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殴るんだ! 蹴るんだ!

 守護霊を気取った賢であるが、当然見守る以外のことはできなかった。

 ルーシーの両親も成長したルーシーも、賢が人魂として浮いているところを見ることもできなかった。

 賢としては気楽なことに、何をしても意識されることはなかった。


 普通の女の子がすくすく成長する姿を、少し離れたところからずっと見守る。ただ見ているだけ。

 本来退屈で飽き飽きすることなのであろうが、幸か不幸か肉体の主導権がないため時間の感覚が短かった。

 本能から切り離されているからなのか、肉体的な疲労がないからなのか、ボケっとしているだけでみるみる時間が過ぎていく。


 なにせすることがないし、新しい情報が入ってこない。

 ルーシーが住んでいるのは辺鄙なところの農村で、両親もその周辺も学がない、ということぐらいしかわからない。

 当然彼女の周辺に字なんてないし、世界の情報に触れるということはない。たぶん、今後も触れることはないだろう。


 地域と時代が違うというだけで、ここが地球なのかもしれないとさえ思える。

 また自分が勇者として戦った世界かもしれないし、そこともまた別の世界なのかもしれない。

 つまり、なんにも、全然、さっぱりわかっていない。おそらく今後もわからないだろう。正直残念に思うが、まあそんなものだろうと納得していた。

 そもそも地球儀ぐらいは何となく覚えていたが、勇者として活躍した世界の地図など見た覚えがない。仮にこの世界の地図を見ても、自分が活躍した世界なのかそうではないのか、一切判別ができないのだ。


 であれば、なにごともなく日々が続いていくだけだった。

 ルーシーは赤ん坊として育ち、幼児として愛され、それなりの労働力になった時点で親の手伝いに参加していた。


「お母さ~~ん、水が冷たいよ~~」

「うるさい子だね……」


 ここがどこでも、人間の営みはそう変わるものではない。

 だんだん時間の感覚がマヒしていくのを受け入れながら、賢はルーシーの成長を眺めていた。

 彼女がこのまま、特に面白いものもない退屈な田舎で育ち、そのまま結婚して、さらに子供を産んでありふれた人生を全うすればいい。

 割と本気で、そう思っていたのだ。


 ルーシーが自分の目の前で男と愛し合うところを想像すると、正直嫌な気分になるがそれは仕方がない。

 そもそも如何に少女とはいえ、寝るところや食事はともかく、あまり衛生的ではないトイレでようをたしているところも見てしまっている。

 流石にそろそろ年齢的にアウトなので、それを気にしても仕方がないだろう。

 というか、離れることができないし、目を閉じることができないし、耳をふさぐこともできないし、寝ることもできないので仕方がないのだ。


 ただ、普通に生きて普通に結婚して普通に育児をして天寿を全うすることが、どれだけ幸運で希少なことなのかは賢も知っていた。



 賢が生まれた地球にはモンスターはいなかったし、賢が仲間と一緒に召喚された世界にはモンスターがいた。

 ここ(・・)はどっちなのか、どちらでもないのか。

 物語としてはモンスターの存在を聞いていたが、そんなのは地球とも同じである。


 曰く、森には、小鬼を従えている大きな鬼が住んでいる。悪い子はさらわれて、食われてしまう。


 そんなお話を、ルーシーの母親がしていた。

 それが本当でも嘘でもどっちでもよかったのだが、実際にいるとしても訪れてほしいとは思っていなかった。


「サイクロプスだ、サイクロプスが出たぞ!」


 この小さな街は、ぐるりと石の壁で囲われている。

 その石の壁の上で監視をしていた大人の男が鐘を鳴らしながら叫んでいた。


 そろそろ太陽が紅くなる時間、平和だったこの街へ脅威が襲来していた。

 退屈だった街が震え、誰もが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。


「おちつけ! 男は武器を持ち、女子供は教会に避難するんだ!」

「弓矢をもってこい! ゴブリンぐらいは殺せる!」

「門を閉じろ、門の前に石を積め!」


 賢は、この時何もする気はなかった。

 少なくともこの時点で、ルーシーの体を乗っ取るつもりも、ルーシーに力を貸す気もなかった。

 彼女が助かるのなら、何かをするつもりはなかった。


 だが、ルーシーは動けなかった。

 モンスターの脅威を知らずとも、大人たちが絶叫しているだけでおびえていた。

 五人ほどの友達と一緒に、うずくまって震えていた。

 何をしていいのかわからず、何をすることもできなかった。


「ぎゃああ!」

「ま、まずい! ゴブリンが壁を乗り越えたぞ!」

「門を守れ、開けられる!」

「サイクロプスが入ってくるぞ!」


 子供たちの耳に、大人たちの断末魔が聞こえてくる。

 人畜を脅かす化生の声が聞こえてくる。

 耳をふさいでも消えない、おぞましい非日常が聞こえてくる。


 子供は何もできない。

 大人が何とかしてくれることを期待するしかない。

 そして、大人が何もできなかった時。

 それは、子供の人生が終わることを意味していた。


(……忘れていた。俺が戦っていた、最初の理由を忘れていた)


 ようやくこの期に及んで、賢は自分が勇者だったことを思い出していた。

 無辜の民を守るために戦っていた、勇者だったことを思い出していた。

 懐かしい悲鳴を聞いて、彼らのために何かをしたいを思ってしまった。

 そして、ようやく、ルーシーに力を貸すと決めてしまった。

 それが彼女の人生を、どれだけゆがめることになるとしても。


(ルーシー、聞こえるか)


 彼は、十歳の少女に話しかけていた。

 直後、彼女の視界は暗転した。


 街の片隅でうずくまっていたはずの彼女は、真っ暗闇の世界に現れていた。

 無明の世界では自分の輪郭だけが明らかで、地面がどんな色なのかもわからない。


「ここ、どこ?」

「ここは、俺と君の心の世界だ」


 できるだけ敬意をこめて、賢はその姿を彼女の前に出す。

 彼女から見れば大人で、大人から見れば子供の姿をさらす。

 勇者として数多の魔物を倒した、歴戦の雄としての姿を彼女の前に見せていた。


「だ、誰?」

「俺は賢。君の守護霊だ」

「しゅご、れい? ご先祖様なの?」

「少し違うが……君のことは赤ちゃんの時から見守っていた」


 静かに膝を折り、彼女と視線を合わせる。

 そして、強大な手で彼女の手を取っていた。

 ごつごつとした手で、やわらかい手をとっていた。


「よく聞いてくれ、まだ君は助かっていない。君の街は、今モンスターに襲われているようだ」

「え?!」

「アレは夢じゃないし、ここも夢じゃない」


 悪夢のような、嵐のような、モンスターの襲来。

 しかしそれは、まだ何も解決していない。


「このままだと、君も君の友達も危ない」

「そんな、なんとかして!」

「そうしたいのはやまやまだが……俺が戦うと君が危ない」


 ルーシーの体を乗っ取ること、主導権を手にすると何が起きるのかわからない。

 それをする度胸は、賢にはなかった。


「俺にできることは、君に力を貸すことだけだ」


 そして、賢は彼女の手に『力』を握らせる。


「これは、俺の力の一部だ」

「ちから……魔法?」

「違う。申し訳ないが、俺は魔法が使えないんだ。あくまでも、戦う力だと思ってくれ」


 賢は六人の勇者の一人だった。その中でも、最も強く勇猛とされた。

 だからこそ、逆に魔法は使えなかった。


「アドバイスはできるが、戦うのは君だ」

「……できるかな」


 泣きそうなルーシーを、賢は力強く勇気づける。


「大丈夫」

「私に、怖い魔物を倒せるかな?」

「君一人が頑張るんじゃない。俺も一緒に、君と戦うよ。だから……だからルーシー、勇気を出すんだ」


 勇気が伝わっていく。

 それは手と手を取り合っているからこそ、同じ目線だからこその伝達だった。


「俺は君のことを見てきた。君にはお父さんがいてお母さんがいて、友達もたくさんいる。みんないい人だ。みんなを守ることが、今の君にはできるんだ」

「……本当に?」

「ああ、だから戦おう。みんなを守るために」



 ルーシーは、現実の世界に帰還した。

 全身に力がみなぎって、あふれ出している。

 体の震えもこぼれていた涙も、もう止まっていた。

 服の袖で顔をぬぐって、勇気を出して立ち上がる。


『俺の声が聞こえるか、ルーシー』

「聞こえてるし見えるよ、ケン」


 彼女の耳元で、人魂の姿をしている賢が話しかける。

 今まで見えも聞こえもしなかった守護霊を、彼女は確かに認識していた。

 そして、彼女とその友人たちに向かって、数体のゴブリンが棍棒をかまえて間合いを詰めてきていた。


 ゴブリン。見るからに雑魚で、実際最下級のモンスターではあるが、それでも棍棒で殴られれば大人でさえひとたまりもない。

 まして、女子供であれば、一匹でも確実に殺される。

 それが五体、少女たちに迫っている。


『いいか、まず手を広げるんだ』

「うん」


 ルーシーは、言われたとおりに両手を開いて前に出す。

 もちろん、掌から火や水が出るということはない。

 そうしている間にも、ゴブリンは悠々と迫ってくる。


『そしたら腰を入れながら後ろに引いて……』

「うん!」

『前に突き出せ!』

「でぃやあああああああ!」


 奇声と共に、両手を前に出す。

 魂が肉体に情報を伝えたからなのか、自然と思った通りの動作ができていた。


「……あれ?」


 だが、何の手ごたえもなかった。

 しいて言えば自分の掌に、少し湿ったような感覚があったぐらいだろう。

 そして、目の前からゴブリンの内一体が消えていた。

 それを見て、残った四体も慌てている。


「ま、まさか……魔法で消しちゃったの?!」

『いや、だからそんなことできないだけど……』

「じゃ、じゃあ何をしたの!?」


 一瞬のこと過ぎて、何が起きたのかわからなかったらしい。

 彼女は自分でも気づかないうちに、特別な魔法を使ったというわけではない。

 彼女は思った通りの動作をしただけだった。


『見てごらん、遠くを』

「……アレ?」


 気づけば、街の民家が一軒破壊されていた。

 先ほどまで壊れていなかったはずで、しかもモンスターが壊した形跡もない。


「何が起きたの?」

『次が来るぞ! 殴れ!』

「え、えええ?!」


 殴れ、と言われると体が勝手に動いた。

 戸惑いつつもルーシーに襲い掛かるゴブリンを、ルーシーは小さな拳で殴っていた。

 ただそれだけで、ゴブリンの頭部が果物のように爆発する。


『蹴るんだ!』

「でえええ?!」


 ありえないほど高く上がった足が、ゴブリンの頭を捉える。すると、まるで最初からそう細工されていたかのように、首がちぎれて頭部が飛んでいった。


『相手をつかんで振り回して投げるんだ!』

「それ、アドバイスなの?!」


 まだ生きているゴブリンの手をつかんで、最後のゴブリンにたたきつける。

 すると、まるで粗末なぬいぐるみのように、ぐしゃぐしゃになって中身をまき散らしていた。



「……どういうこと、ケン」

『どうもこうもない、これが君に預けた力、『格闘家LV100』の力だ!』

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