キラキラ! 輝く眼!
初日の戦果にしては、余りにも大きい首級。なお、文字通りの意味である。
でろりと力なく舌を出したまま、うつろな目を開けて死んでいる猛獣。
その姿を見て、満足げなオーリ。その一方で、他の四人はオーリにおののいていた。
「ねえ、ケン……あの武器、凄い切れ味だね……」
『いや、アレは侍のスキルによるものだ。もちろん刀そのものも100レベル相応なんだろうが、そもそも侍が装備できる武器ってそこまで大したもんじゃないし』
その一方で、能力を貸している賢はさっぱり驚いていない。
何度も言っているが、この程度の相手に一喜一憂されても困るのだ。
『侍のスキルは貫通効果。アーマ―サーベルタイガーは高い防御力を誇るが、侍の力を持つオーリなら豆腐を切るようなもんだろう』
「とうふ?」
『……まあ、スパスパ切れるってだけだ、うん。あらかじめ俺が弱らせてた分、簡単に殺せたわけだな』
どれだけ強力な基本能力を持っていても、特別な能力に対してはとてももろい。
もちろんそれは、勇者側にも言えることではあるのだが。
『他の面々だと、こうはいかない。こんな簡単に倒せるのは、オーリだけだと思ってくれ』
「慎重に戦わないといけませんね……レイキは別の意味で安心ですけど」
「ウオウ、それどういう意味? ねえ、なんで私は安心なの?」
「レイキ、気にしなくても大丈夫よ」
自分はどんな記憶を失ったのだろうか。そう思うと、レイキは青ざめてしまう。
しかし、勇気がないので聞けない。命にかかわることではない、ということなのだろうが。
「それじゃあ、これを持ち帰ろう! きっと、城の中は私たちのうわさで持ち切りだぞ!」
「アンタ前向きね……で、どうやって持ち帰るのよ」
死んだからと言って、一切軽くなっていない巨大な獣。
これを持ち帰るとなると、相当面倒である。
『担いで帰るしかないな』
「雑ね?!」
聞いたキリンは、余りにも雑過ぎる解答に困っていた。
そりゃあ担いで持ち帰るのが当たり前だが、他になにか魔法的な方法はないのだろうか。
『鴨がいればしまえたんだが……』
「ケン殿って、そればっかりね……。まあ死ぬよりはいいけど」
逆に言えば、担げば持ち帰れるのだ。
キリンとしても全身を持ち帰った方がいいとは思っているので、持ち帰れるのはいいことだ。
ただ、先のことを考えると、そんな楽観はできないのだが。
『単純な腕力なら、ルーシーが一番だぞ』
「大丈夫よ、一番軽そうな頭を持ってもらうから。私たち四人で、残りを持ち上げましょう」
「あ、頭を持たないと駄目なんだ……」
頭部とそれ以外なら、頭部だけを持たされた方が楽だろう。
だがでろんと舌の出た、デカい猫の頭を持ち上げて運びたいか、と聞かれたら嫌なのは当たり前だ。
「ちょっと待ってくれ!」
それを止めたのは、やはりオーリだった。
「なによ、オーリ。今度はなにが言い出すの?」
「キリン、この頭を持ち上げてみてくれ!」
普通の女性なら、数人がかりでも持ち上がるかわからない、巨大すぎる頭。
それをオーリは苦も無く渡し、キリンも軽そうに受け取っていた。
「だからなによ」
「掲げてみてくれ」
「これでいい?」
自分の頭上に、巨大な猛獣の頭を掲げるキリン。
その姿を見て、他の四人は爆笑した。
「はははは!」
「あははは!」
「ぷ、ぷくふふふ!」
「う、うふわははは!」
「き、キリンさん! スゴイ似合ってる!」
今の彼女は、蛮族の力を借りている。しかも、相応の装備を身に着けている。
獣の毛皮をかぶった蛮族が、巨大な猫科肉食獣の頭を掲げている。
絵面としては、とても親和性が高い。
『あはははは!』
賢も大笑いしていた。確かにとても似合っている。
しばらく何を笑われているのかわからなかった彼女だが、しばらくすると何が可笑しいのか理解した。
「ふざけないでよ!」
掲げた頭を、他の面々へ向かってぶん投げる。
慌てて逃げるが、棍棒を振り回して追いかけていた。
「まて、こら! 全員ぶっ飛ばすわ!」
※
一行が扉の中へ入って、しばらくの時間が経過した。
朝に入って、もうすでに夕刻である。
内部の時間と外の時間が一致しているとも限らないが、中の様子が見えないのはもどかしかった。
扉を収めている小屋の前で待機している兵士たちは、不安げに話をしていた。
「なあ……大丈夫だと思うか?」
「わからん。中でトラブルがあったのかもしれんが、入れないからな……」
「心配だ……」
数人の兵士たちは、素直に彼女たちの身を案じていた。
「俺さあ、あれぐらいの娘がいるんだよ……そう思ったらさあ」
「わかるわかる。この間の反乱で、新兵が結構死んだだろ? あの中に、俺と知り合いの子がいてさ……男だったけど」
「だよなあ……若いのが死んだら、へこむよなあ」
未知の世界への冒険、それに対して恐怖が勝る年になってしまった。
若い者が前人未到の地へ赴いた場合、心配が先に出る年になってしまっていた。
それだけ長生きできたということでもあるし、決して悪いことではないのだが。
「それにしても、英霊であれ怨霊であれ、勇者の魂ってのはすげえんだなあ。あんな小僧どもに、あんな力を渡せるなんて」
「やめとけよ、あの怨霊を勇者扱いするなんて」
「……違いねえ」
およそ兵士たちにとって一番いやなことは、他人に手柄をとられることに他ならない。
死ぬ思いをして得た功績を、何もしていない相手にかすめ取られるなど想像するだけでも憎たらしい。
それを実行に移した怨霊は、軽蔑の対象以外の何物でもない。
そもそも、彼らの価値観から言えば賢の言動は普通だ。あの程度の軽口は、暴言の内にも入らない。
もちろんそんな感性が絶対に正しいというわけではないだろうが、それでもその程度のことで殺されてはたまらないのだ。
「ん、なんか音がしたな」
「おお、帰ってきたみたいだな」
小屋の中で、扉が開く音がした。
さあ、異世界へ冒険していた乙女たちの帰還である。
そう思っていたら、小屋の壁が内側から破壊された。
しかも、その壁から出てきたのは巨大な猫の顔だった。
大人よりも大きそうな牙を備えた、大きい猫の頭が飛び出てきた。
「ぎ、ぎゃあああああ!」
瓢箪から駒という言葉があるが、まさにそんな感じだった。
小屋から出てきたのが巨大な猫の頭だったので、兵士たちは恐れ慄いていた。
「あ、壊しちゃった」
その頭を抱えて出てきたのは、一際幼い少女だった。
『よく考えたら、この小屋の扉小さすぎるな』
「こ、壊しちゃったけど怒られないかな?」
『謝れば許してくれるんじゃないか?』
「許してくれるかなあ……謝っても、許してくれないことってあると思うし……」
その後も、続々と巨大な獣の肉体が出てきた。
手足や胴体が、肉屋で陳列されているように、切り分けられて出てきた。
「なんか……思ったのと違う」
「そんなこと言ったって、扉よりも大きかったんだから仕方ないじゃない」
「そうよ、全部運べるだけよかったじゃない」
(血まみれだよ……凄い汚れたよ……)
小屋そのものに収まりきらないほどの巨大な『肉』が、出荷されるように出てくる。
わかり切っていたことではあるが、やはりこの小屋の中は別世界に通じているのだと誰もが理解していた。
「い、いかん! 荷車をもってこい! 流石にこんなものはそのまま王都に入れられんぞ!」
大慌てで、巨大な荷車が大量に用意された。
日が暮れていく中で、城下町を大急ぎで通っていく荷車の列。
それが何なのか、城下町では噂されることになるのだが、巨大な獣の死体とは気づかないだろう。
※
「ということで、これが私の討ち取った、サーベルアーマータイガーでございます!」
『いや、アーマ―サーベルタイガーだ』
謁見の間ではなく、巨大な倉庫。
土間のそこに並べられた、モンスターの死骸。
それを目の当たりにして、国王も第一王子も、その他の誰もが驚嘆していた。
こんな巨大なモンスターなどそうそう目にすることはないし、それを五人かそこらで仕留めて持ち帰ったなど、更に考え難いことだった。
だがだとしても、現実に巨大な獣の死体はそこにある。
「ふん……英霊よ、これは本当に小娘がやったのか?」
不快そうな王子に対して、賢は素直に答えた。
『俺が弱らせたのを、オーリが仕留めました』
「そうか、だろうな」
下手に盛っても顰蹙を買うだけなので、正しい情報を伝える。
実際、王子も多少は気が紛れていた。
「素晴らしいな」
王子が苛立つであろうことを、国王はつい言ってしまった。
それだけ、目の前の死体が衝撃的だったのだろう。
「英霊殿、これは何かに使えるのかな?」
『確か、牙と爪は鉄よりも頑丈だったはず。後は皮膚だな、やたら頑丈だったような気がする。ちょっと面倒かもしれないが、加工自体は普通に出来るはずだ、です……』
獣の毛皮は、加工次第では立派な防具になる。
ましてアーマーサーベルタイガーは、アーマーの名を冠するほどに頑丈なのだ。
その皮膚を加工することができれば、確かに頑丈な鎧を作れるだろう。
その皮膚よりもさらに強そうな爪と牙。
仮に加工できなかったとしても、そのまま飾るだけで相当の価値を生むだろう。
『ただ、持ち帰っても加工するのが大変、ってものもあるとは思いますよ』
「貴殿が我らの技術水準を知っているわけがないので判断は難しいだろうが、出来ればできるだけ多く持ち帰って欲しいな……」
魔神の試練を越えれば、相応の恩恵が国家にあるという。
しかし現時点で既に、この国へ恩恵をもたらしていた。
初日で仕留めた獲物だけで、破壊された城壁分の価値はあるのではないだろうか。
『そうですか……でも、これぐらいのものを一々持ち帰っていたら、それこそ往復するだけになりますよ?』
「ぬ……確かに」
賢としては、初日の収穫ということで持ち帰っただけである。
こんなデカいものを、倒すたびに一々持ち帰っていたら、それこそ冒険にならない。ただの狩猟である。
それはそれで実入りがあるのだろうが、扉一つの攻略にそんな時間はかけられない。
「では、今後はどんな計画を立てているのかな?」
国王の質問を聞いて、五人は思わず賢を見てしまう。
今更だが、賢はそんなに頭が良くないというか、いい加減で適当なのに自信満々なところがある。
『思ったより広かったんで、いくつかの仮拠点を作りながら探索しますよ。三カ月で攻略できるはずですから、経験を積みながら回れば倒すべきボスにぶつかれると思うんで』
「ふむ」
『レベル上げとかは済んでますからね、装備も十分のはずなんで、敵ごとの戦い方や連携を覚えていけばと思います』
「では、仮にすぐボスを見つけても叩く気はないと?」
『危ないだけですからね。この際ですから、色んな種類のモンスターと戦ってほしいんですよ』
「なるほど、まだ焦る段階ではないと……」
割とわかりやすく常識的な回答だった。
それを聞いて、五人の乙女は胸をなでおろす。
「ふふふ……」
そしてオーリは、自分が仕留めた獲物を見る。
切り分けられても巨大だとわかる獣へ、国王や王子さえ畏怖の視線を向けている。
「これが欲しかったんだ……!」
求めていたものを手に入れて、彼女は感動に打ち震える。
望んでいたものを本当に手に入れて、彼女の眼はまさに輝いていた。




