示された道! オーリの役割!
結論から先に言えば、賢はお世辞にも頭がいいとは言えなかった。しかしその一方で、五人の少女を導くには十分な経験を積んでいた。
事前に予測して準備することはできなくとも、実際に現場を見れば過去の経験と照らし合わせて判断ができる。
少なくとも今回の冒険では、彼の指針に間違いはなかった。
日をまたいで、五人は拠点を設置できるだけの資材を持ち扉の中へ突入した。
彼女たちは簡易なテントを設営し、城の魔法使いが準備した虫除け獣除けの陣を布き……。
とりあえず、この世界を捜索していく準備を整えていった。
もちろん、一日で終わるわけがない。
というか、一日で行って帰ってこれる場所に設営しても仕方がない。
数日この世界を捜索する場合に、一々王の城へ帰還しなくてもいいようにするための仮拠点である。仮拠点と扉には、一定の距離がなければならないのだ。
そんな拠点も、当然ながら一つの方向に設営するわけではない。東西南北に一つずつ設置し、広範囲を捜索できるようにしておかなければならない。
そして当たり前だが、それらはとてもかさばる。テントそのものがそれなりに大きいし、その中に置かなければならない食料や薬などを考えれば、五人で分担しても結構な量である。
その、結構な量の荷物を抱えて移動するのなら、前衛職五人がモンスターと戦えるわけもないのであり……。
戦えば勝てる相手に対して、逃げの一手を打つしかなかったのだ。
もちろん場合によっては戦うことも必要だが、その場合荷物が無事で済むことは期待できない。
つまりは下準備、冒険をするための地味な作業という奴である。
「ねえ、ケン」
『なんだ』
「つまんない、代わってよ」
『嫌だ』
設営をする場合はそのまま野営になるので、美味しくない保存食を食べた後に野宿をすることになる。
最初の二回はキャンプのようなもので楽しくとも、三回も四回も設営していれば流石に飽きる。
田舎から出てきて城で生活をした少女としては、耐えられない面倒さと窮屈さだった。
「いいじゃん、ちょっとぐらい」
『ちょっとなら我慢しなさい、お母さんもそう言ってただろう』
「そうだけどさ……」
ぶつくさ言いながらも、ルーシーは設営を手伝う。
都合のいい洞窟を探すのも面倒なので、木と木の間の草花を毟って石をどかしてスペースを確保し、その上や横に大きく分厚い布を張る。
まさに簡易なテントなのだが、当然とても面倒くさい。少女が五人寝るスペースを確保し、しかも荷物を多めに設置しておかなければならないのだ。そりゃあ広い範囲を確保しなければならない。
しかも、多くの荷物を抱えて密林を歩いた後で、である。
嫌な気分になっているのはルーシーだけではない。実質何もしていない賢を除いて、全員が嫌な気分になっていた。
違うとすれば、それが我慢できるかできないかでしかない。
「あら、どうしたのオーリ。手が止まっているわよ」
「……わかっているさ、ウオウ」
見習い騎士四人の中では、オーリが一番不満そうだった。
面白くもない仕事をてきぱき進められるほど真面目でもないので、途中途中で手が止まってしまっていた。
「その、なんだ、ケン殿」
『力なら貸さないぞ』
「……まだ何も言っていないんだが」
『何も言わずに設営をしてくれよ。見張りなら俺がしているから、大丈夫』
今の彼女たちは、素のままである。
100レベルとはいえ強大な力であることに変わりはなく、常に貸すことが負担になってはならないと、必要な時以外は能力を貸さずにいた。
賢はルーシー以外の体を好き勝手に操作できないが、力を貸すかどうかだけは自由に選べる。
それは実質的に、この場での行動をすべて支配していると言ってもよかった。
どれだけ気が逸ったとしても、賢の力を抜きにモンスターと戦えるわけもなかったからだ。
「手分けをしてもいいと思うんだが……ほら、ここ最近は、モンスターと戦っていないし! 既に設置した拠点が、もう駄目になっているかもしれないし!」
「それをアンタが確認して、それでどうするのよ。アンタ一人で補修するの? その資材は?」
薪の準備をしているキリンが、冷ややかに注意する。
はっきり言って、オーリに対して呆れていた。
野営の設置は、見習い騎士として当然の仕事だ。それに不満を持つなど、騎士として認められるものではない。
こうした雑事を嫌がるなど、ルーシーに示しがつかない。
「そうよ、オーリ。こういうことをちゃんとしておかないと、後で困るじゃない」
(ここの強大なモンスターと戦いたがるとか、頭おかしいのかなあ……)
少なくとも、彼女以外はちゃんと仕事をしていた。
ここで手を抜くと困るのは他の誰かではなく、ここで寝泊まりをする自分たちである。
「むむむ……ケン殿、本当になんとかならないのか?」
『鴨に任せてたからな、そういうのは』
「そればっかりだな……」
『仕方ないだろう。知っての通り、俺は戦うのが専門だったんだ。他のことは何にもできない』
オーリも理屈はわかる。しかし、それでも承服しきれない顔をしていた。
※
一行が四つ目の仮拠点を設営し終えたその日の夜、五人の少女はテントの中で眠りについていた。
熱帯地方ではあるのだろうが、夜が特に寝苦しいということはなく、鳥も虫もさほどうるさくなかった。
ただそれでも、彼女たちがリラックスできたわけではない。
肉体労働をしたので汗をかいていたが、水浴びができるわけがない。一応水は持ち込んでいるが、飲料であって体を洗うには足りない。
それで地べたに布をしいて、仲間と密集する形で寝ているのだ。気持ちよく寝れるわけがない。
『……』
賢は幽霊であり、時間の感覚がマヒしている。端的に言えば、暇が苦ではない。その上霊魂なので、眠くなることが無い。それはとても理想的な見張りだった。
文字通り寝ずの番をしており、テントの外で周囲に気を配っていた。
元々ルーシーの守護霊として見守ってきた賢である、仕事が変わったというわけでもない。
強いて言えば、見守る相手が一人から五人に増えた程度だろう。
『どうした、眠れないのか?』
「ああ、そうだ。気が昂っている」
眠れないほどに、今から戦場に出そうなほど気が立っている顔をしたオーリは、不満をぶちまけていた。
「ケン殿。このやり方は正しいのか?」
強い目で賢の人魂をにらむ。実質的にこの旅を先導する彼へ、真意を問いただしていた。
「確かに私は未熟だし、他の者も精鋭とは言い難い。だからこそ、実戦を重ねるべきではないのか?」
『そうだな、それも確かだ』
「……私は間違っているのか?」
『いいや、全然。むしろ、他の子よりいい線をいっているよ』
賢からの評価は、オーリにとっては意外なほど肯定的だった。
「じゃあなんで、こんな遠回りを? 私には、遠回りをしているように思えるんだが……」
『そりゃあ遠回りだからな』
「……みんなもモンスターを倒す訓練をするべきだ。なんでわざわざ、遠回りを」
『近道を歩きたがらない子もいるんだよ』
「貴方がそんなことを言うとはな」
『知ったようなことを言うなあ……あの記憶を見れば、わからんでもないけど』
昔の賢は、勇猛を絵に描いたような、豪快な戦士だった。
魔神を相手に時間稼ぎや弱点を探るようなことはなく、ひたすら真っ直ぐに戦いを挑んでいた。
その姿勢を魔神は好んでいたし、オーリだってほれ込んだと言ってよかった。
『死ねば馬鹿も治るもんさ』
「私も馬鹿なのか?」
『いや、そうは言ってないけどさ……ただ、俺は俺でちゃんと考えているんだよ』
人魂でも、目玉が無くても、視線は感じた。
賢はオーリ達を、少女だと思ってみている。
「私は騎士だ! それに、他の三人も立派な騎士だ! 半人前だとしても、いや、半人前だからこそ甘やかさないで欲しい! 私たちが成長すれば、ルーシーちゃんだって守れる! 魔神の試練だって、越えて見せる!」
『いや、それは全く心配していない』
「し、してないのか?!」
『君が信じているように、君たちはみんな優秀だよ。上から目線だからかもしれないが、みんな上等な騎士様だ。安心してルーシーのことを任せられる』
仮にも魔神を討ち取った勇者である賢からの評価に、思わずオーリは顔を赤くしていた。
まさかそこまで評価されているとは思っていなかった。
『こういっちゃあなんだが、何をやってもダメな奴はダメだ』
「……本当に、酷い言い方だな」
『俺たち六人だって、別に仲良しこよしだったわけじゃない。だがそれでも、俺たちは信頼できていた。今でもそう思っている』
仲間に裏切られて殺された後でも、賢はそう言いきっていた。そこに、一分も嘘はなかった。
『君が当たり前だと思っていることは、当たり前じゃない。国王から命じられようが、自分にしか出来なかろうが、嫌になって放り出すなんてよくある話だ。強い力を託されても、それを自分のためにしか使えない奴の方がずっと多い』
「それは、そうかもしれないが……」
『君たちは逃げず、わめかず、こうして一緒にしんどいことをしている。それは君たち全員が立派な人間だからであり、ちゃんと我慢ができる人間だという証だ』
「……」
『君がもどかしい想いをしているのは、君が間違っているからじゃないし、君の仲間やルーシーが間違っているからでもない。誰も悪くない』
はぐらかすのではなく、本音を語っていた。
『共同作業をするんなら、誰もが嫌な思いをするのが当たり前だ。仲間なら楽しいだけだとか、信頼し合っていれば嫌なことなんてないだとか、そんなことは嘘っぱちだ。君が我慢しているように、みんなだって我慢している』
「……そうかもしれない。だがなんで実戦を重ねないんだ? こんなことをする意味が解らない、ただ先延ばしにしているだけじゃないか?!」
だからこそ、オーリも大真面目に問う。
「拠点を一か所作ったんなら、まずその周囲を捜索しつつ実戦を重ねればいいじゃないか。なんでわざわざ拠点だけを先に作るんだ?! なんの意味があるんだ?!」
『ない!』
「ないのか?!」
『あるわけないだろうが、考えるまでもないことだ。君が考えたようにするのが一番だ』
「だったらなんで……」
『さっきも言ったが、遠回りをするためだ』
「遠回りになんの意味が?!」
『だから、ないって言ってるだろう?』
意味を求めている少女に、意味が無いと語る英霊。それは問答になっていなかった。
オーリはただ、言葉を失うばかりだった。
『しいて言えば、近道をしたくない子だっている。それだけだ』
「……」
『君が意味のあることだけしたいのは、君がこの冒険に乗り気だからだ。だけど、他の子たちは意味もなにも、まず冒険自体したくないんだ』
賢は、ずっと冒険をしていたかった。
だがそれが我儘だと知っていた。だから、魔神と戦うことに反対しなかった。
「だが……それでも、私が正しいんだろう? 冒険をするのが、モンスターと戦うのが正しいんだろう?」
『そうだ。ただ、やり方が間違っている。考えても見てくれ、そもそもここにいるだけで既に冒険で、モンスターと戦う危険を冒しているだろう? 最大限頑張ってそれ、っていう子だっている』
賢は、真摯に頼んでいた。
『オーリ、君に頼みがある』
「た、頼み?! 勇者が、英霊が、私に頼み?!」
『モンスターと戦うときには、侍の攻撃力がどうしても必要だ。誰よりも勇敢に挑み、誰よりも多くの敵を倒してもらわないといけない』
「私が、誰よりも多くの敵を倒す……」
『それには危険も伴う。だがそれでも、誰かがやらないといけない、君がやらないといけないんだ』
敵の攻撃に耐えていても、敵は減らない。敵を減らすには、倒すしかない。
誰よりも敵を倒すのは、オーリの役割だった。
『武勲を挙げるために戦うんじゃない、仲間を守るために敵を倒してくれ。それができるのは、五人の中では君だけだ』
「そうか……私にしかできないんだな! 粉骨砕身の覚悟で挑むとも!」
『うん、そうなんだ。死ぬほど頑張ってくれ』
侍
前衛職
スキル 兜割り 通常攻撃に貫通効果
能力値 D
スキル B
装備 E
能力値は攻撃寄りで、スキルも攻撃寄り、装備もどちらかと言えば攻撃寄り。
特にスキル兜割りによる貫通効果は、基本職とは思えないほど強力。
高い攻撃力をそのままぶつけることで、同レベルの雑魚なら大抵倒せる。
ただ体力も防御力も、お世辞にも高いとは言えない。
被弾して即死ということはないとしても、戦闘不能になることもしばしば。
上位職は侍大将の他に、鎧武者や武芸者などがある。
どれも攻撃に優れたスキルをもっており、侍を極めることは攻撃型の前衛には必要なことと言っていいだろう。
ただ、全体として装備は弱めである。




