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猛襲! アーマ―サーベルタイガー!

耳寄り情報


防御力の高い相手には、防御力を無視して攻撃できる『貫通攻撃』が有効。

体力が多い相手には、相手の最大体力に応じて与ダメージが変わる『割合ダメージ』が有効。


なお装備やスキルなどで、貫通攻撃無効、割合ダメージ無効がある場合は、通常攻撃の判定となる。

というか、一定の段階に達したモンスターは雑魚でも貫通攻撃を出してきたり、低い割合ながらも割合ダメージを出せるので対策必須である。

ただし、装備の場合は破壊したり盗むことができるし、スキルの場合はスキル封印の状態異常や、スキル付加の地形効果によってかき消されることもある。


ちなみに、賢や魔神を含めた一部のモンスターには貫通攻撃も割合ダメージも通じないが、たいていの場合状態異常も地形効果も無効なのでどうあがいても貫通攻撃も割合ダメージも通らない。

 豊かな森林、という穏やかな表現は不適切だろう。

 不気味な森、という怪しげな表現も不適切だろう。

 生命力にあふれている森、という表現が適切に違いない。


 暴力的なほどに日光と湿度が溢れているその土地は、相応の野蛮さをもって生存競争を行っていた。

 凍土や砂漠とは違う、生命が食い合う緑の地獄。

 そこに足を踏み入れた少女たちは、未知の世界に対して興奮を隠せなかった。


『ああ、ごほん……そのなんだ、うん、今日のところは日帰りにしようじゃないか』


 五人の少女たちは、全員が言葉を失っていた。

 無理もあるまい、賢を含めて六人の勇者たちは『熱帯の島々』というものを、知識として良く知っていた。

 だが彼女たちは、それこそ絵でも見たことのない光景を見ている。

 無知ゆえの感動が、彼女たちを揺さぶっていた。


『道を見失わないように、この近くを動かないようにね』


 言っても無駄だろうな、とは察しもつく。

 だが、だとしても、好奇心と冒険心は節度を守らなければ危険だ。


「う、うおおおおおおおお!」


 特に意味もなく、オーリが叫んでいた。

 今まさに、前人未到の世界へ足を踏み入れたのは、彼女たちが初めてなのだ。

 それこそまさに、冒険、探検、挑戦である。


「私は、やるぞ! やってみせるぞ!」


 可能性という言葉に溢れすぎた感動が、心を揺さぶりすぎていた。


『……おい』


 頭を冷やさせるべく、賢は全員に貸していた力をいったん取り上げた。


「う……う? うわあああ?!」


 装備が剥がされたこと、借りていた力がなくなったことで、オーリはパニックに陥る。

 その一方で、他の四人も慌てて周囲を警戒していた。


『五人とも、気持ちはわかるけどここは危険地帯なんだ。あんまり大騒ぎしちゃだめだよ』


 即座に力を譲渡しなおす賢。

 そのうえで、改めて指示を始めた。


「け、ケン殿! 驚かさないで欲しいな!」

『冒険っていうのは、好き勝手にやることじゃない。一人じゃないならなおのことだぞ』

「す、すまない……」

『俺も桜花によく言われたもんだ……』


 賢がしみじみと昔を振り返っているのだが、レオン王子が元だと思うと一気に説得力が失われてしまう。

 ともあれ、一行はようやく正気に戻っていた。


『まずはこの場所から安全に降りられる道を探そう、いいね?』


 賢の指示に従って、岩山からの下山ルートを探索していく。

 流石に都合よく階段があるということはないのだが、そこそこに横幅のある下山できる道が見つかっていた。

 岩山の表面はざらついているものの、それがかえって歩くのにある程度の安心感があった。


 その道を歩いている最中も、オーリは足元ではなく周囲を見渡してしまう。

 誰もがそれを注意しようとするのだが、しかし誰もがそれについつい同調してしまう。


 眩しい日差しが鮮やかな緑色の葉を照らし、それが文字通り輝いていた。

 思わず見とれてしまい、全員がよそ見をしながら歩いてしまう。


「ケン……凄いね」

『ああ、そうだな。でも前と足元を見ようよ』

「うん……」

『前! 足元!』


 山を下りきって、湿度の濃い森に降り立つ。

 流石に近くまで来ると、感動するだけではなく圧倒されてしまった。

 元々日光が強いので、暗いということはないのだが、ただ単純に木々がひしめき合っているので視界が遮られている。

 足元は木の根がびっしりと張り巡らされており、その上でその合間には背の低い草が密集していた。

 その、背が低い草、でさえ少女たちよりも大きい。


 彼女たちの知識とは、余りにも違い過ぎる巨大な植物群。

 それに対して恐怖を感じてしまう。


「おおおお!」


 なお、オーリ。

 彼女はとても喜んでいた。

 侍の格好をしている彼女は、侍とは思えない陽気さと無邪気さを発揮して、緑の中へ飛び込んでいった。


「……ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」


 その後を追いかけるキリン。

 二人は視界の塞がれている森の中へ消えていった。

 そして、そのまま声が聞こえなくなった。


「……二人とも、どうしたのかしら」

「ウオウ! そんなことを言ってる場合じゃないよ!」


 慌てて、残る二人の騎士たちも入っていく。

 そして、そのまま戻ってこなかった。


「……ケン?」

『なんだ?』

「みんな戻ってこないんだけど」

『とりあえず、ダメージは受けていないみたいだが……』


 いつの間にか、まったくの別世界で一人っきりになったルーシー。

 鳥の鳴き声や獣のうなり声、風が森の中をかける音さえ、彼女の耳には不安に聞こえてしまう。


「わ、私も入ろっかな?」

『……いや、止めた方がいいぞ!』


 獣の咆哮を聞いて、賢はなにが起きているのか把握していた。


「きゃああああああ!」


 四人の少女が、大慌てで森を脱出してきた。

 彼女たちの背後から出てきたのは、巨大な原始の獣だった。


『アーマーサーベルタイガー?!』


 巨大すぎる牙を二本生やした、巨大な四足方向の猫科猛獣。

 木々をなぎ倒しながら現れたモンスターは、明らかに四人を追いかけてきている。


「う、うわあああああ!」


 それを見たルーシーは、自分も背を向けて逃げ出していた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「待って、ケン殿を連れて行かないで!」

「ルーシーちゃん! 先に逃げないで!」


 当たり前だが、ルーシーは五人の中では一番速い。

 一目散に逃げだしてしまえば、アーマーサーベルタイガーを含めて誰も追いつけない。

 しかしそれは、一番知識のある賢が、他の全員と引き離されるわけで。


「ま、まってぇ! みんな、待って! 置いていかないでぇええええ!」


 そして、一番足が遅いレイキは悲鳴を上げていた。

 既に盾も武器も放り投げて走っているが、それでも全然遅かった。


【ぐぅうおおおおあああああ!】

「ひひゃああああ!」


 高い防御力を誇るのであろうが、どう見ても密林向けではない彼女の鎧。

 木の根に足をとられて、そのまま転んでしまう。

 その彼女へ、アーマーサーベルタイガーが前足を振り下ろす。


「ひやああああ!」


 五人の中では随一の防御力ゆえに、巨大な獣から抑えられてもダメージはない。

 動けないけど、ダメージはないのだ。


【るるる、るぅおおおおお!】


 騎士という職業の恩恵は、前衛職の中でも特に強力な防具を身に着けられることにある。

 素の防御力も当然高いのだが、今のレイキは完全装備の為、更に頑丈である。

 物理攻撃に対しては無類の強度を誇り、そのスキルゆえに魔法攻撃にも同等の防御力を発揮する。


「ふんぎゃああああ!」


 なので、アーマーサーベルタイガーでも、その装甲を突破することはできない。

 先日の賢が、あらゆる攻撃に対して無敵を誇ったがごとく、完全に無傷だった。


「いやあああ!」


 何度も何度も、前足でたたきつけられても無敵。


「ひゃあああ!」


 その巨大な顎で、噛みつかれても無敵。むしろ、牙の方が欠ける。


「みゃあああああ!」


 振り回されても、木にたたきつけられても、何のダメージも負わない。


「……凄いな、本当に全然大丈夫そうだぞ」

「アレが騎士の恩恵なのね……」

「かわいそう、あんなに叫んで……」


 追われることが無くなって、戻ってきた少女たちも安心して見守ることができる。

 防御力は大事である。一撃で相手を殺すことができたとしても、自分が死んだらそれまでだ。

 一度や二度の失敗が死につながるようでは、冒険はできないのだ。

 何回失敗しても大丈夫、という防御力は頼もしい。


「た、助けに行かなくていいのかな?」

『助けに行ってもいいけど、怪我するよ』

「じゃ、じゃあやめておこうかな……」

『獣型のモンスターは、それなりに頭がいい。攻撃が通じないと判断したら、そのうち逃げるよ』


 頼もしいので、あたたかく見守る。

 溺れる者を、慌てて助けにいってはならない。溺れる者は必死なので、救助者へ必死になってしがみつき、双方まとめて溺れてしまうのだ。

 それを避けるためには、相手が気絶するまで待つ。これに限る。



 結局アーマーサーベルタイガーは、文字通り歯が立たないことを悟って、諦めて去っていった。

 叫び疲れて気絶しているレイキを、他の四人は回収することができていた。


「良かったわ……本当に、一切傷はないわ」


 気絶しているレイキを、ウオウが検めた。鎧の下の体には傷一つない。

 叫びすぎて喉が酷いことになっているし、体には血が付いているが、それでも傷が無い。

 レイキを攻撃していたアーマーサーベルタイガーが、その防御力に負けて体を損傷した、返り血でしかない。


「本当に怪我がないね……よかったよ……」

『なんだかんだ言って、リザードマンのボスよりは弱かったからな』


 賢の指示は冷徹だったかもしれない。

 助けられるかもしれない相手を、そのまま放置するなど不味かった。

 しかし、うかつな行動は避けるべきだった。


『あの時のレイキに攻撃を通せるのも、アーマーサーベルタイガーに有効打を当てられるのも、どっちもオーリだけだからな』


 仲間を助けようとして、仲間へ攻撃を通してはシャレにもならない。

 少なくとも、全員がなんとか無事だった。


「そうか、よかった」

「良くはないでしょうが!」


 だがしかし、それを喜ぶ資格はオーリにはなかった。

 キリンはその胸倉をつかんで、激しく怒鳴りつける。


「元をただせばアンタが、不用意に森の中へ突っ込んだからでしょうが!」

「そ、それとは話が違うだろう。どうせ森に入ってすぐに出会ったのだ、遅かれ早かれ遭遇していたに違いない!」

「準備して警戒しながら戦うのと、いきなり遭遇して逃げ出すのは全然違うでしょうが!」

「そ、それでも……それでも、結果的に全員が怪我をせずに済んだんだからいいじゃないか!」

「レイキを見なさいよ! レイキに向かって同じことが言えるの!?」


 傷を負っていないとしても、余りにも痛ましい姿。

 流石に彼女へ『無事でよかったな』とは言えないようで、オーリは無言になってしまう。


「ねえ、ケン……私たちって、魔神の試練を攻略できるのかな……」

『それは大丈夫だ。ルーシーだって、他のみんなだって、俺の力をちゃんと使えるようになれば、一人でもあれぐらい倒せるようになるぞ』


 アーマーサーベルタイガー。

 その恐ろしい姿を見た四人の心中は、人それぞれだった。


「あのぐらいって……確かに無抵抗だったレイキが、全然ケガしてないんだから、そういうことなんだろうけど……」


 キリンは自分たちに貸しだされている力に驚いていた。

 突然現れた猛獣に対して、声を上げることもできないほど怯えていたのだが、実際にはルーシー達五人のほうがずっと強いのだ。少なくとも、能力値的には。


 であれば、全盛期の賢はどれだけ強かったのか。

 過去の記録を覗いた後では、ある意味納得なのだが。

 まったくもって、とんでもない人の力を借りているものである。


「それじゃあ、もっと強いモンスターとも戦わないといけないのね……」


 まだ見ぬ、更なる強敵を想って気分が沈むのがウオウだった。

 彼女としては、あの猛獣を倒すだけでも大試練に思えた。実際には、最初の敵という程度の弱さなのだ。相対的には。


 もっと強い敵がこれからも出てきて、それを倒さなければならない。

 現実を目の当たりにすると、なんとも言えない気分になってしまう。


「ううむ……私自身の成長が大事だな」


 オーリは自分の無力を嘆いていた。

 能力値があり、装備が良くなり、相応しい敵が現われた。

 にも関わらず、他でもない自分が真っ先に逃げてしまった。


 自分はできるとか、自分はやれるとか、ずっと思っていた。

 しかし実際にはこんなもの、成長しなければ試練は越えられない。

 彼女は燃えていた。


「……あのさ、ケン。もしかして、この間のリザードマンのボスの方が強かったの?」

『そうだぞ。もちろん、桜花の強化を込みでだが』


 ルーシーの質問に答えた賢。

 彼にしてみればむしろ当たり前のことだったのだが、四人全員が今更おののいていた。

 自分たちは大したことのない相手と戦っているつもりだったのに、実際にはさっきの猛獣より強かったのだ。


『だから、君たちがちゃんと戦えば勝てたんだよ。もしもあのリザードマンのボスよりもサーベルアーマータイガーに優れている点があるとすれば、強そうで怖いってところだな』


 見た目が強そう。

 リザードマンのボスを倒した五人を、その一点だけで逃走に追い込んだ。

 それはそれで、一つの能力値と言えるのかもしれない。

 逆を言えば、見た目が弱そうでも、実際にはとても強いモンスターがいるかもしれないわけで。

 

『何度も言うが、これは試練であり冒険だ。無理に大急ぎで前に進んでも、そのうち壁にぶつかるぞ。一つ一つ課題を見つけて、それを着実に攻略していくのが大事だ。とりあえず今回は、アーマーサーベルタイガーを五人で倒すのを目標にすればいい』


 最初の試練、アーマーサーベルタイガーを倒そう。

 なんというか、字面だけでも過酷である。普通はもうちょっと、弱めというか優しい課題であるべきなのではないだろうか。

 いきなり、アーマーでサーベルなタイガーと戦わねばならない理由は何だろう。


『大丈夫大丈夫、全員前衛のレベル100なんだし』


 理由、最初から強いから。簡潔な説明に、四人は言葉を失うしかない。

 冒険とは楽しいだけではなく、怖いのだということを嫌でも認識せざるを得なかった。


『……まあ、とにかく、今日のところはもう帰ろう』

「そ、それは駄目だ!」


 賢は撤退を進言した。

 初日で課題を見つけたわけだし、国王や第一王子も気にしていることだろう。

 彼らを安心させるためにも、現状を伝えるべきである。


 しかし、オーリはそれに反対していた。

 本人も帰りたいと思っているようだが、ムキになっているようである。


「この森のことを口でどう伝えても、信じてもらえるとは思えない。なにか成果が、証拠が必要だ!」

「証拠って……まさかアンタ、またあのデカいのと戦うの?」

「やめたほうがいいんじゃないかしら……レイキも帰りたがるでしょうし……」

「そ、そうですよ! オーリさん、そこいらへんの木の枝とかでいいじゃないですか!」


 はっきり言えば、みんな一旦は帰りたかった。

 なにせあの巨大なモンスターは、特別なボスでも何でもない、普通のモンスターとしてそこいら辺を闊歩しているのである。

 これ以上ここに留まるのは、とても危険なことに思えた。つまり、怖いので帰りたかった。


「最初の一歩目が肝心だ! みんなで頑張って、あのモンスターを倒そう! あのモンスターを持ち帰るんだ!」


 なるほど、あれだけ恐ろしい猛獣を、死体としてでも持ち帰ればさぞ尊敬されるに違いない。

 それは確かに他の少女たちもその尊敬の眼が欲しい。ここで見たことをちゃんと説明できる自信がないし、何よりもちゃんと証拠を持ち帰りたいのだ。


「それが終わるまでは、私は帰らないぞ!」


 だがしかし、それが難しいのは全員が分かっている。

 彼女たちにそんな勇敢さ、無謀さがあるのならさっき逃げ出していない。


「ねえ、ケン……今からやって、どうにかなるかな?」


 ルーシーからの不安げな問いに対して、賢は仕方なさそうに答えた。




『わかった、俺が見本を見せる』

アーマーサーベルタイガー

動物型モンスター


遭遇すればサイクロプスさえ捕食する、巨大な肉食獣。

非常に発達した牙をもち、体毛の奥に分厚い皮膚をもつ猛獣。

非情に攻撃的だが、知性も比較的高いので、諦めて逃げることもある。

その一方で誇り高くもあるので、死を覚悟した場合は最後まで戦おうとする。


攻撃力、防御力、機動力などの基本数値が高い一方で、特殊な攻撃手段も、特別な防御能力ももっていない。

基本的なフィジカルが高く、その上で強力なスキルや装備をもつ前衛なら、単独でも真っ向勝負で倒すことはできる。

もちろん、その高い能力値を十分に扱えなければならないのだが。


危険なだけで特に意味のないことだが、このモンスターを単独で倒せれば、前衛職として初心者を卒業できたと言えるのかもしれない。

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