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戦う! 魔神と勇者!

 魔神と賢は、最初に白い密室で対峙していた。

 小さめの体育館ほどの、白しかない床壁天井の八面。

 普通なら二人で戦うにしては、あまりにも広すぎる空間だろう。


 少なくとも、両者が対峙している距離はとても近い。

 普通の人間でも、数歩走れば手が届く間合いだった。


「ううおおおおおおおああああああ!」


 絶叫と共に、賢がはじけた。

 助走なしの一歩目は、魔神との間合いを埋めるどころではなかった。

 魔神の頭を利き手でつかんだとき、賢の両足はまだ空中に浮いていた。

 広大な部屋の中では中央部に位置していた二人だが、賢の突撃で諸共に壁面へ激突する。


「んだあああああああ!」


 人間とは思えない、勇者とも思えない絶叫。

 壁にたたきつけた魔神の頭部を、力まかせに何度も壁へぶつけていく。


「おやおや、せっかちな……隙だらけですよ?」


 魔神は悠々と耐えながら、蛇のように手足を賢にからめる。

 頭をつかまれたままに、つかんでいる腕へ関節技を浴びせていた。


「ほらほら、どうしますか?」


 にやにやと、おぼろげなままに優越感を隠さない魔神。

 腕を極められつつも、直立したままの賢はさらに攻撃を続行する。


「おおおおおお!」


 極められたままの腕を、大いに振り回す。

 力まかせに、力の限り、動かない腕を全身ごと回転させて壁面にたたきつける。


「あああああああ!」


 腕を極められているとは思えない咆哮。

 一度ではなく、二度も三度も。


「がああああああ!」


 腕を放させるためではなく、そのまま殺すためのように叩き込む。

 それは一度目の衝突に耐えた白い壁を、だんだんと壊していった。


「思った以上に……力押し! でもいいですねえ、判断が早いのは!」


 しゅるり、と腕から逃れる魔神。

 たたきつけられそうになった壁を足場にして跳躍し、再び部屋の中央へ悠々と着地した。


「むかつくな、スタイリッシュに決めやがって。体操選手か、この野郎が」

「貴方も凄かったですよ、結構痛かったですねえ」


 賢は腰を据えた。

 反撃が来る。


「私の番です」


 賢は備えていた。

 相手の動きをよく見ていた。

 だが、消えるほど早いわけではなく、ただ高速で滑り込んでくる。

 視認でき反応できていたにも関わらず、魔神の拳が顔面に当たっていた。


「『魔神の猛襲』」


 腰を据えていた賢の体が、わずかに反る。

 その反った体に、魔神の拳が、足が、肘が、膝が命中していく。


 反撃しようとした、防御しようとした、逃れようとした。

 しかし、姿勢を変えることもままならない、怒涛の連続攻撃。

 靄に包まれて実体の知れない魔神の肉体が、屈強な賢の肉体を破壊していく。

 踏ん張りがきかず、だんだん壁に押し込まれていく。


「『魔神の正拳突き』」


 連続攻撃が収まり、次の攻撃に移行しようとする。

 もちろん賢は、その間に何かをしようとした。だが、それが実行されるよりも早く、賢の胸板に渾身の一撃が叩き込まれていた。


 白い壁にめり込む、賢の体。

 半分埋まった賢を中心に、白い壁に更なる亀裂が広がっていく。


「お前のターン、終わった?」


 壁にめり込んでいる賢は、なすすべもなく受け続けた暴行に対して、さらなる怒りを燃やしていた。

 うすら笑いを浮かべている魔神に対して、壁から抜け出つつ反撃する。


「ええ、終わりました」

「しねえええあああああああ!」


 弾丸が発射されたようだった。

 魔神の腰に組み付いた賢は、爆発するように白い床を踏み締めながら直進する。

 猛烈な勢いを維持したまま、魔神を反対側の壁へ激突させていた。


 白い部屋が、揺れた。

 壁一面に亀裂が走り、それどころか壁そのものが歪んでいた。

 それによって、部屋全体が視認できるほど変形していた。


「いいいぃいいいいやあああああああ!」


 生き埋め同然になった魔神、その体に前蹴りを叩き込み、さらに陥没させていく。


「おおおおおおお!」


 全身のばねを使って、握りしめた拳を身動きのできない相手に撃ち込む。

 顔に当たろうが胸に当たろうが、腹に当たろうがお構いなし。

 体のどこに当たってもいいと言わんばかりに、最大の一撃を叩き込み続ける。


「元気ですねえ、元気な人間は大好きなんですよ」


 何撃目なのかもわからない賢の拳を、埋まっていた腕を動かして受け止める。

 もちろん、受けた腕は猛烈に痛かった。


「だあああああ!」


 それでも賢は構わない。

 そのまま埋葬してやると言わんばかりに、ガードの上から拳を叩き込んでいく。


「ですが……やられっぱなしというのは、面白くないですよ……ねえ!」


 賢の拳を、掌でつかみ取る。

 ならばと放たれたもう片方の拳も、やはり受け止める。

 埋まったままに引き込みつつ、踏ん張って抵抗しようとする賢の腹へ、反撃の前蹴りを叩き込んでいた。


「ごふ……!」


 大きく吹き飛ばされ、壁から後ずさる賢。

 倒れることこそなかったものの、魔神を壁から脱出させてしまっていた。


「おやおや、いい位置に頭が」


 姿勢を低くしてしまっていた賢、その頭をつかみながら魔神は膝蹴りを叩き込む。


「ん、んがああああ!」


 膝が顔面に入っている賢は、その足を両手でつかんだ。

 つかんだまま、瞬間的に直立する。


「おお……」


 魔神の視界が、一気に高くなる

 即座の反撃を嬉しく思ってほほ笑むが、その顔が固定されるよりも早く床面へたたきつけられていた。


「んだらあああああ!」


 マウントポジションなどという難しい技ではない。

 ただ馬乗りになって、片手で首を抑えながらもう片方の拳を叩き込む。

 賢の喧嘩殺法(・・)は、適切に魔神へダメージを与えていった。


「ふふふ……まだまだ!」


 魔神は微笑んだまま、寝転がったまま、賢の腹をけり上げていた。

 まるで花火のように、賢は大きく飛び上がって天井へ衝突する。


「て、てめ」

「まだまだ、まだまだですよ」


 意趣返しとばかりに、重力を無視して天井を使ったマウントポジションに移行する。

 何とかもがいて脱出しようとする賢だが、それを巧みに抑えこみつつパウンドを入れていく。

 握りしめた拳の側面を使う打撃は、さながら釘を打つ金づちのように賢の頭を天井にたたきつけていった。


「まだまだ、まだまだ、まだまだ、まだまだ!」


 段々賢の体にダメージが蓄積されていく。

 抵抗の余地がなく、反撃の機会がつかめない。

 その中で行動を探る賢は、両手を顔の前で大きく交差させた。


 顔を守るわけではなく、相手を押しのけようとする構えでもない。

 何をするつもりなのかと思ってしまい、魔神の手が止まる。


「おおおおりゃああああ!」


 天井で、受け身。

 交差させていた両手を動かして、自分の背中にある天井を強くたたく。

 それが投げ技のダメージを軽減する意図であったわけもなく、天井どころか部屋全体が鳴動した。


「……はは」


 魔神は手を止めて、それを放置した。


「ううううおおおおおおお!」


 何度も何度も、天井に両腕がたたきつけられる。

 しばらくは耐えていた白い天井も、魔神のパウンドによる亀裂もあって、だんだん負荷を吸収しきれなくなっていく。

 既に部屋全体が崩壊をはじめ、音を立てて崩れ去った。


 広大な白い部屋。それを構成していた白い物質は、相応に巨大で分厚く、それゆえに重量もあった。

 部屋の『容積』と比べてもなお分厚かった白い物質は、瓦礫となって二人を押しつぶしている。


 とはいえ、二人にとっては何のこともない話だった。

 双方が噴火のように瓦礫を吹き飛ばし、その山から脱出する。

 ふらつきながらも自力で立ち上がった賢は、後頭部を抑えながら周囲を見渡した。


「脱出おめでとうございます」


 拍手を送る魔神は、意地の悪い称賛を送った。


「私のマウントポジションからあんな方法で抜け出るなんて、凄い発想ですねえ」

「っち」

「まあ、私の隔離空間から抜け出たわけではありませんが。目論見が外れて悔しいですか?」


 白い部屋を出た先には、広大な空間が広がっているだけだった。

 仮に火星だと言っても信じてしまえるほど、生命の痕跡がない荒野だった。

 しいて言えば、台地や高地などの高所があり、谷間などの狭い場所があり……つまりは地形があるだけだった。


「お仲間と、合流したかったですか? 残念、私を倒さないと、この世界から脱出できませんよ」

「……」


 賢は後頭部を押さえていた手を見る。

 自分自身の流した赤い液体で湿った、自分の掌を見る。

 そのうえで、いまだに余裕そうな魔神を見据える。


「じゃあしょうがねえ、俺一人でぶっ殺す」

「できるのですか?」

「さあな。だがそれができたら、手柄は俺の独り占めだ」


 湿った拳を握りしめる。


「面白くなってきたぜ」 

「……私も、面白くなってきましたよ」


 直後、白い煙を伴って、瓦礫が吹き飛んだ。

 まさに爆発。二人の男が真正面からぶつかり合うことによって、衝撃波が発生した。

 粉塵の中から二つの影が同時に飛び出す。


「ちぃいい!」


 賢は大地をえぐりながら、両足を地面につけて速度を殺していく。

 その一方で、視線は足元ではなくもう一つの影を追っていた。


「楽しいですか?」


 まるで氷上を滑るように、華麗に両足を合わせて速度を殺さずに距離を開けていく魔神。

 その表情は相変わらず口元だけしか見えないが、とてもさわやかに笑っていた。


「私は楽しい。とても……充実していますよ!」


 大地を踏みしめながら、後方へ土煙と岩塊を巻き上げながら賢が走る。

 逃げるという選択肢はない、滑走している魔神へ突撃する。


「おおおおお!」


 跳躍し、とびかかる。


「まだまだ、もっともっと!」


 魔神もまた回避はない。

 優雅に滑走したまま、襲い掛かる賢を迎え撃つ。

 滑走など維持できず、無様に地面に転がり、そのまま互いを巻き込みながら回転し続けていく。


「おおおお!」

「ふ、ふはははは!」


 互いの胸倉をつかみ合う。

 大地に相手をぶつけ合い、拳をめり込ませていく。


「だああああああ!」


 深い谷に落下し、滞空していく。

 それでも保身も受け身も忘れて、顔面に拳をぶつけ合った。


「おおおおお!」


 渓谷の壁面を足場にして、ピンボールの様に跳ねる。

 賢の体が殴られ、壁面にぶつかり弾かれる。

 そこから体勢を整えて、お返しとばかりに魔神を殴り返す。

 幾度も幾度も弾かれ合い、何度も何度も相手を追い求めて飛び出していく。


「ふふふふははははは!」


 顔を殴ろうとした賢が、その頭へ蹴りを入れられる。

 まるで金棒をフルスイングされたような衝撃に、賢の目から光が無くなる。


「もっと!」


 回転し、更に同じ足で蹴り飛ばす。

 元来た方向へ弾かれていく賢は、崩れていく渓谷の岩塊ぶつかりながら、そのまま力なく不規則な軌道で落下していく。


「もっともっともっともっと!」


 仰向けになって大の字になっている賢。

 その眼は閉じていないものの、脳に情報を送っていなかった。


「まだまだまだまだまだまだ!」


 脳が、思考を停止していた。

 クリーンヒットが脳を揺さぶって、動かしていなかった。


「楽しませてもらう!」


 拳を突き出したままの、魔神が着弾する。


「もう駄目か? もう戦えないか? もう御終いか?!」


 抵抗できない賢へ、更に攻撃を浴びせていく。

 渓谷の底で、瓦礫が降ってくる大地で、魔神は拳を打ち込み続ける。


「こんなものですか?! 貴方の強さは、貴方の戦いは、貴方の冒険は!」


 瓦礫に埋もれていく二人。

 その中でもひたすら打撃音が大地を揺るがし続けていた。


「貴方が私に負ければ! 貴方がここで倒れれば! そのまま他の五人も倒れるでしょうね! そんなことはさせないと、絶対に俺で終わらせると言って下さいよ!」


 完全に、地形が崩壊しきった。

 もはや崩れるものが残っておらず、谷間は崩れた大地そのものによって埋まっている。


「国家を! 民衆を! 仲間を守るために戦ってこそ! 勝ってこそ勇者でしょう?!」


 それでも、叫びと打撃音だけが続いている。


「貴方が強いなんて知っている! ここまで来たのだから、性能だけではないと見せてください! 弱い者いじめしかできないのが勇者なんですか?!」


 一瞬の静寂。


「……これで、終わりですか?!」


 一際大きな打撃音が、その静寂を破っていた。打撃音が、掘削音に変わる。

 崩れきっていた大地が、谷を埋めていた岩塊が、震え揺らぎ、動き出す。


 重力に従って、慣性に従って、大地を埋めていた全てが吹き飛んでいく。

 さながら地中で竜巻が発生したように、大渦を形成しながら遠心力によって遠方へ飛んでいく。


「うううおおおおおおおお!」


 その竜巻が、地中の中に埋もれたまま移動していく。

 竜巻そのものの音と、それが弾いていく大岩の出す音。それらに隠されることのない咆哮が大気を乱していた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 魔神の脚を掴んで振り回していた賢。

 彼は絶叫したまま嵐の中心で、その足を真上へぶん投げた。

 荒らしの中の木の葉の様に、たよりなく魔神は上昇していく。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 両の手と両の脚をおおきく開き、拳を固めて咆哮する。

 着ていた服は破れ切り、古傷と新しい傷が刻まれた全身が露出する。

 頭からは血が溢れ、鮮血によって短い髪はすっかり赤色になっていた。

 その濡れた髪には小石やチリが付着し、余りにも無残で無様だった。


 竜巻は収まり、谷があった場所には大穴が形成されていた。

 ある意味では綺麗になった場所で、賢は息を荒げながら周囲を見渡していた。

 口元をぬぐうと、自分の唇がなくなっていることに気づく。


「へっ……」


 喪失感に浸る間もなかった。

 空高くに巻き上がっていた魔神が、脳天から落下して大地に突き刺さっていた。


「おい、魔神。もうギブアップか?」

「……」

「おいおい、頭空っぽか? まだだろ? 第一形態で負けておしまいとか、今時同人のRPGでもないだろ。手抜きもいいところだぞ」

「……」


 肘のあたりまで埋まっていた魔神が、動き出す。

 何とか腕と足を動かして、丁寧に体を引っこ抜く。


「まあ、そうだろうな。まだまだこんなもんじゃない、だろ?」


 ふらりと起き上がった魔神へ向けて、賢はゆっくりと歩み寄っていく。


「どうした、黙って」

「……」


 魔神の口元は、だらしなく開いていた。

 思考しているとは思えず、混濁しているようにも見えた。


「おいおい、もう第二形態に変身したりするのか? 俺が一人目だろ、前途多難だな」

「……」


 自分の眼に、鮮血が入ってきた。

 それをなんとかぬぐうと、明らかになった視界で魔神の口が閉じていた。


「貴方は……素晴らしい」

「よく喋るな、命乞いか?」

「もう楽になりたいのでは? 痛くて痛くてたまらず、私を相手に勝ち目が見えず、後のことを仲間に託したいのでは?」


 賢の脚が、更に進んでいく。

 ためらうことなく、前に進んでいく。


「死んでも生き返られるからですか? まだ戦うのは、蘇生を期待しているからですか?」


 素足のまま、地面に血痕を残しながら、歩いていく。


「それとも、仲間のためですか?」

「ちげえよ、バカ野郎が」


 お化け屋敷に出そうな顔になって、病院に行くべき体になって、彼は意地悪く笑う。


「このまま俺一人でお前に勝ったら、お前すげえ馬鹿みたいじゃねえか。俺のことを馬鹿にしている連中もきっと、馬鹿面を晒すんだろうな。その顔が見たい……ってことだな」


 魔神もまた、意地悪く笑う。


「貴方……意外と意地悪だ」

「だろ?」

「おまけに素直じゃない」

「はっ!」

「貴方の仲間は大変でしょうね」


 距離が縮まっていく。

 そこを動かずに立っている魔神は、とても嬉しそうだった。


「誰が見ても仲間想いなのに、誰にも好かれる気が無い。行動では誰よりも肉体を危険にさらし、言葉では仲間を傷つける……甘えているのか、いないのか? 今は、今も? 貴方は仲間を守るために必死だ」

「ぺらぺらよく喋るな。名探偵か名刑事かなにかか?」

「私に勝てず、蘇生できないとしても、それでもできるだけ私を弱らせるつもりですか? それは、少しだけ残念だ」

「おいおい、お前俺が殴りすぎて頭が悪くなったのか? 推理も結構だが、俺の証言を思い出せよ」

「……失礼しました。分断した私をそのまま一人で倒して、仲間を虚仮にしたいんでしたね」


 互いの拳が届く間合いに戻った。


「やってみてください」


 魔神の顔、その一部が割れて、欠けた。

 その欠損部から、黒い闇が煙の様に漏れていく。


「ああ、ぶっ殺してやるよ」


 両者、足を止めての打撃戦となった。

 相手から殴られても吹き飛ばぬように踏みとどまりつつ、ひたすら打撃をいれ続ける。


「『魔神正拳 四連突き』」


 正中線へ叩き込まれる、魔神の拳。

 ぐらりとよろめきながら、そのよろめきさえ利用して拳を振りかぶる。


「おあ!」


 奇声とともに、拳をたたきつけた。

 ひび割れていた魔神の顔に、さらなる亀裂が走り、壊れていく。

 それと同時に、賢の拳も破壊されていた。


「おおおお!」


 よろめく魔神へ、さらに打撃を。

 壊れていく拳を、ちぎれんばかりに振り回す。

 稚拙で雑で、必死で健気な拳。


 それをもらいながらも、魔神は吹き飛ぶまいと踏みとどまる。

 大地に更なる亀裂を走らせながら、前に足を出していた。

 力を高めながら、ただ殴る。


「『魔神の鉄拳』」


 狙いがそれた拳は、頭でも胸でもなく、賢の肩に命中していた。

 しかしその攻撃は、賢の片腕を奪っていた。

 どれだけ気力を振り絞っても、破壊された骨格は筋肉を支えられない。


「『魔神の猛襲』」


 片腕を失った賢に、さらなる連続攻撃が叩き込まれる。

 不可避の猛攻は、この期に及んでも適切に急所をえぐっていった。


「な?!」


 だがこの時、魔神の腕も限界を迎えていた。

 この世で最も強固であろう肉体へたたきつけられていた(ぶき)は、ついに肘の先から崩れて消えた。


「だあああああ!」


 連続攻撃の最中、腕を喪失したことによる取り返しのつかない空振り。その隙を、賢は逃さなかった。

 相手が失った腕の側へ、渾身の蹴りを叩き込む。


「こ、ここで?!」


 高く上がった足は、魔神の側頭部を捉えていた。

 まさか蹴りが来るとは思っていなかった魔神は、意表を突かれてよろめく。


「ぐ、ぐぐぐ……?!」


 追撃が来る。

 それはわかり切っていたが、魔神は腰を抜かしたかのように地面にしりもちをついた。


「ぐ……」


 既に顔半分が残っていない。

 まるで割れた仮面をつけているかのように、魔神の体は破損していた。

 壊れかけた人形が、何とかして動こうともがいている。

 そんな印象を受ける魔神は、片方しかない目と、闇の中にある赤く光る何かで、目の前の相手をみた。

 そこには、上段蹴りを打って、反動によりしりもちをついている賢がいた。


「ははは……無様ですね」

「お前こそ……もう瀕死だぞ」


 体力の削り合いは、既に命の瀬戸際に達していた。

 ダメージレースの果てに、後一押しという段階に至っている。


「では」

「そうだな」


 申し合わせたように、二人は立ち上がる。

 可能な限り苦痛を隠して、さも余力があるかのように立ち上がる。


 二人は、片方ずつしか残っていない拳を構えた。

 同時に大きく振りかぶり、まっすぐに相手の顔だけめがけて、放った。

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