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踏み出した一歩! 大冒険の始まりだ!

「王都の東西南北にある門の前に、一つずつ『門』が出現した。壁も家もなく、ただぽつんと建っている。完全に固定されており、動かすことも壊すことも、開くこともできない。そこに入れるのは魔神が認めた者だけなのだな?」

『はい。勇者になった者、まあ魔神が言うには勇者候補なんですが、上限レベルが1000になるなどの特権があるのですが……それらを抜きにしても、肝心の試練を受けられるのが勇者候補だけなんですよ』


 第一王子の問に、経験者である賢は答えていた。

 今謁見の間には、人魂になっている賢の声を聞こえるものだけがそろっている。

 もちろん城勤めの兵士たちは状況を把握しているのだが、だからこそ逆に細かい点に関しては公表せずにいた。


『今回は魔神もそこまでこっちを殺しに来てないんでモンスターがあふれ出たりしてないんですが、俺の時は景気よく溢れてましたね。魔神が創造した、普通には存在しない強力なモンスターが』

「ほう、強力なモンスターとな」

『扉の中は一種の異次元でしてね。中は砂漠だったり鉱山だったり、沼地だったり城の中だっり街だったりしますね』

「なるほど、予想できないと……」


 第一王子はよく聞いていた。とても率先して、質問までしていた。


「中にはモンスターしかいないのか?」

『モンスター以外にも宝箱とか、特殊な職業の神殿があったりもしましたね。俺の場合はそうでもなかったですけど、赤や鴨はお世話になってましたね』

「ほうほう」

『宝箱の中身も金銀財宝だけじゃなくて、魔神が戯れで作った装備もありましたね。アイツはああいう奴なんで、自分を倒させるためにそういう武器を用意していたりするんですよ』

「なんとも馬鹿にした話だな」


 なにせ試練である。

 突破されると困る防犯設備ではなく、突破されるために存在してる課題でしかない。

 穴がある、ヒントがある、突破口があるのは当たり前だった。


「で、その資格は私にもあるのだな?」

『ないです』

「なぜだ!」


 不愉快そう、というよりは怒っていた。

 参加したくてたまらないというよりは、参加できないのが納得できないという感じである。


「お前も怨霊も、あの扉の向こうで強大な力を得たのであろう!」

『そうですが……』

「であれば! 私もそこに行けば、強大な力を得られるのであろう!」

『い、行ければ、そうかもしれませんが……』

「お前がやったように、あの弟モドキを一方的にぶちのめせるのであろう!」


 第一王子は、やっぱりレオン王子を許せていないらしい。

 というよりも、レオン王子に勝つことをあきらめていないらしい。


「この手で! あの弟モドキを! ぶちのめし叩きのめし、無力を味わわせて勝ち誇る! それが可能になるのであろう!」

『それはあきらめてください。今回選ばれたのは私の宿主であるルーシーと、その護衛である四人の騎士です』

「ぬぬぬ……」


 私情全開の王子だが、誰もとがめることはできなかった。

 しかし、このままだと話が前に進まないので、王様が話を進める。


「ともかく、こうなっては仕方がない。英霊殿、どうか五人の乙女を率い、四つの扉を攻略してほしい。既に試練を突破しようがしまいが、あの怨霊の始末はつくのであろうが……下手に試練を拒否すれば、そのまま王都を蹂躙されかねんのでな」


 何の前触れもなく、王都の四方にモンスターの巣が出現した。

 ここからモンスターがあふれ出てくるだけで、この国は滅亡が確定する。

 おそらく、魔神はそうやってマクガフィン王国を滅亡させたのであろう。

 本人が直接戦うなど、他にも手段はあるかもしれないが、それ一つあれば充分である。


『こちらこそ、巻き込んで申し訳ありません。桜花がこの国へ被害を与えたことも含めて、全力を尽くします』

「うむ、期待しているぞ」



『第一王子様は、そのままどこかへ行ってしまったな』

「……あのさあ、ケン。もうちょっと言い方を考えようよ」


 期待させることは酷だが、だとしても言い方があるだろう。

 かなり無神経な言い方をした己の守護霊を相手に、ルーシーは不満を抱えていた。


『……だって俺、そもそも賢くないし』


 頭の悪い人間が、なんとか誤魔化そうとしているだけなのである。そんな器用に立ち回れるはずもない。

 賢にしてみれば、第一王子の提案は本当に意外だったのだ。意外だったので、かなり雑な対応をしてしまったのである。


「まあまあ、ルーシーちゃん。過ぎたことを怒っても仕方ないわ、ケンさんの過去の記憶から比べれば、凄い成長していたわよ」

「死んだら馬鹿が治った、というのは誇張だとしても、多少はマシになったんだから褒めてもいいじゃない」


 ウオウとキリンはフォローする。なお、半分以上悪口であった。

 とはいえ、生前の賢を知った後だと、期待よりも不安の方が大きいので仕方あるまい。


『……だから見られたくなかったんだ』


 死に恥と生き恥を同時にさらしてしまったことを、賢はとても恥じらっていた。

 恰好のいい大人、先人としてふるまってきたのにいきなり生前と過去の所業が明かされてしまったのである。


『おのれ、魔神め……!』


 現在進行形で仲間の魂が囚われており、仮に勝利して取り戻したとしても拷問の後に処刑されるだけなのだが、そんなことよりも自分の名誉が大事らしい。


「あのさ、みんな。今まさにすごいことになっている子を止めようよ……」


 レイキが指さした先には、とてもうっとりしているオーリだった。


「強力なモンスター、金銀財宝、魔神の武装……選ばれし勇者として、一国の王子でも叶わない大冒険だ……!」


 まさに満願成就と言わんばかりに感動していた。

 黒幕である魔神が最前面に出てきているので、底が深いようで浅い思惑が明らかなのだが、それでも彼女としてはお構いなしらしい。


「あのさ、オーリさんってもしかして、変な人なの?」


 未だに世間を知らない少女の、とても直球な質問。

 それに対して、彼女の同期である三人は頷いていた。

 迷いなく呼吸を合わせて、全力で同意していた。


「オーリはね、冒険がしたくて騎士になったらしいの。はじめに話を聞いたときはどうかと思っていたけど、本当に冒険ができるんだもの。世の中ってわからないわねえ……」

「馬鹿な状況だから、馬鹿が輝くのよね」

「へ、変だよね、この状況で楽しんでいるって……」


 魔神の試練に対して前向きなのはいいことなのだが、この場合前向きな理由がひどすぎるので不安だった。


『……ある意味、昔の俺にそっくりかもしれん』

「ケン、それってすごい不安だね」


 一行はとりあえず、東の門の近くにある大きな扉へ来ていた。

 幸い大きな通りからは離れており、更に国王が簡易な木の小屋を作り囲んでいる。

 それによって、『扉』は完全に周囲から隔離されていた。


『とはいえ、だ……前向きなことはいいことだ』


 それを前にして、賢は懐かしみつつも、全員へ説明する。


『今更だが、これは実戦だ。怪我をすることもあるし、死ぬこともある』


 既に全員へ賢の力を預けている。

 武装という意味では臨戦態勢だが、精神的には全員が違っている。

 そして、精神的な準備が大事だということを、賢は経験的に理解している。

 しかし他の五人は、なんとなく知っているというだけで、正しく危機感を持っているわけではない。


『だがその一方で、試練でもある。乗り越えてくれることを期待している、攻略の余地がある戦いということだ。まして君たちは、俺の力を借りる以外に戦う術を持たない。つまり、君たちの今できることを把握していれば、予想することができる』

「……もう少しわかりやすく言ってよ」


 気取った言い方をしている賢に対して、ルーシーは不満げだ。確かに配慮が足りないだろう。


『入っていきなり死ぬような罠はないってことだ。既に実戦を経験している君たちなら、落ち着いて周囲を見渡せば戦える』


 とはいえ、それが難しいことも知っている。

 賢は更に忠告を重ねようとして……。


「よし、行くぞ!」


 オーリがすべてを無視して、扉を開けていた。

 木で囲われただけの部屋が、扉から漏れる光によって照らされる。

 他の面々があっけにとられる中、武装しているオーリは我慢できないとばかりに入っていった。


「おおおお! 本当に、扉の中に別の世界があったぞ! 本当に、本当に冒険だ!」


 未知の世界へ、明らかに無警戒で飛び込んでいく彼女を慌てて全員が追っていく。


「オーリ、先に行っちゃだめよ!」

「馬鹿がもっと馬鹿になったわ!」

「みんな、もう少し心の準備をさせてよ!」

「わ、私も行きます!」


 四人の乙女が、オーリの後を追った。

 そして、その眼で扉の向こうにある光の満ちた世界を見た。


『森林地帯か、罠の類なんかの小細工はなさそうだな』


 賢は見慣れているので感想はたんぱくだった。

 だがしかし、先行していたオーリも他の四人も、余りに壮大な光景に息を呑んでいた。


 大きな岩山に設置されている『扉』から見渡せる世界は、ステージ王国を出たことのない少女たちには刺激的過ぎた。


 人の手が一切入っていない、不ぞろいな原生林。

 それは当然雑木林であり、木々の一本一本がいびつにねじ曲がっていた。

 その一方で生命力にあふれ、風で揺らめく緑の葉っぱは燃えているようにも見える。

 広葉樹や針葉樹しか知らない少女たちには、ヤシの木やシダ植物の葉の形にさえ新鮮さを味合わせる。


 そして、その中にはモンスターが生息していた。

 人の形などしていない、四足歩行の獣たちが自由気ままに歩き回っていた。


 高温多湿の温帯、というところだろうが。

 彼女たちが立っている岩山も、日影には苔がびっしりと岩肌に張り付いている。


『獣型のモンスターは、そこそこに頭がいいし仲間も多い。倒し方は亜人やトロール、メタルアントとも違うから、俺の言ったとおりに動いてくれよ……?』


 賢は気づいた。

 五人の少女の表情が、家を初めて出た赤ん坊の様になっているのだと。

 そう、この冒険の目的や大義は、今この瞬間には何の意味もない。

 彼女たちにとってとても意味がある、辛くても楽しい大冒険が今始まったのだ。


 賢はよく知っている。

 心が動くことは、生きていることの意味そのものなのだと。


『……忘れられない冒険になるといいな』

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