、やっと休める……」
賢の力をすべて発揮したルーシーほどではないが、かなりつらいらしい。
自分にしかできない仕事を全うした彼女は、正しく休養に入っていた。
「あ、あの、私も失礼してよろしいでしょうか?」
付いていきたいと言ったのはキリンだが、他の三人も同じ風である。
オーリのことを心配しているのだろう、当たり前の心境である。
「ルーシー以外は行ってよい。英霊殿ともう少し話をしたら、ルーシーも行かせる」
国王の配慮に感謝しつつ、三人はオーリの担架についていった。
もどかしいと思いつつ、しかしルーシーは残った。
「……英霊殿、真意を聞きたい。彼女を酷使することに、意味がないとはいうまい?」
四人の見習い騎士が扱える魔法では、戦力として数えるには心もとない。
ならば、あの扉だけに限っても、もっと別の攻略法を考えるべきではないだろうか。例えば、他の扉を捜索するとか。
流石に、それを考えていないとは信じたくない。
『昔、俺の仲間の赤って奴がいたんですが、そいつがこんなことを言ってたんですよ』
※
魔神トロフィーは、ゲームマスターやクリエイターとしては真摯だ。
もちろん現実に人が死ぬゲームに他人を巻き込むのは、ゲーム以前の話だがな。
とはいえだ、これはあくまでもテストでありゲームだ。ちゃんとクリアまでの道筋があるし、ヒントもちりばめられている。
罠がある、意地悪な展開がある、強敵が待ち構えている。それら、俺たちにとって脅威になりえる状況も、セーブやロード無しでもどうにかできるようにしてある。
まあ、そんなもんないわけだが。
とにかくだ、これはある意味善意によって構築されている。
ダンジョンを攻略していけばモンスターの傾向がつかめるし、ボスモンスターの能力も分かる。
氷のモンスターが出まくるダンジョンに、いきなり炎のボスモンスターが出ないとかな。
だから、氷モンスターの弱点をちゃんと考えながら戦えば、ボスを相手にした時も優位に立ち回れる。
だから! お前は! ちゃんと! 出撃前に装備を確認しろ!
なんで氷耐性の護符をもって、炎のダンジョンに突入するんだ!
武器や防具の手入れもちゃんとしろ! 中途半端というかいい加減で、結局鴨ちゃんに任せっきりじゃないか!
命かかってるんだぞ、馬鹿が!
※
『とか、そんなことを』
途中まではともかく、最後の言葉は余計だった。
どうやら昔の賢は、やたらと粗忽だったらしい。
『まあ最後の最後で分断されたんで信じすぎるのもどうかと思うんですが、ベリーイージーの難易度なんだから、まあ疑っても仕方ないかと』
「では、貫通攻撃しか通らんモンスターや、それに魔法攻撃しか通らんモンスターが混じっているのも、それなりに理由があると?」
『あるでしょうね。多分、これはこれでレベル上げなんですよ』
仮に、魔法攻撃しか通らないモンスターを配置していなかった場合、賢たちはどうやって攻略しただろうか。
確実に言えることは、オーリの負担が減っていたことである。そうならないように、魔神は配置を考えていたのだ。
『俺が貸せる力は変わりませんが、俺の力を借りている彼女たちは俺の力に適応しつつあるんですよ、きっと』
「では奥まで行くと、オーリが今まで以上に酷使されると?」
『でしょうね』
王子はげんなりとした。なるほど、確かに困る話だ。
誰かから必要とされるというのは、面白い話ではない。
『多分他の扉も同じようなもんなんでしょう。各々の職業の特色を、一つの扉につき一つずつ学んでいくような感じで』
「なるほど、訓練のようなものか。確かにできることとできないことを把握しなければ、力を使いこなせているとは言えぬな」
まさに、彼女たちの冒険はまだ始まったばかり。
如何に装備が万全で、最初からレベルが100で、モンスターの情報が事前にわかって、難易度が低かったとしても。
それでも、他でもない彼女たち自身が、これから成長していかなければならなかった。
※
「うう……こんなことになるなんて……」
医務室で横になっていたオーリは、既に回復魔法による治療を受けていた。
しかし完全な回復には程遠く、清潔なベッドの上で横になったまま動けなかった。
「ケン殿が言ったとおりになったわね……」
悲し気なウオウは、賢の言葉を思い出していた。
全力で戦い続ければ負担が著しく、心身にダメージを負うことになると。
しかしそれを繰り返すことで心身が鍛えられ、より長い時間戦えるようになると。
なによりもこれから先の戦いでは、オーリの成長がカギを握ると。
なので、オーリには無理をしてもらうと、みんなの前で言われたのだ。
「思ってたのと違う……」
「どんなのを期待していたのよ、私としては想定通りなんだけど」
(むしろ、この程度で済んでよかったのでは……)
オーリは最初とても喜んでいた。自分にしかできないことがある、自分がやらなければならないことがある、自分だけがモンスターを倒せる。
彼女は多くのモンスターを相手に、獅子奮迅の働きを見せた。戦いに戦い、大いに奮戦して……。
その日は戦いの疲労で心地よく眠り、次の日疲労困憊で動けなくなっていた。
「一日全力で戦っただけでこれなんて……まだ序の口なのか……」
全身に走る痛みに悶えながら弱音を吐く。
それは彼女自身の理想とする、最強の騎士から程遠い姿だった。
「悪いわね、オーリ。貴女に負担をかけて」
キリンの言葉は優しいが、これからも頑張ってねという意味だった。
「ええ、貴女は立派よ。まだまだ先は長いけど、頑張ってね」
オーリが見ての通りにボロボロになっても、再起不能になったわけでもないので、継続して頑張ってもらうように頼んでいた。
(私じゃなくてよかったな~~)
誰も彼女のことを止めなかった。なぜなら、彼女しかできる人がいないから。
彼女を必要としているからこそ、彼女に負担を強い続ける。たとえ彼女が嫌がっても。
必要とされる、必ず要るということは、そういうことなのだから。
世間から評価されるだけ、まだマシなのかもしれない。
「ね、ねえみんな……誰か、代わってくれない?」
「無理でしょ」
「無理なのよ、ごめんなさいね」
(嫌)
「そ、そっか……」
そして誰も代わってくれないのなら、自分でやる。
それができるのだから、彼女もまた上等な人間なのだろう。
本作をここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。
作者の力量不足で、ここから先を書くことができなくなってしまいました。
大変申し訳ありません。




