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悲しい過去! 変えられない思い出!

 森野賢の肉体をもって現れた、魔神トロフィー。

 その姿を茫然と見上げていたレオン王子は、ズタズタになって痛む口を動かして問う。


「賢、アイツを倒せるか?」


 かつての仲間には憎悪を向けていたが、仇敵である魔神に対しては恐怖しか抱いていなかった。

 それはつまり、魔神というものがどれだけ強大なのかを、この場の面々に明確に示していた。


「無理だ」


 迷いなく、速やかに。レオン王子に最後まで言わせないように被さるほどに、賢は勝てないと言い切っていた。


「俺が勝てたのは、あいつが俺たちを分散させるために、特殊能力を使い切っていたからだ。あの時もそれだけは言ってただろ」


 その表情は忌々しそうではあるが、しかし恐怖も戦闘の覚悟も感じられなかった。


「お前も察していたように、ルーシーの体が長時間の戦闘に耐えられるわけがない。勝負になる見込みもないぞ」

「よくそんなことが平気で言えるな?! あいつは俺の国を滅ぼしたんだぞ?!」

「魔神が復活した理由がばかばかしくて、憎いとも思えねえよ」


 これより上があるとは思えない神々しさを放つレオン王子、それさえひねりつぶした賢。

 その二人でさえ、どうにもならないと言わしめる魔神がそこにいる。

 しかし、賢と国王は泰然としていた。


「英霊ケンよ。あれは我が国の敵かな?」

「それはないと思います」

「であろうな」


 この国を滅ぼすことが目的であるのなら、もっとやり様はあったはずだ。

 桜花と呼ばれていた魂が、意図せずとはいえ第二王子を乗っ取っていたように。

 今現在森野賢の肉体を乗っ取っている魔神が、そのまま国王や第一王子を乗っ取ればよかったのだ。

 あるいはもっと単純に、力まかせにこの国を蹂躙すればそれでいい。

 それをしていないということは、この国を滅ぼすことが目的ではないということだ。

 そもそも魔神が何もしていなければ、それはそれでレオン王子がこの国を滅ぼしていたのであるし。


「お察しの通りですよ、皆様方。私にこの国への怒りも憎しみもございません」


 やや慇懃なほどに、魔神は見下しながら害意がないと言い切っていた。

 その一方で、レオン王子に対してだけは明確に敵意を向けていたが。


「私は元々、そこにいる大ぼら吹きを追って、ここまで来ただけですので」

「う……」

「まさか結果として、私を倒した勇者の魂とも再会が叶うとは思いませんでしたがね」

「ふん」


 賢、あるいはその肉体であるルーシーには、非常に好意的な態度を表していた。

 それに対して、ルーシーを含めた五人の少女は首をかしげる。

 どうにも魔神は、自分を倒したという賢には敬意さえ向けているようだった。


「礼を言っておこうか、トロフィーとやら。お前の献上した護符のおかげで、余も息子も無事に済んだ」

「いえいえ、お気になさらず。これも私の復讐の一環ですので」

「ほう? お前を倒したのは怨霊ではなく、そこの英霊殿ではないのか?」

「もちろん、そうですよ。だから復讐するのです」


 賢の体を借りている魔神は、賢が絶対にしなかったであろう憤怒の表情で目を見開いていた。


「あなた方人間と、私という魔神の価値観は少し違うのですよ。死んでも復活できる私にとって、敗北というのは屈辱ではない。ですが……戦ってもいない相手に負けた、ということにされれば我慢などできません」


 この場の騎士たちは、細かい事情など知っているわけもない。

 しかし会話の流れから、概ねを察していた。そしてそれは、言われてみれば単純な話だった。


「私の目的は、私と私を倒した勇者ケンの名誉を取り戻し、なおかつそこの大ぼら吹きの魂へ罰を下すこと。この国のことなど、どうでもいいのですよ」


 もう疑う余地はなかった。騎士たちも兵士たちも少女たちも、第一王子も国王も。

 誰もが傍観者として、固唾を呑んでいた。


「さて、勇者ケン。そこの詐欺師を罰する機会は貴方にお譲りするつもりでしたが、私がどうにかしてもよろしいのですか?」

「……この体に、ルーシーに、人を殺させたくない」


 賢は人間であり、当然殺されれば恨む。

 賢にとって、レオン王子は復讐の対象であるべきだった。


 だが賢は、ルーシーのために殺さないと決めていた。

 勝手な理由で体を借りているだけでも心苦しいのに、取り返しのつかないことはさせたくなかった。


「それに俺たちの生前なんて、この世界の人には関係ない。今のこいつを罰するのは、俺じゃなくてこの国の人であるべきだ」

「……つまらない、貴方は変わってしまった。生前の貴方は、そんな高潔ではありませんでしたよ」


 死後恨みを引きずることなく、生者を優先して考えるようになった賢。

 それはまさに英霊として正しい心の在り方ではあるのだが、かつて鎬を削った好敵手としては寂しいものがある。

 変わることを誰もが肯定的にとらえるわけではない。


「とはいえ、そこの腐った魂に比べれば、こうならなくてよかったとは思っていますがね」

「それで、今何をしに来た。お前は俺に桜花を倒させるつもりだったんだろう? もう用事は済んだはずだ」

「……貴方、生き返りたくありませんか?」


 まさに悪魔からのささやきではある。だがある意味では、当然の発想だった。

 魔神が使っているとはいえ、肉体はそこにある。

 魂もルーシーに取りついている以上、普通なら蘇生を願うのではないだろうか。


「断る。どうせなんか条件があるんだろう?」

「そりゃあもちろん、魔神ですからねえ」

「ルーシーにも、この国にも、もうすでに桜花が大分迷惑をかけている。この上俺やお前まで面倒なことをすれば、それこそルーシーやその両親に顔向けできない」


 だが、それでもルーシーが大事と言い切る。

 何の恩義も重要性もない、ただの町娘をこそ尊重していた。


「なるほど、そうですか……確かに私も、そこのクズの魂さえ引き取れればそれでいいのですがね。ただ……」


 魔神は驚くほど冷ややかな目で、既に捉えられているレオン王子の配下たちを見た。


「よくよく考えれば、そこの彼らも詐欺の被害者。国家を転覆させること自体は承知だったので、共犯者に対しては同情の余地はありませんが、巻き込まれただけの方のためにも真実を明らかにするべきでしょうねえ」


 レオン王子は、一応本音を全員の前で言っていた。彼がこの国で何を目的にして、何を実行に移したのかはわかり切っている。

 だとすれば、魔神が明らかにしようとしているのは、いわゆる前世の事柄であろう。


「……や、やめてくれないか?」


 そして、それを止めたのはレオン王子ではなかった。

 気力の尽き果てているレオン王子は、ただ力なく時間が過ぎるのを待っている。

 だが賢だけは、一種不安そうに、どこかで戸惑っているように、真実を明らかにすることを拒んでいた。


「ほう、なぜ?」

「おまえアレだろ? どうせこう、脳内に映像を流したりするんだろう?」

「その通りですよ」

「それってつまり……こう、アレだろ? どうしてこいつが俺を殺したのかも、ちゃんと説明するんだろう?」

「そうじゃないと、何もわからないじゃないですか」

「やめようぜ?!」


 賢にもやましいところがあるらしく、何とかして公表を止めようとしていた。

 しかし……。


「お忘れですか? ここに、貴方の脳があるということを。貴方の記憶は、魂だけではなく脳にも刻まれているのですよ。公表しないなんてもったいないじゃないですか」


 一切やめるつもりのない魔神の返事を聞いて、賢はようやく理解していた。

 他人に自分の体が乗っ取られるということが、どういうことなのかを。


「おい、桜花! なんでお前、俺を殺す時に脳みそもつぶしておかなかったんだ!」

「知るかそんなこと! お前の素行が悪かったのが原因だろうが!」

「ああ! もう! なんで俺の脳みそがハードディスクみたいなことになってるんだ!?」


 まるでただの友人のように言い争う二人。

 その彼らに対して一種の滑稽さを感じつつ、しかしそれとは無関係に視界が切り替わっていくことを感じていた。


 そう、誰もがようやく知るのだ。

 この場に集った三人の、過去の因縁のすべてを。




 魔神トロフィー。

 それは一つの世界を生み出した創造の神であり、気まぐれで国家を滅ぼす破壊の神だった。


 彼は繁栄している人間の国に対して神託を下す。

 己という滅びに抗って見せよと。


 人間の国王は異世界から勇者を召喚し、その彼らを全力で支援する。

 勇者が魔神を倒し封印に成功すれば、その国はそれまで以上の繁栄を謳歌できるという。


 そして魔神から神託を下されたマクガフィン王国は、六人の勇者を召喚した。

 日本から召喚された六人は四年ほどの冒険を経て成長し、遂に魔神トロフィーの根城を前にしていた。


 勇者と言えども、魔神を相手に勝てるという保証はない。今までも多くの勇者が魔神に倒され命を落とし、その国家も滅びていったという。

 六人の勇者は最終決戦を控え、英気を高ぶらせつつ語り合っていた。


 女性であるダイヤと鴨は別の部屋にいた。しかし赤、天、桜花、賢の四人は暖炉の明かりが照らす大部屋の中で、最期になるかもしれない平穏を楽しんでいる。


「なあお前ら、死亡フラグ建てない?」


 四人の中でも特に屈強そうな肉体を持っている賢は、屈強な肉体に似合わないいやらしい眼をしていた。

 最前線で戦い、誰よりも勇敢に戦っていた彼に対して、三人はとても嫌そうにしていた。


「賢……縁起でもないことを言わないでくれ」

「勘違いするなよ、赤。俺は要するにさ、魔神と戦って勝った後、何がしたいのかって話さ」

「賢君、もうちょっと言い方を考えようよ……」

「天、お前ノリが悪いぞ~~?」


 多くのモンスターを葬ってきた、巨大な拳。

 それを優しく使いながら、天のほほをぐりぐりと歪ませていた。


「ふん、ノリが悪いだと? お前が寒いだけだろうが」


 一応仲良くしようとしている赤と天に対して、桜花は露骨に辛辣だった。


「せめてこういう時ぐらい、おとなしくする程度のデリカシーはないのか」

「おいおい、これが最後かもしれないってのに、酒も駄目なんだろ? もう未成年でもないのに。だったらバカな話ぐらいさせてくれよ」

「魔神との決戦を前にして、酒など飲むな! まったく、日本人がお前みたいなやつばかりだと思われると、無性に腹立たしいな」


 極めて辛らつであるが、正論を言っていた。少なくとも、赤も天も否定していない


「なんだよ、桜花。俺だって気は使ってるんだぜ? こういう風に言っておけばさあ、普段は言いにくいことも素面で言えるだろ?」

「なんのことだ」

「好きな女の子の、こ、と」

「!」


 意地悪、としか言いようのない顔だった。

 純情、としか言えない顔だった。


「な、なんのことだ?」

「ほらほら、王女様のことだよ。お前が大好きだけど、ちらちら見てるけど、恥ずかしくて告白するどころか、好きって口にすることもできない王女様の、こ、と!」

「お、俺は王女様と結婚するつもりはない!」


 桜花は、賢から顔をそむけた。


「どうちたの、チェリーくぅん? 恥ずかしいことなんてなんにもないよねえ?」

「ち、ちぇりーとか言うな」

「ひゃくじゅうさ~~ん、王女様と結婚を目前に控えた心境をどうぞ~~」

「へ、変な呼び方をするな、ゴリラ!」


 賢、という名前のわりに、知性も気品もない下種が、顔を桜色に染めた桜花に顔を近づけている。


「そこまでだ」


 見かねた赤が、椅子に座っていた桜花の方を引き寄せた。


「賢君、そこまでですよ」


 その一方で、なおも追いすがろうとする賢に向けて、小粒な何かを投げていた。


「いっでえ?!」


 まるで分厚い鉄板に、貫通性の弾丸がめり込んで埋まったような、そんな鈍い音がした。

 勇者たちの中でも随一に頑丈な賢は、額を抑えてうずくまる。


「天! お前自分の攻撃力忘れてないか?! 俺じゃなかったら頭に穴が開いてたぞ?!」

「だから貴方にだけこうやったんですよ。こうでもしないと、貴方止まらないじゃないですか」

「止めなくてもいいだろうが、別に」


 反省のない口調で、避難した桜花をなおもからかう。


「普段から俺のことを散々バカにしている桜花のことを言い負かせるのは、俺の場合下ネタだけなんだぜ? それにこういう馬鹿話の雰囲気でもないと、負けず嫌いのそいつは俺らへ素直になれないだろう?」

「なにがですか?」

「王女様との結婚だよ。俺たち四人の中の誰かが、あの王女様と結婚しないといけない。それなら、もういい加減決めてもいいだろ」


 びくり、と桜花は体を震わせていた。


「一応言っておくけど、俺は乗り気だぜ。顔がいいし、体も十分だ。何より結婚すれば王様だろ? 女抱き放題だろ? 最高じゃん」

「お、お前は、王女様をそんな目で見ていたのか?!」


 ふざけている賢へ、抗議する桜花。


「不純だ、不潔だ、不誠実だ!」

「何言ってんだ桜花。俺は別に王女様と結婚させてくださいって頼み込んだわけでも、結婚してくれなきゃ戦わないなんて脅したわけでもないぞ。国王が娘を勇者と結婚させたがっているのは向こうの都合だし、俺らだって命かけてここまで来たんだぞ。だったら結婚しても悪いってことはあるめえ」

「悪いに決まっている! お前は無責任で無思慮で、無教養だな! お前が国王になったら、皆が不幸になるぞ!」

「へえ、じゃあ桜花が王女と結婚すんの?」

「そ、そうは言ってないだろう!」

「じゃあ俺が魔神をぶっ殺して、そのまま結婚するわ。それが嫌なら俺たちに頼めよ、王女様と結婚したいんで、手柄を譲ってくださいってな」

「せ、赤や天ならともかく、なんでお前にそんなことを頼まないといけないんだ?!」

「おお、赤や天になら頼めるんだな? よおし、赤、天! 桜花がお前らに大事な話があるってよ!」


 赤と天は互いの顔を見合った。

 そして頷きあう。


「いっでえ!! 天! お前二度も攻撃すんなよ、同じ場所を正確に!」

「賢君。君はもうちょっと、相手を思いやって尊重する気持ちが必要です。それじゃあ意固地になる一方ですよ」

「その通りだ。大体お前だって、そこまで国王になりたいわけでもないだろう。質の悪いからかいや冗談をされても、いらだつだけだ」


 それでも、賢はあきらめていなかった。


「お前らが過保護なんだよ! いいか? 普通ならもっと命がけでもめるところなんだぜ? 確かに俺たち三人は、そこまで王女様と結婚したいわけじゃねえ。だけどな、そのご褒美は一つだけなんだ。それならこいつの方から頭を下げて、お願いしますから結婚させてください、権利を俺に下さいっていうべきだろ」


 その表情は、相変わらず小ばかにしたものである。


「王女様が好きで好きで仕方ないのに、それを言うのが恥ずかしいから『賢のバカが王様になるのはどうかと思う』とか『他の奴は王女様と結婚するつもりがないらしい』とか御託並べて『消去法で俺が結婚するしかないな~~、困っちゃうな~~』とか……中学生かよ!」

「いや、お前の方が中学生っぽいぞ」

「むしろ小学生ですよ」


 桜花は反論できず、顔をさらに赤くしていた。


「貴方は桜花君の弱みに付け込んで、ただからかって楽しみたいだけじゃないですか」

「それの何がいけないんだよ。こいつ王様になるんだろ、王女様と結婚するんだろ? この程度のからかいじゃ済まねえだろ」

「僕たちは仲間で、友達でしょう。むしろ、そういう声から守ってあげるべきじゃないんですか?」

「だ~か~ら~……普段こいつが散々俺に言ってるじゃねえか。傷をなめ合うのが仲間じゃない、間違っていることはちゃんと指摘してあげるのが仲間だってな! なに、俺の言っていること、間違ってるの? どうなんだよ、天」


 天は、静かに賢をみた。


「いいんですか、最後がこれで」


 赤も同じだった。


「賢、確かに俺たちは仲間だ。四年も一緒に戦ってきたんだ、ちゃんと信頼し合っている。だがな、わかりあっていても、真意は伝わっていても、それでも言っちゃいけないことや、しちゃいけないこともある筈だ。まして、最後になるんだぞ」


 桜花は黙っていた。


「……」


 賢は笑っていた。


「馬鹿々々しい。俺たちは散々死ぬような目にあって、それを乗り越えてきただろうが。それともなにか、今までは楽勝だったっていうのか? 今までだって誰か欠けてもおかしくなかっただろうが。明日も一緒さ、死ぬような目に合って、しんどい思いをして……」


 その笑いには、寂しさが混じっていることを、三人は知っていた。


「それで、おしまいさ。誰も死んだりしねえよ、笑い話になるだけだ」

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